作品タイトル不明
バンダースナッチという魔獣 ④
崖下よりも防壁の背丈は低いけど、崖下と同じぐらい頑丈そうな防壁が半円状に取り囲んでいて、吊り上げ式の大きな門扉も付いている。
吊り上げ式の門ってのは、レティアの町の城門と同じ構造のものだ。
板状に組まれた門扉の上部にゴツいロープが取り付けられていて、地上の巻き上げ車をエッチラオッチラ数人で回すと、門扉が垂直に持ち上がって城門が開く。
この方式の城門を用いるメリットは、緊急時にストッパーを外せば一瞬で閉門できることと門扉の構造そのものが単純で頑丈なこと。
デメリットは通常の開閉に時間が掛かることと何人もの人手が必要なことかな。
防壁の内側には上部にキャットウォークが設けられていて、あのキャットウォークは前回の採掘場防衛戦で私が”蒼焔"を撃った場所だね。
キャットウォークの下には複数の小屋が建てられていて、倉庫と兵員の詰所として使われているはず。
崖上で見張り任務に就いていた兵士さんたちと猟師さんたちが和やかに挨拶を交わしている。
有事に召集が掛かれば猟師さんたちも兵士さんたちと一緒になって戦うせいか、兵士さんたちと猟師さんたちも仲が良いんだよね。
常勤と非常勤の違いだけ、というか、平時の所属が違うだけで仲間意識が強いんじゃないかな。
仲良きことは美しき哉、なんて頭の中で唱えつつ、防壁内を見回してみて気が付いた。
崖上には馬車が1台も無くて、馬が1頭も居ないね。
「・・・ああ、しまった」
「どうしたの?」
思い出してしまって、口をついて出た声に、ルナリアが反応する。
「・・・相談案件の一つだったのに、すっかり忘れてたんだよ」
「相談・・・?」
思い付いたときには誰にも説明しなかったんだっけ。
首を傾げるルナリアに、崖上の場内を指し示す。
「・・・防衛施設が完成しているのに、未だに馬車も厩舎も見当たらないでしょ? これって、馬を崖上に上げる設備が無いせいだと思うんだよ」
「馬を崖の上へ上げられるの?」
目を丸くするルナリアだけで無く、みんなの注目が私に集まっている。
馬って重たいからね。
引き締まって細身に見える競走馬でも、1頭で500キログラムとか普通にある。
筋肉ダルマのガチムチ兄貴でも人間なんて精々100キログラムほどだから、馬1頭で5兄貴だよ。
複合滑車で六つも滑車を使えば、昇降時の負荷は1兄貴以下にまで小さく出来る。
理屈上、20メートルの高さまで持ち上げるには、最大120メートルのロープが必要になるけどね。
重量物を乗せても耐えられる昇降カゴの自重も加算する必要が有るから、滑車が六つじゃ足りないかな、などと考えながら答える。
「・・・上げられるよ。許可を貰えれば、だけど」
「どう?」
私の答えをルナリアが右から左へパスして、パスを受け取った猟師さんたちだけで無く崖上に詰めている兵士さんたちもイイ笑顔を返してきた。
「馬を上へ上げられれば、とても助かります」
「・・・分かった。後で相談してみるよ」
苦労している現場からの要望には、可能な限り応えてあげないとね。
良好な雇用関係は生産性の向上に繋がるものだ。
折角、お母様たちが採掘場へ来てるんだから、滑車の存在を確認して、馬用リフトを設置する許可を貰わなきゃね。
滑車の原理が利用されていなかったとしても、お母様たちなら、説明すれば理解してくれるだろう。
でもまあ、その前に今の仕事を終わらせないと。
「・・・痕跡を見つけた場所へ案内して」
「参りましょうか」
私の視線を受け止めた猟師さんたちが頷いて、門の前へと移動する。
キャットウォーク上で監視に就いていた兵士さんたちが、改めて周囲に脅威がないことを確認した上で地上の兵士さんへ合図を送ってくる。
「開門!!」
合図を確認した上長らしき兵士さんの命令で、門の両脇に設置されている巻き上げ機らしき装置に取り付いている兵士さんたちが、巻き上げ機のハンドルを回し始めた。
この巻き上げ機。
横倒しになった直径50センチメートルほどの丸太の両端に放射線状の棒が突き出していて、4人掛かりでハンドルを回すと丸太がロープを巻き取って門扉を持ち上げる構造のようだ。
巻き上げ機から上へ伸びたロープの先を見上げると、防御壁の天辺の木組みに金属製なのか黒っぽい色の箱が吊されていて、箱で折り返したロープの先は門扉の天辺に据え付けられている。
アレ、滑車じゃないの?