軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊信仰 ⑥

エルザさんはそのままだけど、リア姉ってのはコーネリアさんのことかな?

あの二人が治癒魔法術師を目指すということは、早くに「家」を離れたオーリアちゃんの近くに「家族」が引っ越してくるということだ。

いつでも家族に会えるようになると気付いたのか、オーリアちゃんの表情がパァッと明るくなる。

「・・・オーリアちゃんも手伝ってあげてね?」

「もちろんです! 任せてください!」

オーリアちゃんも表情が豊かだからなあ。

オーリアちゃんが嬉しそうにしていると、私も嬉しくなるよ。

子供たちが訓練を始めてエルザさんたちが治癒魔法術師の技術を得れば、孤児保護施設の収入も増えるし、施設の財政状況は劇的に変わるはず。

治癒魔法術師の仕事が増える分、忙しくもなるだろうけど、子供たちの世話や教育が多少なりとも養成施設側に移管される分、マンパワー的な余裕も生まれるはずだ。

領地としても特殊技能を持つ有能な領民が増えることになるのだから、上手く回れば施設に施していた分の費用対効果は格段に良くなる。

善意が、ただの善意で終わらないなら、公共事業として一つの最適解に成り得るよね。

オーリアちゃんと話ながら未来展望に思いを馳せていると、土埃塗れのルナリアが私の傍へ戻って来た。

「あの子たち、わたしの子分になるらしいわよ!」

「・・・そりゃ良かった。ルナリアも、お疲れさま」

ニッと笑うルナリアと顔を見合わせて笑い合う。

ルナリアは総本家の当主なんだから、子分というか、あの子たちが部下になるのは既定路線だけど、ルナリアも気分良く受け入れているみたいだし、しっかりと引っ張っていくのだろう。

「・・・みんなも、お疲れさま」

「フィオレ様・・・。なんか済みません」

他のみんなも労うと、メリーナさんもネイアさんもアイシアちゃんも、屈託なく笑い返してくれた。

ただ、ナンナちゃん一人だけが暗い表情で頭を下げてくる。

「・・・んん? 何が?」

「あの、穴に落ちて伸びていた内の一人って、私の兄なんです」

「・・・そうなの?」

どんよりした空気を背負ったナンナちゃんの告白に目を丸くする。

どれのことだろう?

興味が無かったから一人も顔を覚えてないや。

「うちの兄って、昔っからガサツで、考え無しで、バカでして・・・」

「・・・あー・・・」

ナンナちゃんって私と同じで、声が大きくて暴力的な男性が苦手なんだよね。

脳筋な男家族が揃いも揃って強権的で、男家族との接触を避けまくっている内に、空気を読んで揉め事の場から脱出するのが上手くなったと言っていた。

攻撃を避けるのも上手いから、その「男家族との接触」とは暴力を伴うものだったのだろう。

その結果が、初見での風バリアー攻撃からの逃げ切り記録達成だよ。

暴言だって「暴力」だからね。

ナンナちゃんは、初めて会った頃は引っ込み思案なところが有って、思っていることをなかなか話してくれなかったっけ。

その引っ込み思案も脳筋家族が原因だったそうだし。

「お陰で弓や投擲が上手くなったんですけどね」

「・・・ん? なんで?」

「心底、近付きたくなかったんですよ。兄たちは近接戦闘が得意ですし、向こうの方が年上で体も大きいですから、まともに戦ったら撃退できないじゃないですか」

「・・・ああ。それで遠距離攻撃を練習したんだね」

つまり、弓や投擲の標的は、あのお兄ちゃんだったと。

だとすると、本人はガサツで考え無しだけど、自分の身を犠牲にして妹のスキルアップに貢献していたと言えなくも無いのかな?

プロの動く標的なら、魔法や遠距離攻撃の訓練に最適なのかも。

「野生動物みたいなものだと思ってましたけど、ルナリア様やフィオレ様に突っ掛かっていくほどバカだったとは・・・」

ナンナちゃんの溜息に、お兄さんたちのあの態度に説明が付いた。

ははぁ。野生動物か。

本能的に犬や猿みたいな群れの序列を決めようとしたわけだ。

社会構造的に、悪意の有無に関係なく許されるものでは無いとは思うけど、生態としては理解した。

上に立つ側も力を示して群れを統率する必要が有るんだね。

ルナリアが子供たちを「子分にする」と従えて帰ってきたのも、ある意味、本能の為せる業だったのかも。

ウォーレス血統は生物的な本能が強いものなあ。

思えば、ルナリアも初めて会った当初から「強さ」に対する渇望というか、貪欲さが有ったよね。

性格的には大らかで大雑把なのに、強くなるためにコツコツと地味な訓練を重ねることにも前向きだし、努力を惜しむことがない。

ルナリアもまた、戦闘民族の本能に従って力を得ようとしていたと推察できる。

私は前世での経験からイジメ対策には「勝つのが早い」と知っていたが故に、平和的な話し合いを素っ飛ばして、力でねじ伏せに行ったけど、その方法論が大正解だったということだ。