軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

拡大家族会議 ⑭ ※アンサンブルキャスト面

夜が更けて人通りも馬車の通行も無くなった大通りの端を、二つの人影がのんびりとした足取りで歩いていた。

8の鐘が鳴って少し。

大抵の家庭では寝静まった時間のため、家々に明かりは灯っておらず、晴れ渡った夜空に上った娘の銀の髪を思わせる月の光が夜道を照らしてくれるのみだ。

明るい月の光に掻き消されて星の数が少ない空を見上げながら、フレイアは訊いた。

「本当に私で良いのか?」

「君こそ私で良いのか?」

同じように夜空を見上げながら、ハロルドも同じ問いを返す。

家族たちに押し込まれる形になってしまったが、気持ちの整理が付いているのかと言えば、まだ困惑が抜けきったわけでも無いのだ。

「姉様に対して後ろめたい気持ちが無いと言えば嘘になるな・・・」

「私もだ。必要は、ずっと以前から理解していたのだが、どうしても踏み切れなかった」

「そうだな」

レオノーラに懐いていたフレイアが抱く罪悪感は、ハロルド自身もまた抱いているものだ。

「君が嫌なら―――」

「それ以上、言うなよ?」

「済まなかった」

余計なことを言ったとハロルドは素直に詫びた。

いや。フレイアの気持ちに気付いていながら目を逸らし続けていた、己の不甲斐なさも詫びたのか。

互いに言葉もなく、中天に輝く月を眺める。

青白く世界を染める月の光はあの義娘を想起させる。

ルナリアがあの義娘―――、フィオレを連れ帰ったときから多くのことが変わり始めた。

フィオレがルナリアの命を救い、ウォーレス家の血統を救い、マークスたちの尊厳が穢されることから救い、父・ハインズたちを失意の底から救い、フレイアの心が壊れることから救った。

ハロルドもまた、閉塞感を打ち破って動き出した時間の中で、忙しなくも慌ただしい日々を心地よく感じていた。

次から次へと新しい思い付きに周囲を巻き込むフィオレに振り回されながらも、多くの者が抱える苦境に活路を与えられ、フィオレに惹きつけられつつ有る。

毒に体を壊されたアマリリアを救い、テレサ殿下の心を救い、気難しい母・セリーナだけで無く、誰もが恐れる、あの大叔母・カレリーヌまでも巻き込んで説き伏せたのだから、驚くほか無い。

ハロルドの脳裏に「勇者」という言葉が 過(よ) ぎる。

本人は否定していたが、本物の「勇者」とは、フィオレのような者のことを言うのではないだろうか。

少なくとも、勇王などよりも、余程「勇者」らしく思える。

異世界で命を終えた人の精神が別世界で子供の体に宿るなど、一体、何がどうなれば、そんなことが起こるものなのか、ハロルドには想像も付かないが、事実として、フィオレは「新たな思い付き」に周囲を巻き込み続けている。

益体も無い妄想だと自嘲しながらも、明日からも忙しくなりそうだと思い直す。

今日また、ハロルドとフレイアはフィオレたちに救われたのだろうから、過去を振り返って囚われるような真似は止めねば。

そのために、ハロルドとフレイアは、けじめを付けに出てきたのだから。

「おう。お前たちも来たのか」

墓地に入るとウォーレス家の区画に「光」の術式が灯っていて、先祖代々の墓標の前にハロルドの父・ハインズと義父となるマルキオの二人が、どっかりと胡座をかいている。

「皆に報告しにな」

「そうか」

ハロルドの答えにハインズが短く答え、ハインズがグッと飲み干したカップにマルキオが瓶のワインを注いでやっている。

ハインズたちの傍を通り過ぎて、数メテル先にある傍系の墓標の一つの前で足を止めたフレイアの背中を、マルキオが見つめる。

その墓標には、イリーナ・グロースという生前の名前が彫り込まれている。

傍系グロース家三姉妹の長女で、エゼリアとアンリカの一つ下の、よく気が付く娘だったと故人を偲ぶ。

「イリーナが戦死して、もう16年か?」

「17年だ」

先に逝った“妹”と何を話したのか、墓標の頭をひと撫でしたフレイアが、マルキオに答えを返しながら戻ってくる。

あれは、成人前だったフレイアが初めて西方への遠征に出たときのことだったか。

2年にもわたる転戦続きで疲弊しきったハインズとマルキオがレティアへと帰還し、ハインズたちに代わって出征したハロルドが戦線を支え、フレイアたちが追い掛けて出征し、応援に駆けつけたのだ。

友軍部隊の前線が崩れてハロルドの部隊が孤立しかけたのを、フレイアが突出して割り込み、包囲されたフレイアを、追い付いたイリーナが身を盾にして守ったと聞いている。

運悪く、即死に近い状況で、回復薬も間に合わなかったと”娘たち”が泣いていたことを、マルキオとて今も忘れられずに居る。

王国の安定のため、とはいえ、他国の戦争にまで駆り出された上でのことだ。

”正義”は有ったにせよ、妹の一人を失ったフレイアには、到底、受け入れられるものでは無かったのだろう。

荒れ狂ったフレイアは大陸中に名を轟かせるほどに暴れ、数多くの武勲を得たが、レティアへ帰還したときのフレイアの疲弊と、魂が抜けたような落ち込みっぷりは本当に酷いものだった。

もう、あんな思いはしたくないものだと願いながら、マルキオは息を吐く。

「時が過ぎ去るのは早いものよな」

「奥方殿とお袋殿は?」

今度は答えを返さずに、フレイアはマルキオの隣にどっかりと座る。

フレイアの問いに答えを返したのはハインズだ。

「夜が明けてからにするそうだ」

「勝手に爵位を受け取ってしまって済まないな。御大」

スッと頭を下げるフレイアに、ハインズは穏やかな目で首を振った。

「いや。我らも変わるべきときが来たのだろう。儂が昇爵を固辞し続けたのは、決断しきれなかっただけに過ぎんのだからな」

「レティア卿の時代から500年、か・・・」

ハインズの言葉にマルキオが立ち並ぶ墓標へと目を向け、ハロルドとフレイアの目も墓標たちへと向けられる。

「父祖が守った覚悟と伝統を変えるには、重い決断では有る」

「だが、躊躇った結果、王国が無くなってしまっては伝統を守る意味も無い」

重々しいハインズの声にマルキオも重々しい声で応える。

「偉大なる父祖たちも、お許しくださることだろう」

「変わるべきとき、か・・・」

ハロルドの口から漏れた声に、ハインズが隻眼を向けた。