作品タイトル不明
森の仮説 ②
再びペッタラペッタラと部屋履きの音を鳴らして廊下を歩く。
領主館全体として人の気配が少ない気がするから、やっぱり日付が変わった後っぽいなあ。
案の定、ティールームにも人影は無く、もちろん、食堂にも人影は無かった。
「・・・うーん。仕方ないかあ」
寝るか。
二度寝できそうな気はしないけど、がんばろう。
読書で時間を潰そうかと、チラッと考えたけど、お婆様から叱られる未来しか見えないもんね。
ペッタラペッタラと部屋履きの音を廊下に響かせて帰路に就いていると、第一メイドさんにエンカウントした。
ホッとした表情で控え目な速度ながらもパタパタと廊下の先から駆けてくる。
「フィオレ様! お姿が見えないので心配しましたよ!」
「・・・あー。アレーナさん。控え部屋を覗いたんだけど、誰もいなかったからティールームを覘きに行ってたんだよ」
お婆様たちよりも少しだけ若い、このメイド服の女性はアレーナさん。
セリーナ様の配下で、レティアの領主館に勤める古参のメイドさんだ。
「あっ。申しわけございません。洗濯室へ換えの敷き布を取りに行っておりました」
「・・・良いよ良いよ。おかしな時間に起きちゃった私が悪いんだし」
衣摺の音も立てずにスッと頭を下げるアレーナさんに、両手で抑えて頭を上げて貰う。
この筋金入りの品の良さよ。
アレーナさんは、娘さんが他家に嫁いだ後、ご主人を亡くされている。
未亡人で独りで家に居るのは辛いからと領主館に勤めてくれているそうだけど、末席とはいえ歴としたウォーレス家系傍系の奥様なんだよね。
そんなわけで価値観をセリーナ様やお婆様と共有しているから、子供たちの教育や生活習慣については手厳しい人だったりする。
具体的には私の夜更かし監視人。
でも、私がレティアに来た当時には、文字や基本情報の知識を得るための読み漁る本や筆記用具を調達するのに、お婆様に掛け合って協力してくれた人でもあるんだよ。
文系志望だったのに学業の道に進ませて貰えなかったご自身の体験から、知識を求めることには寛容だから協力してくれたわけで、私はこの人に頭が上がらない部分があって、寝ろと言われれば逆らえない。
アレーナさんに背中を押されて一緒に廊下を歩きはじめる。
「体調は、いかがですか? 森で倒れられたそうですが」
「・・・うーん。やっぱり魔力酔いだったかあ。どんな状況だったか聞いてる?」
ぷっつりと意識を無くして倒れたのなら、魔力酔いで間違いないだろう。
テレサたちと揃って倒れたときと全く同じ状況だ。
溜息雑じりにアレーナさんが教えてくれる。
「フレイア様が、ぐったりとしたフィオレ様を肩に担いでお帰りになって、マルキオ様とハインズ様とハロルド様がご心配なさって大変だったのですよ」
「・・・そっかあ。そうなるよねー」
干された昆布みたいにビローンと伸びて帰ってきたわけね。
昆布本人が言うのもアレだけど、簡単に当時の絵面が想像できてしまった。
原因が分かっていて後遺症的な心配もないのなら、扱いが雑なのも、そんなものだろう。
それでも、自分の手で連れ帰るとお母様が私を手放さなかったのだろうし、魔力関連に詳しい上に母親の立場があるのだから、採れたての昆布を干すのは誰にも阻止できなかったはずだ。
お母様なりに大切にしてくれていることが感じ取れて嬉しくなる。
口元をニヨニヨさせているとアレーナさんの口調に咎める色が混じった。
「ディディエとダーナはこの世の終わりかのように泣き叫んで、カップをお渡しした猟師も自害すると言い出して、騒ぎを納めるのも大変だったとか」
「・・・大袈裟だなあ。ただの魔力酔いだよ」
魔獣の強さと魔力の強さの関連性は疑いを持つだけのデータが揃いつつあるわけだし、可能性を軽視した迂闊な私に責任が有るのであって、他の誰かに背負わせるようなものではない。
「フィオレ様? 大袈裟では無いのですよ。少しはご自身の立場を弁えてくださいませ」
「・・・あ。ハイ。済みませんでした」
仰る通りです。
ピッと人差し指を立てて、メッとするアレーナさんに、即時降伏で白旗を揚げる。
「何にせよ、ご無事そうで安心いたしました」
「・・・元気すぎて、じっとしてるのが辛いぐらいなんだけど」
一応、冷えるかとショールは羽織ってきたけど、お風呂上がりみたいに全身がホカホカしていて、汗ばんできそうなほどだ。
今、訓練場でジョギングすれば、パラパラを踊りながらでも10周は軽くイケるだろう。
パラパラってのは・・・、ギャル系の盆踊り?