作品タイトル不明
帰還 ⑬
「昨日、手を振り合っていたじゃないですか」
「・・・んん? 私が?」
ノイエラさんの首が傾いで、私の首も傾ぐ。
誰だろう? 記憶にない名前なんだけど。
「ロス家の女性騎士ですよ。この部隊に付いているのがレヴィアです」
「・・・ああ! ピピオさん!」
ようやく情報と情報が結びついてポンと手を打つ。
ロス家の人で私が手を振り合ったと言えば、ピピオさんしか居ない。
確か、あれは昨日のことだったはず。
「ピピオ?」
「・・・ハッ! い、いいえ! 何でもございません!」
ヤバい! ピピオさんって渾名は見分けるのに私が適当に付けただけで、誰にも言っていないんだった!
ツッコまれる前に何もなかったように隠滅を図る。
そういや、あの3人の名前を聞いてなかったよ。
口に出したのがピピオさんで、まだ良かった。
寸胴鍋さんやザルさんなんて勝手に付けた渾名を本人に聞かれたら、キュッと〆られるかも知れないじゃん。
本気のステルスモードで来られたら、私なんて気付かない内に〆られている可能性が高い。
「・・・ち、ちなみに、後の2人って・・・?」
「ハロルド様の部隊に付いているのがミセラで、エゼリアさんたちの部隊に付いているのがマーシュですよ」
くすくすと笑いながらノイエラさんが教えてくれる。
3人の名前を知らなかったことは見抜かれてるっぽい。
寸胴鍋さんがミセラさんで、ピピオさんがレヴィアさんで、ザルさんがマーシュさん。
頭の中で三人の名前を3回繰り返す。
ヨシ、覚えた!
「あと、ミセラはトリアの従妹です」
「・・・そうだったんだ? そういえば、別れ際に手を振り合ってたね」
へえ。友だちってわけじゃなかったのか。
トリアさんが暗器の扱いが上手かったり体術が得意だったりするのは、ロス家とも親戚だからだったのか。
親戚で歳が近かったら交流も有っただろうし、技術を教え合うことも有るのだろう。
ミセラさんたちもウォーレス血統なんだろうし、そこはかとなく脳筋臭が漂ってくるんだよね。
ウォーレス領民強化計画は道半ばだし、ロス家も巻き込みたいなあ。
今後、ロス家の重要性はどんどん増すはずだから、さらに強化して大事にしておきたい。
これはミセラさんたちとも距離を縮めておくべきだな。
小麦粉メニューのお料理教室を早々に開くことにしよう。
「フィオレ様。何か企んでます?」
「・・・へっ!? そそそ、そんなこと無いよ!?」
声を掛けられて我に返れば、ノイエラさんが訝しげに私の顔を覗き込んでいる。
「ふぅぅん? そうですかぁぁ?」
「・・・そ、そうだよ。企むなんて、とんでもない」
ノイエラさんのジト目から顔を逸らしつつ誤魔化しを図る。
「そうですか。面白そうなことなら、私も協力しますからね」
「・・・う、うん。ありがとう、ノイエラさん」
そっちか。
咎めようとしているのではなく、自分も混ぜろ、と。
お母様の許可が下りれば手伝って貰っても大丈夫だろうから、お母様の了承を得られる組み立て方を考えておかなきゃ。
お母様の了承ってことは、ハロルド様の了承も取れなきゃダメだろうな。
ハロルド様も柔軟で寛容な人だから、勝手に突っ走るよりも納得した上で巻き込まれて貰った方が良いし。
それにしても、私って、そんなに考えてることが分かりやすいんだろうか。
テレサにも、よく考えを読まれてたしなあ。
ロス家の件は要相談案件ってことで、今は棚上げするか。
微妙な気分になっているところへ汗でテカテカになったルナリアが帰ってきた。
「はー。スッキリしたー!」
「・・・お帰り、ルナリア。みんなも」
王都では、一応、周りの目を気にしていたようで、帰途に就いて周りの目が無くなってからのルナリアは、ヒマさえ有れば剣を振りたがる。
ウォーレス領では伝説中の伝説の人物、レティア卿の剣をご褒美に貰ったんだから、ルナリアの気持ちは分からなくは無い。
私も十得サバイバルツールを買ったときは使いたくて仕方がなかったもんね。
あのお高かった十得サバイバルツールは熊のせいで失われてしまったけど。
「ただいま!」
「「「「「はいっ」」」」」
声を掛けると、いい汗を流したらしい脳筋村のみなさんが揃ってイイ顔で答える。
「ルナリア。顔を洗った方が良くない? みんなも」
「え? でも、時間は大丈夫?」
私はいつでも馬に乗れるようにスタンバっていたのだけど、ルナリアたちは分かっていてギリギリまで体を動かしていたと。
乗馬も全身運動なんだけど、脳筋さんたちにとっては運動量として乗馬では足りないのか。
この元気は一体どこから湧いてくるのだろうか。
ていうか、女の子なんだから、汗臭いのとか避けられる状況なら出来るだけ避けようよ。
喪女だった頃の私でも、清潔感にだけは気を配ってたよ?
「私たちは包囲要員に数えられているわけでは有りませんから、顔を洗うぐらいの時間は有りますよ」
「そうなの? じゃあ、洗ってくるわ!」
ピーシーズを引き連れたルナリアが、昨日から大量の水を吐き出し続けている馬のようなナニカの下へと駆けていく。
子分を引き連れて駆け回る姿は完全に田舎のガキ大将にしか見えないけど、お互いに機嫌良さそうに駆け回っているから、それで良いのだろう。
ノイエラさんも微笑ましげに後ろ姿を見送っている。
本来、あそこに私も混じっているべきなんだけど、作戦の言い出しっぺである私が本番でへばっているわけには行かないから勘弁して貰おう。
「フィオレ―――ッ!」
「・・・ん?」
ルナリアが呼ぶ声に目を遣れば、今、顔を洗いに行ったばかりのルナリアが、馬っぽいナニカの手前で手招きしている。
「・・・なーにー!」
「ちょっと来て―――ッ!」
ルナリアだけじゃなくピーシーズまで手を振っている。
「・・・あっ」
一歩、踏み出しそうになって、ノイエラさんに、ひとこと断ってから行こうかとノイエラさんを見ると、ノイエラさんは、すでに足を踏み出している。
私と一緒に行ってくれる気のようだ。
「行きましょうか」
「・・・うんっ」
トットコと駆けていくと、噴き出した水が1メートルぐらい滝壺を飛び越している。
“湧水”と呼んでいいものか迷うほどの勢いで噴き出し続けている水が、バッシャバッシャと飛沫を飛ばしているせいで、ルナリアたちは近付けずに居たようだ。