作品タイトル不明
新たな芽吹き ⑧
何だろう、この敗北感・・・。
いや。脱力感だろうか?
精神的に打ち拉がれての、ネット掲示板で言うところの「orz」のポーズなんて、30年以上の人生で初めて取ったよ。
何なのコレ? ほんと、何なのコレ?
私に突き刺さる、何とも言い表しようのない兵士さんの視線が痛い。
5歳にして、おかしな噂に巻き込まれるのかと思うと泣きたくなる。
「・・・い、良いからもう、早く馬に乗って」
「はい!」
「あ。コレ、返してきますね!」
何とも言えない脱力感の中で何とか絞り出した指示に、幸せそうなウキウキした声で行動を始める二人を責める気力すら湧いてこない。
何なんだよ、一体・・・。
「・・・つ、疲れた・・・」
「お、お疲れさまです」
痛い! 気遣いも痛いよ!
「・・・あ、ありがとう。迷惑掛けてゴメンね」
「い、いいえ。お気になさらず」
動揺から抜け出していない様子の兵士さんにまで慰められてしまった。
私のメンタルにクリティカルダメージが入って、平手打ちした手も痛い。
二人とも、めっちゃスッキリした感じで超ご機嫌なんだけど、これ、「お仕置き」がクセになって、毎回、要求されそうな気がする。
事件の影響で不安定になるのは理解できなくも無いし、拒否し辛いんだよなあ。
かと言って、鞭で打つなんて体に傷が残ったら、どうすんの。
でも、精神的に、私に依存しているっぽい二人を私が拒絶して、人生に絶望されても困るしなあ。
要望に応えることで二人が前向きに頑張れるのなら、応えてあげた方が良いんだろうか。
二人の体に傷を残さず、私の手が痛くない道具・・・?
ハリセンでも作っておいた方が良いんだろうか。
いやいやいや、待って待って! 二人の思考に私まで毒されてる!?
今は考えるな! 棚上げするんだ!
おかしな一悶着が有ったものの、結果的に、私の傍に付いて回るためには乗馬スキルは必須ということで、新人メイドさんたち二人は、ぶっつけ本番で初の乗馬訓練と相成った。
ていうか、乗れるよね?
ビクビクした様子で、ひっきりなしに足元の地面を見下ろして、怖々で鞍に跨がっているけど、初めて一人で乗ったときのルナリアや私よりも、よっぽどマシだと思う。
何たって、私たちのように足の長さが足りなくて鐙まで足が届かない小さな子供と違って、二人は鐙の高さを調整してもらえば鐙まで足が届いているし、馬は同じ馴致を受けているんだから、荷馬を扱えるなら乗馬を扱えても不思議じゃないよね。
経験がなくて不安、って、いうのは、跨がる高さとか不安定さのことだったんだろうか?
しっかりとした御者台に腰を落ち着けるのと、背もたれも無い鞍に腰掛けるのとでは、違うと言えば違うか。
鐙に爪先を引っ掛けて鞍によじ登るのは、確かに苦労していたかな。
女性騎士のように、ヒラリと飛び乗るのではなく、私のように、えっちらおっちらと、よじ登っていた。
まあ良いや。自動車に乗れても自転車には乗れない人だって居るのだから、そんなことも有るのだろう。
目的地はレティアの町から西へ15キロメートルほど離れた委託統治領のピーシス家本邸。
初めて訪れるのは私とディディエさんたちの3人だけで、ルナリアは何度も行ったことが有るそうだし、他のみんなは勤務時間中に自宅へ帰宅するようなものだから余分な護衛部隊は付かない。
自分ちの庭の中を移動するようなものだし、危険は無いからね。
いつまでも引き摺ったところで始まらないので、現実逃避気味に無理やり思考を切り替えて号令を発する。
「・・・じゃあ、出発」
今回の用向きと立場上、号令は私が出したけど、私は道を知らないから、馬列の先頭はお母様とお婆様だ。
お母様たちの後ろをエゼリアさんたちが固めて、その後ろに私たちが続く。
一応、乗馬初心者がいるってことで、ぽっくりぽっくりと長閑な常足のペースだよ。
領主館を出発した馬列は大通りを北門へと向かい、時折、掛けられる領民たちからの声に手を振り返しつつ進む。
北門を出て直ぐに街道から脇道へと左折し、城壁に沿って西進する。
西進と言っても、ウォーレス領の領地は北東から南西に傾いた長方形のような形状だから、正確には南西方向へ向かっているのだろうね。
馬の背で揺られながら現実逃避気味に城壁を見上げる。
見慣れてしまって気にしなくなっていたけど、高さ15メートルもある城壁って本当に背丈が高い。
昔、営業活動中に刑務所の塀際を車で走ったことが有るけど、ここまで塀の高さは無かったと思う。
全高15メートルといえば5階建てのビルと同じぐらい。
5階建てのビルなんて、日本では珍しくも無いどころか背丈が低い方だけど、それが数キロメートルも延々と連続して続く一つの建築物ともなれば、圧倒されるスケール感だよ。
城壁の反対側が延々と平地が続く、遮るものが無い景色だから、余計に大きく感じるのかも。
地球の鉄道や高速道路の高架橋も同じような規模だけど、温度変化による素材の伸縮で破壊されるのを防止するために一定の長さでブロック分けされていて、一体の建築物では有っても一つの建築物というわけでは無いものね。
橋脚の向こう側の景色が見通せると、建築物の背丈が高くても圧迫感が無くなるのも有るのか。
こんなに巨大な一つの建築物の一辺を切り離して、建ったまま500メートルも横へスライド移動させるという話が当たり前に出るのだから、常識の違いと魔法技術の異質さを実感してしまう。
今さらだけど、「異質」と感じるのは私が地球の物理法則を知っているせいで、こっちの世界の常識に照らせば魔法技術の方が当たり前なんだよねえ。
レティアの城壁は周囲20キロメートルで、大雑把に、1辺が4キロメートルと5キロメートルの長方形。
500メートル移動させる予定の壁面は、北西向きの4キロメートルの短辺だったはず。
辺長4キロメートルなんて一人で認識しきれる大きさじゃないから、複数人の土魔法で動かすのかな?
もちろん、私も手伝うつもりだから、作業手順を詳しく聞いておいた方が良いのかも。
日影になるせいか、城壁と街道の間にある奥行き数十メートルほどの狭い土地は、ほとんど農地として使われていない。
反対側を見ると、城壁に沿った街道の周囲には小麦畑が続いているんだけど、数百メートル向こう側は畑が途切れて延々と手付かずな原野が続いているのが見える。
パッと見の畑と原野の面積比率で言えば畑の方が少し多いぐらいかな。
城門の傍は畑の方が多かったように思うけど、城門や街道から離れれば離れるほど原野の比率が増えて行ってる?
畑の世話や刈り入れ時の利便性を考えれば、便利な場所から開墾していくのは当然か。
レティア周辺はナーガ川の河畔地域ということも有ってか、王都周辺と同じように地下水が豊富な土地だと聞いているけど、農業用水は見た記憶が無いな。
乾燥に強い作物しか作っていないんだろうか?
小麦なんかの穀類や陸稲なんかも散水が不要ってわけじゃ無かったと思うけど、どうしてるんだろう。
今まで数回しか雨が降った記憶が無いのに謎だなあ。
馬列が進むにつれて畑の比率が減っていく。
“牧歌的”と言えば聞こえは良いのかもしれないけど、“未開拓地”という表現がピッタリな景色だ。
「未開拓地」とは言っても、土地の利用を諦めて完全に放棄されているわけでは無く、放牧地として軍馬の群れが放されているのが見える。
右を見ても左を見ても、遠くの方に、いくつもの馬の群れ。
あれはあれで、ウォーレス領の主産業の一つだから良いんだけどね。