作品タイトル不明
帰還 ②
「ほら、フィオレ! 帰るわよ!」
「・・・うん」
業を煮やしたルナリアに手を引かれ、後ろ髪を引かれる思いで背中を向ける。
王城の東エントランス前の階段を下りたところへルナリアと私の馬が牽き出されていて、オーリアちゃんが私の馬の手綱を取ってくれている。
お母様をはじめ、エゼリアさんたちやピーシーズが振り返って私たちを待っていて、ハロルド様はすでに騎乗して領軍の騎士様に指示を出し始めている。
領軍の人たちも、みんな騎乗していて、私たちが騎乗すれば出発準備は完了するのだろう。
ルナリアと共に、みんなのところへと急ぐ。
ルナリアはエゼリアさんにお尻を押し上げられて鞍に跨がり、完全快復したアンリカさんにヒョイと持ち上げられた私は鞍の上へと載せられる。
オーリアちゃんから手綱を受け取ると、オーリアちゃんは自分の馬へと急いで行った。
轡を取って私の馬の首を城門側へと向けさせたアンリカさんが、王城側へと振り向いて、腰に提げた愛剣を左手で剣帯から鞘ごと引き抜く。
何をするのかと思ったら、右手に持ち替えた剣を鞘に入ったままエントランスへ向けて投げた。
「アリアナ!」
アンリカさんが大きな声で妹の名前を呼び、朝日を浴びて煌めきを残した剣が宙を舞って、パシッとアリアナさんの両手の中へと収まった。
あの剣、華美さは無いけど板金で覆って補強された鞘には草花のレリーフがあしらわれていて、レティア卿の剣と同じように女性らしい繊細さを感じさせるデザインなんだけど、混戦中には鞘を盾代わりに使ったり鞘で敵の顔面をブン殴ったりするって、アンリカさんが言っていたことがある。
昔、お母様に作って貰ったもので、まさに自分の魂であり自分の分身だと、アンリカさんが、とても大事にしていた剣なんだよ。
「―――ッ! これは・・・?」
驚きに目を瞠るアリアナさんが、両手で受け止めたアンリカさんの愛剣に目を落とす。
「その剣、あげるわ!」
ニッと笑って背を向けたアンリカさんは、近くに居た騎士様に預けていたらしい槍を受け取って、肩に担いで颯爽と行ってしまう。
「姉様・・・。ありがとう」
アンリカさんの背中を見送って泣きそうに表情を歪めたアリアナさんが、手の中の剣を大事そうに、その胸に抱きしめている。
テレサも驚いたようで目を丸くしてアンリカさんの後ろ姿を見送っている。
私もポカーンとアンリカさんの背中を見送っていた。
ずっと戦場で自分の命を預けてきた愛剣を譲るなんて、餞別というよりも、一人の騎士としてアリアナさんの選択を認めた、という意味なのだろうか。
もしかすると、愛剣を妹へ引き継がせることで、騎士という立場から離れてしまう自分自身に区切りを付けたのかも。
どちらにしても、清々しくも潔いアンリカさんの性質を表した行動なのだろう。
「・・・かっけえー」
良いんだけど。
仲直りしてくれて本当に良かったんだけど。
良いところをアンリカさんに全部持って行かれちゃったな。
嬉しくてニマニマが止まらない。
「出発!」
遠くまで声が通るハロルド様の号令で、騎士団長閣下とハロルド様を先頭にした馬列が動き始めた。
ウォーレス領軍が先行してピーシス隊が後に続く。
私たちはピーシス隊の先頭だから、馬列の中盤よりもさらに後ろ、最後尾に近い辺りのポジションだね。
ぽっくり、ぽっくりと蹄の音を立て始めた馬の上で、最後に王城を振り返るとテレサとアリアナさんたちが手を振ってくれているので、大きく手を振り返す。
直ぐに騎士様たちの姿に遮られてテレサたちが見えなくなったので、私も前を向く。
さあ、気持ちを切り替えなきゃ、と、キリッとして居られたのも束の間。
第1城門を潜って第2街区へと出ると、一昨日の事件のときと遜色無いほどの観衆が見物に詰め掛けていて、人の多さにたじろいだ。
「“白焔”様~! お疲れさまでしたーっ!」
「“疾雷”様~! かっこいいーっ!」
「“蒼焔”様~! ありがとうーっ!」
おおお、何だ何だ?
昨日の今日で、平民層にまで“銘”が知れ渡ってるの?
長年、王国のために頑張ってきたお母様や、活躍したルナリアに声援が飛ぶのは当然だけど、やらかしただけで何もできていなかった私にまで声援が飛んでくるのは心が痛いよ。
お母様が防御魔法で阻止してくれていなかったら、大惨事になってたんだから。
ミリア叔母様の宣伝工作で、盛りに盛られたデコレーションで美化されているのだろうと予想は付くけど、自分の中では正当な評価だと思えないから心苦しい。
「手の一つぐらい振ってやれ」
「・・・う、うん」
お母様に促されて右へ左へと手を振る。
浴びせられる声援の発生源を探して視線を巡らせ、この辺かと予想した人たちに向けて笑みを投げ付ける。
街に出るたび、毎回、テレサはこんな対応をしているのかと思うと、王族の苦労が偲ばれる。
第2城門を潜っても状況は変わらない。
路肩だけでなく、沿道の建物の窓からも声が掛かるものだから、対応するのに忙しい。
お母様は媚びるキャラクターじゃないから営業用スマイルなんてものは無し。
営業用スマイルも続けていると顔の筋肉が疲れるから、お母様みたいにキリッとしたままで良いのは羨ましいな。
このまま営業用スマイルを鍛えたら、表情筋がムキムキになるんじゃ無いだろうか。
そこで気付いて私の目が吸い寄せられる。
「・・・あ。市が立ってる」
朝市かな? それても常設の市場かな?
第3街区に入ると、城門と城門を放射線状に繋ぐ大通りと、大通り同士を繋ぐ環状の通りが交差していて、人垣の向こうの脇道に、たくさんの天幕が並んでいる。
そういえば、市場を覘いて見たかったのに忘れてた。
街へ出る時間が取れなかったなあ。
レティアでは流通していない作物を探したかったことを思い出して、残念な気持ちになる。