作品タイトル不明
西方よりも ④
戦災から逃れて遠路はるばる徒歩で到達した地で、新たな戦争の情報を耳にする難民の心情は如何なるものだろうか。
当然、不安に駆られるだろうし、絶望を覚えることだろう。
そこで起こり得ることと言えば、嘆き悲しんで泣き叫ぶか、世界を呪って呪詛を吐くか、はたまた自棄を起こして犯罪を起こすか。
マイナスの心情を撒き散らす者は周囲にもマイナスの影響を伝播させるだろう。
つまり、難民が居るその場所に政情不安を引き起こすわけだ。
それを偶然だと思うかどうか、そんな問答をお母様たちしていたのだろう。
「・・・もしかして、難民の到着に合わせてカリーク公王国が戦争の噂を流した?」
「ま。常套手段では有るな」
私の推測に、お母様たちが肩を竦める。
難民の心情を思えば、受け入れてあげたいし、不安を取り除いてあげたいとは思うけど、ウォーレス領としての考えはどうなんだろう?
「・・・どうするの?」
「難民の領内への侵入を拒むのが普通だな」
お母様が面倒そうに言うけど、これは一般論だな。
ノーアを左腕に座らせたお父様も、軽い調子で頷いて同意を見せる。
「しかし、勝手に押し掛けてくるエクラーダの民は兎も角、西部地域からの流出民受け入れをブチ上げたのは、こちらだからな。拒むのは難しかろう」
「何より、数が多すぎる。我が領が拒絶すれば南部地域一帯に難民が散って混乱に陥る」
行き倒れた死体が積み上がり、各地に物乞いや浮浪者が溢れ、どこかの町に棲み着いてスラム街を形成する可能性も有るだろうし、一部の難民が盗賊化することも有るだろう。
まあ、こんなのは、紛争地の様子を伝える海外ニュース映像の記憶から想像しただけだけどね。
間違いなく南部地域の全域が混乱に見舞われるだろうことは、想像に難くない。
「最悪、南部の結束が割れるな」
「少なくとも、ウォーレス領は信用を失う」
「・・・うーわ。エグ」
いくらかの間諜に情報をバラ撒かせるだけで、労せず敵に打撃を与える。
これが情報戦というものか。
知識として概要を知っているのと現実に仕掛けられるのとでは、生々しさと深刻さが違うな。
「やってくれたな」
「だが、最悪を避けるためには受け入れるほか有るまいよ」
据わった目でお母様が好戦的に口角を上げ、落ち着いた目でお父様が苦笑する。
難民を受け入れる方針を、お二人とも変えるつもりは無いらしい。
だったら、私も計画変更は無しだ。
本当に情報戦を仕掛けてきているのだったら、スパイや監視要員を紛れ込ませるぐらいのことはしているだろうしね。
難民たちの度肝を抜いて、油断したところをお母様たちの武勇で黙らせる。
その上で、舐めた真似をしてくれたカリーク公王国軍を叩き潰してやる。
もともと殺る気だったけど、もっと殺る気になっちゃったよ。
混乱なんて起こさせないし、敵の思惑通りにはさせない。
「・・・丸ごと飲み込んでみせれば、ウォーレス領はこの上なく強くなるね」
「言うじゃないか」
「頼もしいことだ」
面白そうに笑うお父様とお母様に、ぐりぐりわしわしと撫でられる。
「・・・んじゃ、始めても良い?」
「ヨシ。やって来い」
お父様が見守ってくれて、お母様が背中を押してくれる。
かつての幼少期や少女時代には、私は持っていなくて誰かの姿を眺めるしかなかった家族の在り方だ。
少し照れくさいのに、やろうって気持ちになる。
あの子たちは、こんな気持ちで家族に送り出されていたんだな。
「・・・行ってくるよー」
「にゃ」
ノーアとも分け合いたくて手を振ると、お父様に抱えられているノーアも手を振り返してくれた。
「・・・ルナリアー。始めるよー」
「分かったわ!」
お爺様たちとお婆様たちに囲まれていたルナリアに声を掛けると、元気に返事をして駆けてくる。
今日も半日、森を歩き回っていたはずなのに、ぜんぜん疲れた様子が無いね。
着々と脳筋に育つ脳筋街道を爆走しているようだ。
建設予定地を前にルナリアと二人で並び立つ。
巨大な正方形を象って突き立っている4本の棒を見渡してルナリアが首を傾げる。
「この棒で囲んだところに建てるの?」
「・・・そうだよ。昨日建てた慰霊碑の10倍の大きさだから、ルナリアも10倍の大きさで書いてね」
「10倍かあ。どのぐらいの背丈になるの?」
パッと思い付かない、というよりも、現実感が無いって感じかな?