作品タイトル不明
帰還 ⑮
捕縛殲滅フェーズが始まって2時間。包囲網の中心へ向けて馬が進む。
ぽっくぽっくと長閑な蹄の音が耳に届くけど、私とペアを組んでいるルナリアも余計なお喋りをせず、怪しい人影は無いかと目を皿にして集中している。
体内魔力は消耗するけど、たぶん、身体強化魔法で視力を強化しているんじゃないかな。
本来、私たちは員数外だから包囲の外側から付いていくだけでも構わないのだけど、ウォーレス家の人たちが部下任せで眺めているなんて出来るわけが無い。
当然のことながら包囲の一角に割り込んで私たちも参加する。
包囲が狭まるに連れて配置の間隔は徐々に詰まってくるのだけど、10メートルも相互の距離が残っていば、どこにでも割り込めてしまうのだ。
盗賊を発見すれば、発見場所に戦力が集中するだけで、発見できてもいないのに功を焦って先駆ける者は居ない。
ウォーレス領軍にしてみれば被害地域は他領なのだから、たかが盗賊を討ち取ったところで大した功績となるわけでも無く、先駆ける意味も無い。
そんな事情で包囲網は落ち着いた雰囲気の中で粛々と狭められつつある。
ルナリアと私の周りをピーシーズが固めていて、お母様の両脇をトリアさんとノイエラさんが固めている。
護衛されていて安全を確保されている状態だからといって、ルナリアは甘えるつもりが無いらしく、自分の手で盗賊を討つつもりで居る。
ルナリアがヤル気なら、私も手を抜くつもりは無いよ。
ずっと魔力の手を出しっ放しで、どんな攻撃を受けてもルナリアを守るべく備えている。
ウォーレス家の王都邸での料理教室で熱々の寸胴鍋を掴んで以来、ちょくちょく魔力の手で物を掴んだりと物理的効果を持たせているんだけど、これって、よくよく考えてみると防御魔法の練習になってるんだよね。
防御魔法って、魔力をギュッと固めて物理的障害物にするわけだから、魔力の手で防御すれば能動的に敵の攻撃を阻害できるんだよ。
一旦、これに気付いてしまうと、もう魔力の手が便利すぎて仕方がない。
便利な上に練習になるのだから、文字通り、使わない手は無い。
そんなわけで、私はイソギンチャクの触手かイカの蝕椀みたいに2本の魔力の手をウニョウニョさせ続けている。
魔力の手が目に見えれば、私は人外にしか見えないだろうけど、有り難いことに魔力の手は無色透明で無味無臭。
私の意志で物理的効果を持たせない限り、接触しても、人も物も素通りするのだから、誰も気付かない。
言ってみれば私だけが常に抜き身の剣を手にしているようなもので、もしも怖い人がオラオラしてきたとしても、すでに生殺与奪は私が握っているわけだから、この無双感たるや、とても楽しくなってくる。
早く出て来てくれないかなあ、盗賊。
さらに1時間もすると包囲網の間隔は5メートルしか無い。
あと30分もしない内に、ギュウギュウに詰まった横並びでは包囲陣形が維持できなくなって、2重3重に重なった陣形となるだろう。
集中するのも限界なのか、ルナリアが不満そうな顔をする。
「見つからないわね」
「・・・そろそろだと思うけど」
身体強化魔法で視力を強化すると2キロメートルぐらい先まで見通せるのだから、発見できても良い頃合いなんだけどなあ。
そうは言っても、盗賊と遭遇する方が難しいんだけどね。
ルナリアは自分の手で盗賊を捕まえる気マンマンだけど、1人対500人なんだからクジ引きどころか宝クジぐらいの確率だよ?
盗賊が数人単位でチームを組めば、遭遇確率は、さらに下がる。
ルナリアのヤル気に水を差すのも無粋だから口には出さないけど。
そんなことを考えていると、ピイイイイ―――ッ! っと、どこか遠くから甲高い笛の音が聞こえてきた。
あれは、盗賊発見を報せる笛だろうね。
「あああ! ハズレ引いたあああっ!」
頭を抱えるルナリアが叫んで、声が届いた範囲からドッと騎士様たちの笑い声が上がった。
圧倒的多勢だし、みんなに余裕が有って、緊迫感は無かったからね。
目線を巡らせれば、右手の遠くの方で包囲陣形が崩れて騎馬が突出し始めている様子が望める。
原野の只中に高木が茂った小さな森が見えるから、あの森に賊が潜んでいたのだろうか。
ルナリアの目は盗賊との戦闘に入った遠くの景色に顔ごと向いてしまっている。
これは良くないな。
「・・・こっちにも潜んでる可能性が残ってるんだから、気を抜いちゃダメだよ」
「うん! 分かってる!」
気を取り直したルナリアが前を向き直して、進軍は続く。
発見された盗賊一味に多少の人員が吸い寄せられたとしても、人員は余り過ぎているぐらいだから、森の包囲に数百騎の部隊を残して捜索は続けられるのだ。
数百騎が抜けた穴を余った人員が直ぐに埋めて、包囲網は狭まり続ける。
また笛の音が聞こえて、そちらを見れば、逃げる数騎の騎馬を騎馬の群れが追っている。
逃げている方の馬は黒っぽい人影を乗せていて、追ってる方の馬上には金属の煌めきが見えるから、どこかの領軍の騎士たちで間違いないだろう。
ポロリポロリと先行する馬から人影が落ちているのは弓を射掛けられて落馬したのかな?
遠景で見ていると現場の緊迫感が伝わって来ないものなんだなあ。
さて、この様子だと、他にも分散して盗賊が潜んでいる可能性が高くなってきたかな。
私たちが向かう先には、右手に見えていた小さな森と同様の高木の群生地が見えている。
念には念を、で、魔力の手の魔力をギュッと固めて防御態勢を取っておく。
前方に大きく広げた魔力の手で巨大な壁を作るのだ。
目を凝らして前方の森を睨んでいたルナリアが声を上げる。
「居るわよ!」
ルナリアによる警報にピリッと緊張が走った、そのとき、森の中に金属的な煌めきが見えた。
騎士様たちが一斉に剣を抜いた音が耳に届くけど、私も森から視線を外さない。
「射ってきたぞ!」
「防御―――、あっ」
飛んできた矢が魔力の手にピンッと弾かれて、領軍からも上がった警告が途切れる。
ふむふむ。飛んでくる短弓の矢なら、この程度の硬さでも弾けるのか。
力加減が分からなかったんだけど問題は無さそうだ。
「逃げたぞ!」
「追え!」
包囲陣形の中から「待て」を止めた数十騎の騎馬が速度を上げて左手へと駆けていく。
矢を放ち続けてくるのかと警戒を解かずにいたら、攻撃は打ち止めで盗賊は逃げ出したらしい。
追撃に釣られたルナリアが手綱を左へ引いて馬首を巡らせる。