作品タイトル不明
ピーシス領動乱 ⑳
「・・・大工道具の中からお借りしたヤスリです。徹底的に洗浄しましたので、衛生面に心配はありません」
「本当に削ったのね」
パン粉を作っている姿をイメージできたのか、呆れたようにお婆様が苦笑する。
「今後も作るのなら、厨房用に新しく道具を作らせなさい」
「はっ。直ぐに手配いたします」
ミセラさんの返事に、お婆様が鷹揚に頷く。
それって気分の問題かな?
スライム畑に闇属性の魔石を使うと聞いたときにも、同じような反応をしていたし。
お婆様の思考は、さっさと次へと移ったようだ。
「パンも小麦から作るもの。ほぼ小麦、というのが面白いわね」
「小麦の消費量が増えるのは、本当に助かります」
ミセラさんの手にあるパン粉のバットを興味深そうに覗き込んでいるお婆様に、ミセラさんが表情を緩めた。
「どこの領地も小麦は多く作っていますからね。今はロス領も大変なようですし」
「はい。フィオレ様のお陰で何とか乗り越えられそうです」
「そうですか。それは良いことです」
本気で困ってたんだな。
うろ覚えの知識が助けになったのなら良かったよ。
お婆様が前向きに捉えてくれているなら、ここは勝負どころかな?
「・・・お婆様。今日は時間が足りなくて作ることが出来なかったのですが、他にも、まだ有るのです」
「ふむ。それで?」
ハッキリ言え、と、ばかりに、目元を緩めたお婆様が首を傾げる。
「・・・レティアに戻ってから、また作れればと」
「良いでしょう。あちらの厨房には私から口添えしてあげます」
「・・・ありがとうございます!」
やった! お婆様、大好き!
いちいちピーシス領まで戻らなくて良いなら、時間的な制約も減るよ!
ピーシス家の厨房を使わせて貰うにも移動だけで往復4時間も掛かるから、移動に使う時間を他のことに回せるのは本当に助かる。
手が空いたときにチョコチョコと教えていけるなら、私のボッチ飯スキルも伝授しやすくなる。
「シェリア様。レティアの厨房とピーシス家の厨房は、私たちで情報を共有させたいと考えております」
「そうね。ロス家とも共有すると良いでしょう」
「お心遣い、感謝いたします」
ミセラさんだけでなく、レヴィアさんとマーシュさんも、お婆様に深く頭を下げた。
そこへ男声が割り込んでくる。
「ご当主様。まだ続けますか?」
「・・・あっ、そろそろ一杯だよね」
料理人さんに呼ばれて振り向けば、調理台の上には、山積みとなって湯気を上げている、クリームコロッケとトンカツのバットが並んでいた。
お婆様へと視線を戻すと、「行け」とばかりに頷いてくださった。
「ニーナさんを呼んで参ります」
「・・・お願い」
マーシュさんが厨房から出て行ってすぐに、ニーナさんを筆頭とした女性陣を引き連れて戻って来た。
人数は5人。
年齢的にはお婆様とお母様の中間ぐらいに見えるから40歳台かな?
世代的にはハロルド様と同じぐらいの、推定、奥様方だ。
「お待たせしました。フィオレ様」
「・・・こっちこそ、お待たせ」
片手を挙げてニーナさんたちを迎え入れる。
付いて来た女性たちは、厨房へ入るなり、一様に、ニンニクの強い匂いに鼻をひくつかせている。
「スームの良い匂いだね」
「見たことのない料理ね」
「お腹が空いてくる匂いだわ」
うんうん。お昼時に香ばしいニンニクの匂いはお腹に来るよね。
代表してニーナさんが近付いてきて、他の女性たちは山盛りの揚げ物に視線が吸着されている。
「これ、何て料理なんだい?」
「・・・丸っこい方がクリームコロッケで、平たい方がトンカツ」
「へぇ? クリームコロッケにトンカツね。覚えとくよ」
興味深そうに女性たちが復唱する。
発音が「クロッケ」だったり「トゥンカトゥ」だったりに聞こえるのはご愛敬だ。
日本語読みの発音って外国人には難しいらしいし、外国人どころか異世界人だもんね。
女性たちへ向けられていたニーナさんの目が私へと戻る。
「領民にお料理を振る舞うとのことでしたが、皆に分け隔て無くということで、よろしかったでしょうか?」
「・・・そのつもり。ジアンさんとタリアさんは戻ってきてる?」
ニーナさんがパチクリと瞬く。
「何でジアンさん?」って感じかな。