作品タイトル不明
森の仮説 ⑨
「普通に接すれば良いだろうが」
「・・・ええ?」
お母様のようにアスクレーくんの部屋に入り浸れば良いんだろうか?
いま振り返って見ても、お母様のハロルド様への接し方は、いつ男女の間違いが起こってもおかしくないレベルの熱烈アプローチと言って良いものでは無かっただろうか。
だって、ハロルド様と二人っきりの執務室でソファーに寝っ転がって、四六時中、入り浸ってたんだよ?
普通に考えて、妙齢の女性としてあるまじき行動では無かったか。
人間が地球を征服できた理由の一つが発情期の縛りがなく、四六時中、繁殖可能って考察を読んだ覚えが有る。
四六時中、繁殖可能なのに、四六時中、お母様に誘惑され続けたなんて、褒め称えるべきは、お父様の鋼の自制心ではないだろうか。
お父様とお母様は共に陥落した今となっては子宝に恵まれそうで良いことだ。
ところで、「普通」って何だっけ?
私の考え方が固いというか、古臭いのかな。
文通から始めましょう的に実家へ帰っているアスクレーくんに、「ヨッ。元気してる?」とか手紙でも書いておくべきなんだろうか。
アスクレーくんのことだから、魔獣の観察記録と考察だけをビッシリと書きまとめた辞典並みに分厚い返事が返ってきそうだけど。
互いに首を傾げて見つめ合うお母様と私を放置して、セリーナお婆様の目がルナリアへと向く。
「テレサもそうだけど、ルナリアの伴侶も難しいのよねえ」
「難しいの?」
ん? と、ルナリアが首を傾げる。
いやいや。ルナリアくん。
私ですら許婚という予約を入れて貰っているのに、名目上とはいえ、総本家を継いだ当主のお婿さん候補が決まっていないんだよ?
しかも、今後の国内を牽引していくのが確定している公爵家の当代なのに。
留守居役を務めていたハインズ様だけでなく、戦地から帰還したばかりのハロルド様まで事務仕事に忙殺されている原因の何割かは、ルナリアの配偶者問題なんじゃない?
「今のウォーレス家は血統の再評価を得て公爵家となった。同等な家格で年回りが合う者にロクな家の者が居らんのだ」
「何かダメなの?」
ほら、やっぱり。
お母様の現状解説にも、当のルナリアはピンと来ていないようだ。
本気で分かっていない様子でルナリアが傾げた首の角度を深くする。
ていうか、どこかで聞いたような事情だなあ。
「配偶者の家格を落として年回りが良い者を探すことになるのですよ」
「そうなれば、上位の家と血縁を持ちたい下位貴族家が群がることになる」
お母様だけでなく、珍しいことにシェリアお婆様までもが露骨に面倒くさそうに言う。
「本人に家格を上回る価値が有るなら良いのだけれどもね。政治力だけで子息を押し込もうとする有象無象が必ず湧いて出るのよ」
「・・・うえぇ・・・」
面倒くさそう。
とはいえ、テレサにはカレリーヌ様が付いていて、ルナリアにはセリーナお婆様が付いている。
そう簡単に押し込ませたりしないだろうし、怖いお二人のお陰で目立った動きが感じられないのだろう。
私たちは、まだ6歳になろうとするお子様で、配偶者と言っても具体的な必要性に迫られる年齢には早いせいで、無風状態に思えるのかも知れない。
王宮では水面下で政治的な綱引きが始まっていてもおかしくないし、貴族間の争いが活発になってくればテレサとルナリアの身の回りも騒がしくなるはずだ。
「テレサはどうなるの?」
「ウォーレス家はアレースを推す」
「陛下とアマリリアとアレイオスとミリアの関係から言っても、アレースが最善でしょう」
ルナリアは自分のことよりもテレサの心配をし、お母様とセリーナお婆様が今後の方針と理由を告げる。
その上で、お母様がピッとルナリアを指した。
「で。お前だ」
「わたし?」
ルナリアが自分を指してキョトンとする。
「貴女とテレサは同年ですからね。貴女はテレサと同じ問題を抱えているのよ」
難しい顔で溜息を吐くセリーナお婆様から指摘を受けても、ルナリアはピンと来ない様子かな。
いや。頭の良いルナリアが状況を理解してないとは思えないな。
「ふーん? わたしは弱っちい男なんて要らないわ! 強くても馬鹿は論外だし!」
ペッタンコの胸をこれでもかと反らしてルナリアは胸を張る。
ああ、そっか。ルナリアはお父様が大好きだものね。
パッと聞いただけでも、ルナリアの根底にある理想の男性像がお父様なのだと気付く。
強くて賢くて包容力と責任感と正義感と筋肉量のある大人の男性がお好みと。
まさかのオジ専かあ。
すでに貴族家最高位の家格を持つルナリアは、言い寄る男の爵位や絵面が良いぐらいで靡くことは無いだろうしね。
ウォーレス家の血統的に筋肉とは無縁では居られないだろうし、ルナリア自身が強くて利発な子だけに、頭蓋骨の中まで多少の筋肉に浸食された上で頭脳明晰な人じゃないと、ルナリアのお眼鏡には適わない気がする。