作品タイトル不明
新たな芽吹き ㉒
泥水に魔力を通して上から圧力を掛ければ、みるみる内に水位が下がって水が引いてしまった。
やろうと思えば、ポドックさんのところの大穴も戻せたっぽいね。
次回からの参考にしよう。
役目を終えた大穴も「帰っておいで~」と念じれば、ズズズと地鳴りを上げて元の高さに戻った。
「「「「「おお~」」」」」
観客をしていた大人たちから、パチパチと拍手が降ってくる。
大人たちの中には返り討ちに遭った子たちの親も居たはずなのに、敵意のようなものは感じない。
見た目、周りの地面と変わらなくなった地面を踏めば、ちょっと、しっとりと湿っているぐらいだろうか。
「・・・他に、挑戦者は居ますか?」
周りを見回しても、誰も居ない? と、思ったら、一人だけが観客の中から歩み出してきた。
ざわりと観客たちの空気が揺らぎ、退散して行く泥塗れの少女たちと入れ替わりに出てきたのは、右手に古傷を抱えている人。
「・・・やる、ってことで良いのかな?」
「お手合わせをお願いできますか?」
「・・・もちろん」
意外かと言えば、意外では無かったかな。
第3ラウンドの挑戦者は、出て来るだろうと予想していたジアンさんだった。
地面に落ちている木剣の一つを左手で拾って、1回、2回と、感触を確かめるように軽く振る。
軽く振っただけのように見えたのに、木剣から、ピゥッ、ピゥッと、鋭い風切り音が鳴った。
剣術がド素人の私でも、ジアンさんの力量が、とんでもなく高いことが察せられた。
だって、私が木剣を振っても、あんな音が鳴ったことなんて一度も無いよ。
ルナリアやピーシーズの訓練を見ていても、あんな音が鳴った記憶も無い。
鋭くブレの無い、正しい剣筋で振らないと剣は鳴らない、と、刃物が大好きで並々ならぬ蒐集癖を持つマキアナさんが言ってたことが有る。
それだけ、ジアンさんの剣の振りは鋭く正確なものなのだろう。
背筋にゾクゾクと来る寒気を感じつつ、 三度(みたび) の風バリアーを発動する。
今までよりも速度を高め、バリアーを固める。
ついでに、バリアーの内側に魔力の手を置いて攻撃に備える。
「始めて、よろしいでしょうか?」
「・・・いつでも」
私が答えた瞬間、ジアンさんの姿が掻き消えた。
ヤバっ! ぜんぜん見えない!?
全方位で魔力の手を固めた瞬間、私の右側から、バキィッ!! と、固いものが砕ける音がした。
右側へと視線を向けると、左手に握るへし折れた木剣を、不思議そうに矯めつ眇めつしているジアンさんが居た。
冷やっと首の後ろに悪寒が走り、冷たい手でキュッと心臓を掴まれたような錯覚を覚える。
天高く吹き上げられた木片が、訓練場の方々へパラパラと降り注ぎ、観衆から響めきが上がっている。
小さく首を傾げて考える様子を見せたジアンさんが、納得したように頷く。
「二重になっているのですね」
「・・・三重かもしれないよ?」
「なるほど。心得ておきます」
はー、ビックリした。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑え込みつつ負け惜しみで軽口を返したけど、一撃で風バリアーを突破された。
アリアナさんと立ち会ったときに懸念していた通り、渦巻いている風に逆らわず、風向きと一致させた剣撃で斬り込まれたんだろう。
遠くから観客として見ていただけで、ジアンさんは風バリアーの弱点を看破したらしい。
下手をすると、魔力の手の防御も突破されるかも知れないな。
本当に魔力の手を二つ重ねて三重の防御にしておこう。
私が地面に魔力を拡げたときにもジアンさんは反応していたし、今の時点でも、剣術、身体強化魔法、魔法と、三つの分野でジアンさんが優れているのだろうことが分かる。
傷痍軍人で有りながら執事を務めていることから、文官としても優れているのだろうし、ジアンさんって、滅茶苦茶ハイスペック?
いやまあ。お母様たちが信頼を置く人なんだから、ハイスペックな人なんだろうとは思ってたよ?
足音も無く、歩いて戻ったジアンさんが折れた木剣を捨てて、次の木剣を拾っている。
再び軽く木剣を振って感触を確かめたジアンさんが、私へと体の向きを変えて歩いてくる。
自然体で左手に木剣を提げたジアンさんの姿は、どっちから攻撃して来そうか予測が付かない。
「・・・むー」
今度は私の方からも攻めてみようか?
かと言って、ここで魔法を使って狙っても無駄なんだろうね。
魔力の動きを察知するんだから、きっと、魔法での攻撃は発動する前に避けられる。
散歩するように、ゆったりとした足取りに見えるけど、風ジェットカッターのように目に見える攻撃が当たるとは思えないし、穴ぼこを空けてもハマってくれる未来が予想できない。
”蒼焔”が頭の端を過ぎったけど、ダメだ。
避けきれないぐらい広範囲に影響を及ぼす魔法なら避けられないだろうけど、ジアンさんよりも先に周りで見ている観客の方にケガ人が出るだろう。
観客を守るためにお母様が防御術式を使った場合、ジアンさんも守られてしまうしね。
だとしたら、もう、魔力の手しか無いよね。
捕まえてしまえば魔法は当てられるだろう。
このときのために、ジアンさんに魔法の手での攻撃を見せないようにしていたんだし。
スルスルと魔法の手を伸ばして、盗賊を捕まえたときのように手の中に包み込もうとしたら、スッと移動して避けられた。