作品タイトル不明
帰還 ④
王都騎士団と分かれた後もウォーレス領軍の馬列は街道を直進して南下する。
今は輜重部隊が随伴していないから、常足だけどペースは速め。
2度、小休止を挟むけど、お昼過ぎの大休止までに50キロメートルぐらい進むんだって。
50キロメートルって、普通の荷馬車が1日かけて進める距離だよ。
輜重がいないだけで、そんなに行軍ペースが速くなるものなのかと驚いた。
そりゃあ、輜重部隊が先行して出発するわけだ。
時間と距離から推定して時速8~10キロメートルぐらいだろうか。
ウォーレス領産の軍馬は強いと聞かされてきたけど、その強さというものを実感した。
行軍計画通りに南下して、昼休憩で先行していた輜重部隊と合流した。
途中に1回、領境の関所を通過したから、現在地は王都を離れて隣の貴族領に入った辺りだね。
リンデルとか何とか言う“中立派“の領地は、ミリア叔母様たちと一緒だった往路でも休憩だけで素通りで横断した記憶があるから、ウォーレス家の統一認識として「信用できない」と考えているのだろう。
さて、ようやく大休止だ。
水魔法で馬に水を飲ませて回った後、雑草が生えている広い原野に軍馬を放って、私たちもお昼ご飯を食べに行く。
野戦食に類する野外調理なんだけど、輜重部隊には土魔法が得意な人が優先的に配置されていて、土魔法で竈や窯を即席で作って調理するんだよね。
潤沢に食料が用意できるのならビュッフェ方式で食べたいだけ食べさせてあげられるけど、輸送できる兵站に限りがあるので、普通は配給方式というか、炊き出し方式というか、個々に自分の器を持って列に並んで、輜重部隊の料理人さんから食事を受け取る形になる。
そうでも無ければ兵站計画を立てられないんだよ。
私たちも横入りしたりせず、騎士様たちと同じように、配給の列に並ぶ。
1万人も居れば結構な行列だけど、スープ一杯を器に 装(よそ) って貰ってパンを受け取るだけだから、列の長さから想像するよりも列の進みが早い。
ゆっくりと歩くぐらいのペースだし、ストレスを覚えるほどでは無いね。
ルナリアやピーシーズとお喋りしながら進んで行くと、予想外の人たちを発見した。
つい最近、面識を持った人たちの姿に、ついつい声に出してしまった。
「・・・寸胴鍋さんだ。ピピオさんとザルさんも居る・・・」
「寸胴鍋? ピピオ? ザル?」
ルナリアとピーシーズが首を傾げ、私は慌てて器で口を隠す。
まだ10メートルぐらい距離が有るのに、寸胴鍋さんが私を見てニコリと笑ったんだよ。
地獄耳!?
いや、色々とスペックが高いのは分かってたけど、周りも騒がしいのに、この距離で聞こえてたの!?
私の視線で寸胴鍋さんたちの姿に気付いたルナリアも、ポカーンと、目と口を開いている。
ルナリアも聞いていなかったんだね。
それよりもだ。
「・・・な、なんでここに?」
「配置換えです。急遽、“レティアへ帰還”することになりまして」
「・・・そ、そうなんだ?」
私の器にお玉でスープを注ぎながら、ピピオさんがニコッと微笑む。
小麦粉の消費量増加メニューのため?
いやいや。たかが新メニューのために、そこまでしないよね?
忙しくて領地の農民に作付けの指示も出来ずに失敗したって言ってたじゃん。
食事配布の列が詰まってしまうので、それ以上、寸胴鍋さんたちと話す余裕は無く、押し出されてしまった。
配置換えで「レティアへ帰還」を強調していたってことは、ヘイナーさんの指揮下からワールターさんの指揮下に移るってことなのだろう。
うーん。考えて答えが出るものじゃ無いだろうし、まあ良っか。
領主館で勤めることになるのなら、ゆっくり話す機会も有るだろうし、今は、さっさとご飯を食べてしまおう。
受け取ったご飯は、隠し味に赤ワインの香りが付いた塩味のスープと焼きたての”種無しパン”だ。
「種無しパン」って言うのは、酵母や乳酸菌を含まない塩と水と小麦粉だけを捏ねて焼いた、いわゆる“ 平焼きパン(フラットブレッド) ”と呼ばれるもの。
平たく生地を伸ばして土魔法で作った即席竈で焼く、最も原始的なパンだね。
薄く焼く欧州ではトルティーヤみたいに具材を巻いて食べるらしいけど、何て名前だっけ? “ピタ”?
うどんと同じ材料に見えるけど、短時間で大量に焼くことを目的にしているから、生地を休ませたりせず、捏ねては焼き、捏ねては焼きで、結構、食感は固い。
野戦食の類いが固い食感であることは、往路でも体験したから驚きは無いよ。
見た目はクレープの皮の分厚い版というか、ナンの膨らんで居ない版というか、スープでふやかして食べると柔らかくなって、それなりに美味しいし。
パンが水分を吸うから多少は膨らむんだけど、私たちのような子供でも2~3枚は食べるし、筋肉の塊みたいな成人男性が1万人も居ると、山のように積んであったパンは、みるみる内に無くなっていく。
山が低くなっていく間にも輜重部隊の人たちが延々と焼き続けているけど、消費速度の方がぜんぜん速い。
輜重部隊の人に後で聞いたら、移動時間の他は延々と焼き続けているらしくて、次の移動が始まる前に次の食事時間の分まで出来るだけ多く焼いておかないと、足りなくなるんだって。
戦闘には参加しなくても戦場で胃袋を支える役目もまた、戦場なんだなあ、と感心した。
そんな人たちを私は宅配便扱いしていたわけで、申し訳なくは有るけど必要な犠牲だったのだと、涙を呑んで諦めて貰うことにした。てへっ。ゴメンね。
再び隊伍を組んで、輜重部隊のペースに合わせて馬列は進み、何度目かの小休止は挟んで“中立派”領地を横断する。
領境を越えて“保守派”に入って数回の小休止を終えて、さあ、また出発、と、なったタイミングで、思わぬ訪問客が現れた。
「2騎、接近!」
領軍内のどこかから警報の声が上がった。
何事かと目を遣れば、上等な身なりの男性を乗せた馬が2頭、街道を駆けてくる。
ハロルド様が普段着ているような貴族服で、あれも軍服の一種だったはず。
腰に剣は提げているみたいだけど、甲冑を着ているわけでもなく、取り立てて危険があるようには見えない人たちだ。
領軍の注意がそちらに吸い寄せられ、そろそろ馬に乗ろうかと準備していた私たちも駆けてくる馬に目を取られている。
「ウォーレス卿は! ピーシス卿は居られるか!」
「あれは・・・、ポドック子爵?」
おや? 知り合い?
領軍の手前で速度を落とした馬上から、口ひげを蓄えた年かさの男性が声を張り上げて、男性の顔を見たお母様が怪訝な顔をした。
お母様が知っている人だと言うことは、ハロルド様も知っている人なのだろう。