作品タイトル不明
精霊信仰 ⑳
「・・・痕跡を見つけた方角は、どっち?」
「崖上の真っ直ぐ北側です」
兵士さんの答えに、それぞれが記憶を探るような仕草をした。
ルナリアは宙へと視線を彷徨わせ、私は腰のナイフを抜いて切っ先の背で地面を引っ掻き始める。
「1キロメテルってことは、小川の向こう側かしら」
「・・・そうなるだろうね」
ルナリアの言う「小川の向こう側」とは、崖上のことだ。
大雑把に、崖は北西から南東にかけての斜めに続いていて、小川は採掘場から見て北西側に、北東から南西に向けて流れている。
1キロメートルも採掘場から北上すれば、ルナリアの言う通り、バンダースナッチの痕跡を発見した現場は、崖上の、小川の向こう側となるだろう。
私が地面に描いた略図を覗き込みながら、兵士さんたちが感嘆の息を吐く。
「お詳しいですね」
「ムーア兵と戦ったときに、わたしたちが歩いた範囲内だもの。ね?」
「・・・そういうこと」
ルナリアと二人で、フフッと顔を見合わせる。
当時を思い返せば、そう言えば崖上で獣道を見た記憶が有るな。
アレのことかどうかは定かじゃないけど、距離的にも誤差範囲の気がする。
だとしたら、3ヶ月前の時点で、すでにバンダースナッチのテリトリーが迫ってきていた可能性も有るのか。
どうやら、私たちは、かなり危険な状況の中で逃走劇を繰り広げていたらしい。
そりゃあ、ハロルド様もお母様も顔色を変えて捜索したわけだ。
「どの辺りに防衛線を置くの?」
「・・・小川の、こっち側の、もう少し奥側へ誘導したいかな」
「採掘場から見て、北東側ってこと?」
採掘場を起点とした略図の、痕跡発見場所よりも少し外側に半円状の線を描き込む。
その半円の線上、少し東側にバツ印を入れる。
「・・・そう。この辺りに、おびき寄せる形で寄せ餌を置こうかと考えてる」
「小川から―――、ううん。崖から離すの?」
察しが良いね。
意図は分からなくても、私が何をしたいのかは、ルナリアは読み取ってくれた。
「・・・魔法で攻撃することも有ると思うからね。崩落が起こるのを避けるのに、崖には近付けたくないし、小川の中にククリ罠は仕掛けられないんだよ」
「かと言って、あんまり森の奥には入りたくない?」
「・・・そういうこと」
崩落と聞いて、崖の上り下りで怖い思いをしたルナリアが嫌そうな顔をした。
状況を理解していても、森の奥側へ踏み込んで行くことを、お婆様たちは快く思わないだろうし。
「・・・今日では無いけど、寄せ餌を仕掛ける場所は、私たちが初めて出会った現場の、さらに、少しだけ奥になるね」
「あっ。マーサとヘンリーの・・・」
「・・・うん。正確な現場跡が分かるか自信は無いけど、お花ぐらいは供えてあげたいと思わない?」
ルナリアにとって大切な人たちだった人たちが亡くなった現場を、魔獣に踏み荒らされたくない気持ちも有る。
その辺りの意図も汲み取ってくれたらしいルナリアの表情が泣き出しそうに歪む。
「ありがとう。フィオレ・・・」
「・・・気にしなくて良いよ。もう、私にとっても他人事じゃないんだから」
これも私の本心。
ヨシヨシとルナリアを撫でる。
あのとき、ルナリアの声に気付いた初動で私が助けに動いていても、あの場に居た人たちの命を救うことは出来なかっただろう。
あの場に誘い出された時点で、私とあの人たちの人生が交わることは無かったんだ。
それでも、亡くなった人たちの死を悼んで、「ルナリアは無事だよ」と伝えるぐらいのことは、してあげたい。
「うん・・・。―――うん?」
ルナリアの頭をヨシヨシしていたら、大人しくヨシヨシされていたルナリアが何かに気付いたようだ。
「・・・どしたの?」
「お花って、冬でも咲くの?」
「・・・可能性は有る、かな。探してみないと、まだ分からないけど」
これ、慰めで言ってるわけじゃなくって、本当に可能性が有ると思ってるんだよね。
私が目覚めたのは3月の下旬あたりで、あの当時も探せば咲いていたと思うんだけど、腹ペコで食べられるものしか探していなかったから、ぜんぜん記憶に無いんだよ。
具体的には、フランスギクっていう種類の野草で、その名の通り原産地が地中海周辺やヨーロッパに広く自生している繁殖力旺盛な品種だから、植生が似ているウォーレス領周辺でも生えてるんじゃないかな。