作品タイトル不明
新たな芽吹き ⑨
「・・・うーん。伸び代が有るなあ」
「伸び代って?」
誰に言ったわけでも無い私の独り言に、ルナリアが答えてきた。
「・・・うん。だってさ、こうやって見渡して原野の方が多いよね?」
「そうよね」
私が示した先にルナリアが目を向ける。
ルナリアが見渡す先には、とうとう街道の際まで迫ってきている原野が有る。
ずっと左手に続いていた城壁は、すでに終わり、収穫を終えたばかりの畑に変わっている。
「・・・この原野の半分だけでも農地に変えられたら、色々な作物が作れると思う」
「試してみたいわね!」
「・・・そうだね」
この「未開拓地」を何割かでも減らして土地の利用効率を引き上げれば、間違いなく豊かになる。
未来の光景を想像しながら長閑すぎる景色を眺めていると、いくつかの綺麗に耕された畑に、まだまだ収穫には遠いと思われる作物が植えられているものが有ることに気付く。
年が変わろうとする真冬だというのに、青青とした苗が畑の畝に整然と並んでいる様子が見て取れる。
「・・・秋蒔きの作物、かな?」
「あれはシーヴァとカンラですね」
今度はルナリアの馬の後ろに付けているアイシアちゃんの耳が、私の独り言を拾ったようだ。
レヴィアさんに教えて貰った野菜の名前と頭の中で照合する。
シーヴァが玉葱でカンラがケールだったか。
要は春タマネギと春キャベツだ。
春キャベツと言っても、ケールは原種に近い品種だから、苦味と臭みが強くて生食には向かないんだよね。
冬野菜なのに、ほうれん草や大根が見当たらないのは、地域的な差か何かだろうか?
この場所から見えない辺りの畑では作っているのかも知れないけど。
兵站の干し野菜の中に大根は有ったから、間違いなく栽培はしているはず。
「・・・あの畑って、前の作付けは何の作物だったんだろう?」
「さあ? そこまでは?」
「多分、パパかサイサかボーボラだと思いますよ」
「・・・へぇ。普通に春蒔きかな」
アイシアちゃんが首を傾げ、代わりにメリーナさんが答えをくれる。
パパと言っても「お父さんの畑」じゃなく、例の黒いジャガイモモドキの畑だよ。
あの芋も、見た目は不格好な炭団みたいに真っ黒なのに、皮を剥いたら普通に白っぽい芋で、あれを最初に食べた人は勇気があると思う。
ボーボラも色が真っ赤っかなだけで、地球で言うところのカボチャの一種で間違い無さそうだった。
サイサというのは煮物料理によく使われてる穀類なんだけど、あれって恐らく、ヒヨコ豆だと思う。
豆の形状がヒヨコに似てるからって命名由来が書いてある記事を読んだことが有るけど、ヒヨコ饅頭の方が馴染み深い日本人アイで見れば、「ヒヨコ?」って首を傾げたくなる。
まあ、紀元前5000年とか、そんな頃から普及、栽培されていた作物の命名由来なんて、どれが本当か分かったもんじゃないしね。
ともあれ、日本でヒヨコ豆は一般的では無かったから、よく知らないけど、海外では大豆並みに一般的な食材だったはず。
確か、鞘が青い内に収穫して塩茹ですれば枝豆みたいにして食べられるのも、大豆と同じなはずなんだよ。
大人になったら、ヒヨコ豆の枝豆を摘まみつつ、みんなでお酒を飲みたいものだと、私は密かな野望を抱いている。
ヒヨコ豆は小麦と同じぐらい乾燥に強い作物だからか、こっちの世界でも広く栽培されているらしい。
大豆だったら油が絞れるのになあ。
残念ながらヒヨコ豆で油が絞れるとは聞いたことが無い。
ヒヨコ豆もジャガイモもカボチャも小麦も長期保存が利く食糧だから、戦時も想定した作付けで有ることは明らかだ。
長期保存と言ってもカボチャは収穫から3~4ヶ月間しか保存できないんだっけな。
メリーナさんが挙げた名前の中には無かったけど、王都で見たシビィ―――、冬瓜の保存期間もそのぐらいだったはずだから、きっと、その辺の畑で作っていたはず。
傷む足の早い作物から消費するから、3ヶ月間も保ってくれれば、他の穀類や芋類の消費を抑えることが出来るんだよね。
戦時想定の思想を否定するわけでは無いけど、もう少し作付けの幅を拡げられないものかと、心底、思う。
皆が同じ作物を作るから品物が余って単価が下がり、安く買い叩かれる。
作付けの幅を拡げることは単価の引き上げにも繋がってくるはず。
特に、根菜と葉物野菜の幅が広がれば、品種改良が進んで料理の幅も広がるんじゃないかと期待している。
輸送能力にもよるから、栽培品種の多さと単価が比例するほど単純な話では無いんだけどね。
しばらくの間、原野の方が多い景色が続いて、再び畑の比率が少しずつ増え始めた。
前方へ視線を移すと、ポツポツと建っている家屋が見えてきた。
人間が暮らす2階建ての母屋と厩舎らしき小屋と納屋らしき小屋の3棟がワンセットなった民家が、畑の合間に建っている感じだね。
多少のバラつきは有るけど、華美さは無く、質素だけど小綺麗に見えて好感が持てる佇まいだね。
何かの農作業をしているのだろう人影がちょくちょく畑の中に有って、私たちの馬列に気付くと手を振ってくる人が多い。
領民に手を振り返しつつ街道を進むと民家の数が増えてきて、“集落”と呼んで差し支えない景色に変わった頃、一際、大きな洋館が見えてきた。
大屋根の上に真上へ煙を立ち上らせている煙突と、横向きに開口部が有る2本の煙突のようなものを備えた、2階建てのスッキリとしたデザインの建物で、平屋建ての大きな厩舎と納屋を備えている。
あの大屋根の上の真上を向いた煙突は分かるんだけど、横向きの煙突は何だろう?
どこかで似たようなものを見た記憶があるけど何だったっけな?
煤で汚れた様子も無いから火を使うものの設備では無いんだろうね。
気になるから、後で聞いてみよう。
厩舎の目の前にある木柵で囲われた広い馬場には数十頭の馬が放されていて、厩舎で働いている数人の人影も有った。
馬列の接近に気付いたらしい人たちが作業を止めて出迎えに出て来る。
お屋敷の正面前に到着し鞍から降りる。
「お帰りなさいませ。シェリア様、フレイア様」
「おう。皆、元気だったか?」
「はい。戦勝、おめでとうございます」
掛けられた声にお母様が応え、お婆様も頷いて返している。
農民と見分けが付かない人たちが手綱を受け取りに来ているけど、男性たちは例外なく筋肉ムキムキで所作がキビキビしていることから、どう見ても、ただの農民には見えない。
1万騎の選出から外れて今回の戦場へ出なかっただけの騎士様なんだろうなあ。
何なら、女性たちの動きもキビキビしていて、かなりのご高齢に見えるお年寄りたちまでもが、背筋がシャッキリと伸びて動きがキビキビしている。
馬から下りたお婆様が手綱を預け、出迎えに出てきた人たちに声を掛ける。
「皆、変わりは有りませんでしたか?」
「はい。マルキオ様は、お役目ですか?」
「戦後処理だけでなく新領地の仕置きも有りますからね。まだ暫く戻れないでしょう」
わいわいと騒がしく挨拶を交わし合っているところへ、ルナリアと私が馬を下りる。
「いらっしゃいませ。ルナリア様」
「みんな、久しぶりね! 元気そうで安心したわ!」
ルナリアの明るい声に、集まってきた人たちの表情も明るくなるようだ。
「勿体ないお言葉です」
「皆様も、ご無事で何よりです」
ルナリアもみんな顔見知りなんだな。
初顔合わせなのは、私とディディエさんとダーナさんの3人だけらしいからね。
他のみんなはピーシス領が地元だし。