作品タイトル不明
下準備 ⑨
「・・・あの。お父様?」
「どうした?」
「・・・流入民の到着は数日中の見込みだとお聞きしたのですが、最短でいつ頃の見込みなのでしょう?」
私の質問に距離と推定移動速度で計算しているのか、お父様が思案顔をする。
「ここ3~4日だろうな」
「・・・新年を迎える日には、それなりの人数になっていそうですね」
ふーん。精霊に加護を願う年越しイベントが有るよね。
その時点でどのぐらいの流入数が有るのか分からないけど、不安も期待も人伝に広まるものだ。
それ、使えないかな。
私の態度か何かから勘付いたのか、セリーナお婆様が小さく首を傾げた。
「何か案が有るのかしら」
「・・・案、と言うほどのものでは無いのですが、新年にはエルザさんがご祈祷をされますよね?」
「エルザ・・・? ピーシス領の祈祷師だったかしら」
セリーナお婆様に目を向けられたシェリアお婆様が頷いて回答を示す。
「・・・戦争の噂を聞いて難民が不安定化するとすれば、それは戦争への恐怖と不安から来るものでは無いでしょうか」
「そうでしょうね。祈祷と難民に何か関連性が有るのかしら?」
人間の機微に疎い私の推測は間違っていなかったらしい。
「・・・関連性は有りません。ただ、ご祈祷の場で難民を慰撫して不安を緩和できれば、監視の必要そのものを無くせませんか?」
不安の「払拭」ではなく「緩和」が目的。
払拭しようとすれば何らかの根拠を示す必要が有るけど、緩和するだけなら別のものへ目を逸らさせるだけでも目的を果たせるだろう。
意図を理解して貰えたのかどうかまでは分からないけど、思うところは有ったようだ。
「ふむ・・・」
「続けなさい」
お父様が興味を示し、セリーナお婆様はその先を催促する。
「・・・私はご祈祷を目にしたことが有りませんので、エルザさんからお誘いを受けています。ちょうど新たな地で新年を迎えるのですから難民にも参加を促して、大勢の人々が集まる場を示威の機会にすれば、多少なりとも民の不安を薄めさせることが出来るのではないでしょうか」
「ほう。示威か」
「有り、ではないか?」
お爺様たちが顔を見合わせる。
私の言う「示威」の意味を誤解されたかな?
私が示威なんて言い出せば、いつもの“蒼焔”で制圧、と受け取られてもおかしくないよね。
もう少し言葉を重ねておくか。
「・・・ハインズお爺様もお母様も他国に響き渡るほどの武名をお持ちです。戦争に恐怖を覚えて日が浅い難民だからこそ、ハインズお爺様たちがそこに居られるだけでも、示威の効果は高くなりそうに思うのですが」
軍事パレード的な意味合いになるのかな。
王国の強さの象徴であるハインズお爺様やお母様は、その場に居るだけでメッセージ性を持つと思うんだよ。
具体的には、武力に優れた著名人が居並ぶだけでも敗北のイメージを抱く者は居なくなるはずだ。
敗北のイメージこそが恐怖心の発生源で、勝利のイメージに恐れを抱く者は居ないはず。
こちらは顔を出すだけで、何を言う必要も無い。
「良いわね。私は賛成だわ」
「いっそのこと、情報を隠さず、こちらからカリーク挙兵の動きを明らかにしてはどうですか?」
セリーナお婆様が賛同し、静かに遣り取りを聞いていたシェリアお婆様のもう一歩踏み込んだ提案に、お爺様たちが難しい顔になる。
不安で疑心暗鬼になりがち、というのは有り得るよね。
情報を隠されるよりも開示して貰った方が疑心暗鬼にならずに済む、という理屈も分からなくは無い。
「危うくはないか?」
「ううむ」
お爺様たちは消極的な様子だけど、私は有りだと思うな。
お爺様たちはご自分がどう見られるかを軽視されては居ないだろうか?
「・・・そうでしょうか。ハインズお爺様もお母様も敵だと恐ろしいですが、自分たちを守ってくれる庇護者だと思えば、その場に居るだけで、この上なく頼もしいですよね」
「むっ。そうか」
そうなんだよ?
実際、頼もしいんだから。
持ち上げられてハインズお爺様が嬉しそうに表情を緩める。
嬉しそうにしてくださるハインズお爺様の姿に私も嬉しくなる。
「・・・エクラーダの民にすれば、お父様もマルキオお爺様も、かつて故国の救援に駆けつけてくれた英雄ではないかと。その英雄たちが揃い踏みしている地で、それほど恐怖に怯えるものでしょうか?」
ハインズお爺様とお母様の陰に隠れている感は有るかも知れないけど、旧エクラーダへ救援に行った当時のお二人は歴戦の騎士だったわけで、ハインズお爺様の右腕と騎士団長さんの右腕だった人たちだ。
流出民の中に当時を知る者が居れば、お二人の存在がマイナスに働くことは無いだろう。
私はそう思うんだけど、当のお二人は懐疑的なんだろうか?