作品タイトル不明
ピーシス領動乱 ㉑
ニーナさんもだけど、ジアンさんも激励対象だから居て貰わないと困る。
ジアンさんたちが帰宅して1時間以上は優に経っているよね?
小さく首を傾げたニーナさんも、そう考えたのか、僅かな時間だけ思案する様子を見せてから答える。
「そろそろ戻られるかと」
「・・・このお料理って勝利祈願のような意味があるから、ジアンさんに食べさせてあげてくれるかな」
ニーナさんたちが目を丸くする。
大袈裟に言ったけど、いわゆる、「勝つ」と「カツ」を掛けたアレね。
語源はフランス語の「コートレット」って、パン粉で衣を付けてフライパンで焼く調理法が、日本に伝わってから「カットレット」に訛って、そこから、さらに「カツレツ」へと訛った末に端折られて「カツ」になったんだっけ。
カツを大量の油で揚げる調理法の歴史は案外、浅くて、1900年頃って説を聞いたことが有る。
コロッケの原型になった「クロケット」なんて衣を付けてオーブンで焼く料理だったんだよ。
日本人のカツ好きはカレー好きと超時空合体を果たして、カツカレーという史上最強コンボを生み出し、文化輸入ルートを遡上して世界中を席巻していた。
私がカツの歴史に意識を飛ばしている間にも、ニーナさんは冷静に感心している。
「勝利祈願ですか」
「・・・新たな門出だからね。ニーナさんの懐妊祝いでも有るから、みんなに振る舞う前に自分たちの分を取り分けておいてね」
日本語では、ただの語呂合わせだけど、外国人の私が言えば、そういうものだと信じるしか有るまい。
「鰯の頭も信心から」で、縁起の良いものだと信じ込めば、験担ぎが本当に幸運を呼び込むことだって有るかも知れない。
女性にとって出産は命懸けの戦いなんだから必勝で臨んで貰いたい。
悪阻中に油物はキツいだろうけど、悪阻が終わったのなら体力を付けておくべきだ。
出産なんてものに私は1ミリも縁が無かったから医学的にどうなのかは知らないけど、医学の発展が怪しい世界なのだから、体力は無いよりも有る方が良いはずだ。
ニーナさんがニッコリと笑う。
「お心遣い、ありがとうございます」
「じゃあ、有り難くいただいて、始めようかね」
「・・・お願いね」
ニーナさんに付いてきた女性たちが相互の意思を確認するように目配せし合う。
恰幅の良さに騙されそうだけど、ニヤリと不敵に笑う女性たちが纏う空気はエゼリアさんたちと同種のものだ。
この人たちって寿退社した元女性騎士なんだろうなあ。
「・・・あと、調理方法を秘匿する気は無いから、知ってる人から教わると良いよ」
「へぇ・・・?」
「そりゃあ、ヤル気が出るじゃないのさ」
厨房の料理人さんたちも含めて、みんなが意外そうに目を丸くする。
田舎の農村社会なんだから共同作業も多いだろうし、奥様ネットワークに乗っけてしまえば拡散は早いと読んでいる。
私が前世の体験から学んだ持論として、食の豊かさは生活の豊かさに直結して日々の活力へと繋がる。
どんどん情報を拡散して貰って食生活が良くなれば、社会全体が強く豊かになるはずなのだ。
「さあ。みんな、行くよ!」
「「「「「おう!」」」」」
掛け声に威勢の良い応えが返って、ニーナさんを含めた女性たちが一斉にバットへ手を掛けた。
目の前で見ていたはずなのに瞬きする間に姿が掻き消えていて、狭い厨房内の通路をスルッと抜けて口をもぐもぐさせながら女性たちの背中が廊下へと消えて行く。
動きが速い上に、この統率感。
たぶん、現役時代は、かなり強い騎士様だったんじゃないかな。
それに、あの摘まみ食いスキルの高さもエゼリアさんたちを彷彿とさせる。
つまり、有能。
お任せで大丈夫ということだ。
安心したのも束の間、女性たちが出て行った廊下から、不穏な話し声が聞こえてきた。
「美味っ!」
「絶対に家で作るわ!」
「コレ、足りると思う?」
「いやぁ、ムリじゃない?」
「間違いなく奪い合いになるね!」
「あっはっは! いつものことさね!」
あっけらかんとした笑い声と共に賑やかな話し声が遠ざかっていく。
ワイン味の干し肉のときにも、「奪い合いが起きる」って話になって、ハインズ様が暴動の主軸になりそうな話をお母様たちがしていたことを思い出した。
ギョッとして料理人さんたちへ目を向けると、したり顔で全員がウンウンと頷いている。
マジかぁ・・・。
有り合わせの材料でソースを作ってみる考えも有ったけど、それどころじゃ無くなっちゃったなあ。