作品タイトル不明
バンダースナッチという魔獣 ⑳
軽くトリガーを踏んだだけでワナが作動するギリギリの引っ掛かりで、100キログラムの応力を押し留めるには、極めてシビアな精度が求められるだろうからね。
ギリギリのギリギリでバランスを保たせて、ほんの数十グラムの圧力でバランスを崩してワナを作動させようって言うんだから、そりゃあ根気と精度でバランスを成立させるしかない。
「・・・やれそう?」
「ええ。仕掛けの構造は理解しました」
猟師さんたちが頷く。
プロの猟師として日常的にククリ罠を扱ってるんだから、どこがどう違うかは見れば分かるよね。
「とはいえ、あれだけの重量を支える留め具の部分が難しそうだな」
「ギリギリの位置に仕掛け終わるまで、あの重石を吊り上げ続けるとなると、二人掛かりでは厳しいか?」
扱いに熟達したプロだけ有って、どこにどういう問題が生じそうかも分かるらしい。
そういや、生活魔法以上の魔法を使える人って、そこまで多くないんだっけ。
そうすると、土魔法で重石を作ったり、エレベーター式に重石を持ち上げたりも、誰にだってできる、というわけでは無いのかも。
猟師さんの一人が 呵呵(かか) と笑う。
「んなもん、気合いと根性で何とかするんだよ」
「・・・なるほど。筋肉か」
「流石、フィオレ様だ。分かってますねえ」
スポ根かな?
それとも、少年マンガ誌みたいなノリだろうか。
実にウォーレス領らしい解決方法を独自に導き出している。
「けどなあ。ククリまでロープだと、いくら魔獣でも避けるんじゃないか?」
「ま。目立つわなあ」
まあね。
猟師さんたちの意見交換に、内心、私も頷く。
犬系がそんなに視力が高くないにしても、ロープが目の前に有れば見えるだろうし、見慣れないものが有れば警戒する。
野生動物で有れば、の話だけど。
「・・・大丈夫じゃないかな。そのための寄せ餌だし」
強者である故か、捕食本能の強さ故か、本当に魔獣は警戒心が薄いからなあ。
血肉の臭いに興味を引かれれば、きっと、薄い警戒心なんて吹き飛ぶんじゃないかな。
「あー。そう言えば、寄せ餌にバイコーンの内臓と血を使うんですよね?」
「・・・何か気になることでも?」
寄せ餌を使うことは伝わってる様子だし、何か問題が有るんだろうか?
猟師さんたちが真剣な顔になる。
「気になる、ってほどのことでも無いんですが、魔獣の中には、血の臭いで興奮して凶暴になる奴がたまに居ますんで、気を付けてくださいよ」
「・・・そうなの?」
猫にマタタビみたいにダウナー系の感じでトリップするんじゃなく、アッパー系でハイになって暴れる麻薬中毒者みたいな奴か。
要は酔っ払いだ。
そんなの人間でも珍しく無いよね。
「そういう凶暴な奴が群れのボスになりやすいんだよなあ」
「”名付き”とかな」
「・・・なつき?」
どこかの日本人の名前?
今の話の流れで、それは無いか。
な・・・、な・・・、名前だよね?
やっぱり。「名前付き」って意味かな。
「・・・それって、魔獣?」
「冒険者が勝手に付けた名前ですがね。凶暴で危険な個体に名前を付けて識別することが有るんですよ」
ははぁん? 渾名みたいなものだと理解して良さそうだね。
「その個体による被害が大きいときには、討伐に報奨金が付くことも有るような奴です」
「・・・へぇ。冒険者って、そんな感じなんだ」
ファンタジー系のテンプレっぽい職業なのか。
「名付き」なんてものの知識は誰からも聞いたことが無かったし、知識の幅ではなく 層(レイヤー) の違いというか、貴族層と平民層で知識が違うのかも。
いや。身分階級の違いというよりも業界用語的なもの?
共有された基礎情報が有るなら、渾名で伝えれば、いちいち説明が無くても情報伝達をショートカットできる部分は有るのかも。
情報に差違があるっぽいことは判明したし、今後も魔の森と関わっていく以上、冒険者ギルドとの接点を持っておくべき理由が増えたってだけのことだ。
騎士団長さん、早く冒険者ギルドを乗っ取ってくれないかな。
エゼリアさんとの婚約の件でウォーレス領に来るっぽい話になってたはずだけど、いつ来るんだろう?
「ギルドには、何か情報が無いか確認しておきますよ」
「・・・あ、ハイ。お願いします」
おお。訊きに行ってくれるんだ。すごく助かるよ。
「ともかく、群れのボスには気を付けてください」
「・・・了解」
猟師さんたちと頷き合って話を終える。
ここから6の鐘までは、ひたすらワナ設置作業だ。
3~4人の小グループに分かれて作戦区域に散開する。