作品タイトル不明
帰還 ⑳
「・・・じゃ、じゃあ、―――、あ。しまった。どうやって連れて帰ろう」
「輜重で預かりますよ? 服装も、このままでは可哀想でしょう」
耳元で聞こえた声にビクッと飛び上がりつつ首を振り向けると、寸胴―――、もとい、見覚えの有るメイドさんが居た。
「・・・み、ミセラさん。いつの間に?」
「さっきから居ましたよ? すぐ後ろに」
「・・・そうなの!? ぜんぜん気付かなかったよ!」
私の背筋がヒュッと寒くなる。
ミセラさんだけでなく、ミセラさんのさらに後ろには、レヴィアさんとマーシュさんも居た。
「ふっふっふ。いつか気付けるようになると良いですね?」
それ、何のゲーム?
気配が無い人たちなのは知ってるし、まあ、良いんだけど。
とはいえ、負けっ放しで一方的に驚かされ続けるのも悔しいから、ミセラさんたちの気配を察知する方法は編み出しておきたい。
「・・・が、がんばるよ」
私の返事にニコッと笑ったミセラさんの目が、ディディエさんたちをチラリと見た。
傷は治しても、着衣の乱れを見れば、2人がどんな目に遭ったかは一目瞭然だろう。
「今は殿方を近付けない方が良いでしょう。お二人は私が預かりますよ」
「・・・そうだね。お願いして良いかな」
「お二人とも。どんな仕事が出来るかも把握しておきたいので、付いて来てください」
私の返事に頷き返したミセラさんが、新人さんたちに顔を向ける。
「「ええ・・・。で、でも・・・」」
「・・・んん?」
二人とも、なぜ、そこで困惑したような顔で私を見るの。
「・・・ミセラさんたちに付いていって、色々と教えて貰ってくれるかな?」
「「は、はい!」」
私が指示を出すと、ピシッと気を付けで二人が返事をする。
「・・・じゃあ、行ってらっしゃい」
「「はい!」」
私たちにペコリと頭を下げたあと、引率のミセラさんたちの下へと二人が背中を向けて駆けていく。
あの二人、私自身が方向性を示さなきゃダメっぽい?
思ったよりも元気そうで良かったけど、心の傷なんて表面上で見えるものじゃないからね。
ミセラさんが「仕事」と口にしたのは、忙しくしていれば余計なことを思い出さなくて済むという気遣いも有るのかも?
ロス家の任務から言えば、ディディエさんとダーナさんの素性を調べて危険度を把握するのが、ミセラさんたちの主な目的だとは思うけど。
私の一存で受け入れて”私に仕えたい”と言っている以上、私の傍で働いて貰うことになるんだろうね。
だとしたら、あの二人のお仕事はメイドさんかなあ。
5歳児に依存する成人女性っていうのも問題があるとは思うけど、今の様子を見る限り、早く仕事を覚えて貰って、私の傍に置いておくのが無難な気がする。
レティアの領主館のメイドさんたちにルナリアと私が掛けている負担を分散して、少しでも状況が改善すれば良いし、二人にとっても、身元が確かで紳士な脳筋騎士様しか出入りしない領主館での勤務は、安全で安心できる居場所になると思うんだけどな。
一先ず、問題の一つは片付いたと大人たちの方を振り返ると、皆さんの視線が私に集中していた。
「・・・あ、あの・・・。何か?」
「ああ、いや。こうして見ると普通の少女にしか見えんのに、今回の見事な作戦を提示したのかと感心しておった」
頼もしそうにポドックさんが笑う。
「うむ。我らが3ヶ月間も頭を悩ませ続けていた問題を、僅か一日で解決してみせるとは、見事と言うより他にない」
「その通りですな。本当に助かりました」
クロムハウトさんもドーンさんも褒めすぎじゃない?
歩兵戦力も投入して日数を掛ければ自力で解決できたはずだし。
「・・・作戦の成功は、上手く取り纏められたポドック卿と、受け入れて協力されたクロムハウト卿とドーン卿の懐の深さによるものですよ?」
「そういうことに、させてもらうとしよう」
本音で言ったのに、ニヤリと笑ったクロムハウトさんの言い方は、本気だと受け取ってないよね?
「ピーシス卿―――、いや、フレイア卿。見事な娘御をお持ちで羨ましい限りですぞ。ハロルド卿もです。これからも、是非、懇意にさせていただきたい」
「私たちは隠居の身だから出しゃばりかも知れんが、娘たちと仲良くしてやってくれ」
笑みを浮かべているお母様は黙って頷き、ハロルド様も友好的な笑みで返している。
「うむ。では、色々と後始末も有るので、このぐらいで失礼させて貰うとしよう」
ハロルド様に頷き返したクロムハウトさんが、お母様にも片手を挙げて別れの挨拶してから背中を向ける。
お世話になったのだから当然と言えば当然なのかも知れないけど、こうやって見ると南部地域では”中立派”でもウォーレス家に好意的なんだね。
「はあ・・・。領へ帰れば、また書類仕事ですなあ」
「論功行賞もせねばならん。仕事ばかりが積み上がっていきおる」
クロムハウトさんの背中を追うように、溜息を吐くドーンさんと首を振るポドックさんも、愚痴りながら片手を挙げてから私たちに背中を向けた。
「いつまでも駄弁っては居れんぞ。私も帰って書類仕事をせねばならん」
「全くな。もう少し書類仕事というものは何とかならんものか」
「ほんに。ほんに」
3人並んで去っていく仲良しオジサンたちの背中に手を振りながら、ルナリアと私は微妙な顔になる。
書類仕事が負担なのは領主全般の悩みなのか。
そう言えば、お爺様が、お母様に領主の仕事を押し付けられてるってボヤいていたことが有ったっけ。
ハロルド様も「早く出陣してゆっくりしたい」とか意味不明な愚痴を言っていたことが有ったな。
未来の私たちを想像させるから、事務仕事の簡素化と効率化の提案は急務かも知れない。
クロムハウトさんとドーンさんが騎乗して、一足早く去って行き、ハロルド様と雑談しながら馬へと向かってポドックさんが歩いて行く。
その背中を見ていて気付く。
・・・うん? 何か忘れてる?
記憶を探って、ハッと思い出した。
「・・・あっ! ポドックさん!」
声を上げた私に気付いたポドックさんとハロルド様が足を止めて振り返った。
急いでポドックさんのところへと駆け寄る。
人の良さそうな笑みで迎えてくれたポドックさんが首を傾げる。
「何かな?」
「・・・あの、池というか、大穴の件なんですが」
「大穴? おお、アレがどうかしたかな?」
ポドックさんは、単語だけですぐに思い出してくれたようだ。
ハロルド様はポドックさんと私の顔を見比べて怪訝な顔で首を傾げている。
「・・・今朝、あの地下水の出口を見ていたら、地下水脈から魚が出てきたみたいで、池に泳いでたんです」
「ほう! もう魚が居着いておるのか!」
喜びそうだとは思っていたけど、予想通り、ポドックさんはパッと顔を輝かせる。
一方で、ハロルド様は、また私が何かをやらかしたと気付いた様子で、こめかみを揉み始めた。
「大穴? 魚?」
「・・・馬たちの水飲み場を作ってあげようと思ったら、力加減を間違えて、街道脇の地面に大穴を空けてしまいました」
話の繋がりが理解できなかった様子で首を傾げるハロルド様の疑問に、正直に答える。
どうせ叱られるなら、自己申告して被害を最小限に留めた方が得策だと判断した。
「水飲み場?」
「野営地の水場だな!」
合いの手を入れるようにポドックさんが補足説明を入れてくれるのだけど、噛み合っているようで噛み合っていない気がする。
しかし、本音では叱られたくない私は乗るしか無い!
そう! このポドックさんと言う名のビッグウェーブに!
「・・・はい。昨日、地下水を汲み上げようと出水口を作ったら、意外と大量の水が出まして、今朝見てみたら、貯まった水に魚が泳いでいました」
「地下水に、魚?」
ハロルド様の首の角度が深くなる。
だよねえ。意味わかんないよねえ。
私もよく分かってないし。