軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰還 ①

温暖な気候の王国でも、年の瀬にも近い早朝の空気は冷たい。

三の鐘が鳴って間も無い白み始めたの空の下、王城前の広場にはウォーレス領軍1万騎が集結し、帰郷のときを待っている。

役目を終えた純白のペリースでは無く濃緑色の外套を羽織ったお母様が、エントランスを出たところでグッと伸びをして、清々しく冬晴れの空を仰ぐ。

少しだけ白く色の付いた吐息が微風に流されて消えた。

「さあ、帰るか」

「ああ。漸く帰れるな」

戦争の重圧から解放されて、お母様を見守るハロルド様の表情も声も明るい。

帰郷の報告に伺って、王様と王妃様とミリア叔母様とアレイオス叔父様とは、すでにお別れの挨拶は済ませてある。

早朝に出発するのが分かっているから、とはいえ、国王夫妻が早起きして挨拶に応じてくれるなんて、本当にウォーレス家への配慮は別格なんだね。

レティア卿の剣も、ちゃんと王様の手ずからルナリアが拝領したよ。

バルトロイ様はもう帰郷した後だから王都には居ないし、王都騎士団で保管していた魔法道具を届けに来てくれた騎士団長閣下は馬上にあって、今朝は王都の城壁外で王都騎士団の騎馬訓練を行うとかで、第3城門を出るところまでハロルド様と雑談しながら同行するんだってさ。

ほんと、仲良しだよね。

エゼリアさんの件での段取りでも摺り合わせているのかも?

王都へ来たときは輜重部隊が付いていたけど、どうするのかと思ったら、北部地域を経由して王都へ戻ったお母様たちの手元へと兵站を届けてくれていた輜重部隊と合流したらしい。

輜重部隊は夜が明ける前のまだ暗い時間に王都を出て先行していて、お昼ぐらいに大休止予定地で本隊と合流するんだとか。

そう言えば、レティアを出たときには西部地域に居ると思っていたはずなのに、お母様たちの移動先を道中に把握して物資を届けてみせるなんて、輜重部隊の人たちも何気に凄いんだよね。

原始的な連絡手段しか無い上に移動速度でも大きく劣るのに、どうやって、刻々と居場所が変わる戦闘部隊の位置情報を把握して追い付いたのか、本当に謎だ。

聞くのを忘れてたけど、今後は「謎だ」では済まされない立場になったのだから確認しておかないとなあ。

領軍の伝令? それとも、ロス家の間諜や連絡員の人たちが早馬でも走らせたんだろうか?

ウォーレス家の輜重部隊が優秀なのは良いことだし、それがプロの仕事というものなのだろう。

でも、その優秀な輜重部隊だけで別行動とか、なんでそんなことを? と、不思議に思ったら、1週間分の兵站で満載状態の荷馬車は走り出すときに馬の負担が大きくなるから、馬を休ませるための休憩の他では出来るだけ足を止めたくない、と。

そんな理由で、観衆が押し掛けるであろう、狭っ苦しい王都内で足を止められることを嫌ったんだって。

運動エネルギーを与えるときに、動力に負荷が掛かるのは道理だもんね。

歓声で見送られる栄誉よりも実際的な事情を選択する辺りが、実にウォーレス領軍らしくて感心した。

お母様たちの背中から視線を戻した私たちは、東のエントランスまで見送りに来てくれたテレサを振り返る。

「・・・元気でね。テレサ」

「また、すぐに会えるわよ!」

「ええ。その時をお待ちしてますわ。二人とも」

柔らかく笑いながらも寂しさを隠し切れていないテレサから、斜め後ろに立つメイド姿の女性へと目を移す。

レティアの領主館でエゼリアさんたちがやっていた武装メイドスタイルの女性の頭には、ヘッドドレスの代わりに包帯が巻かれていて、おでこや頬や鼻の頭にも絆創膏のような布切れが貼り付いている。

「・・・アリアナさん。本当に治さなくて良いの?」

「はい。戒めとして、暫くはこのままで」

「本当に良いのでしょうか」

澄ました顔で頷くアリアナさんは、全身ボロボロで包帯だらけなのだけど、頑として回復薬も飲んでいないらしい。

「このぐらいで任務に支障が出るような鍛え方はしておりません」

「そ、そうですか」

ウォーレス領では、それで通るだろうけど、テレサが心配しているのは、それだけじゃ無いと思うよ?

アリアナさんを引き連れて歩くテレサの体面も有るんだから、と思わなくも無いけど、本人が良いと言っていてテレサがそれを許しているのだから、まあ、良いや。

必要を感じれば回復薬を飲むだろうし、いざとなればテレサが治癒魔法を使うだろう。

出来れば、アリアナさんの気が済んだら、テレサの練習のために治癒させてあげて欲しい。

でも、アリアナさんは頑固だからなあ。

初っ端から、この調子だと、心配になってくるよ。

「・・・無理はしないでね?」

「はい」

真面目な顔でアリアナさんが頷く。

「・・・ちゃんと寝るんだよ?」

「はい」

少し表情から力が抜けたアリアナさんが頷く。

「・・・しっかり、ご飯たべるんだよ?」

「はい」

目元が緩んだアリアナさんが頷く。

「・・・お風呂にも入って、歯も磨くんだよ?」

「はい」

口元も緩んできたアリアナさんが頷く。

ええっと、ええっと、他に伝えておくことは―――。

「もう! フィオレも、お母さんじゃないんだから!」

「・・・ええ?」

私が次の言葉を繋ぐ前に、ルナリアに肩で押し出された。

王都残留組の方へと押し出されつつ、アリアナさんに大事な注意事項を告げておく。

「・・・つ、辛かったら言わなきゃダメだからね? 私が何とかするから」

「はい。フィオレ様こそ、あまり無茶はなさらないように」

「・・・ああ、うん。善処します」

あれ? 私が注意される側だっけ?

「そこまで! フィオレの番は終わり!」

「・・・あああ・・・」

私をアリアナさんの前から押し退けたルナリアが、腰に手を当てて、ペッタンコの胸を張って反り返る。

「アリアナ! 胸を張って、頑張るのよ!」

「ありがとうございます。ルナリア様も、頑張ってください」

ニコッと笑い返したアリアナさんが、右の拳を握ってルナリアの前へ挙げた。

「どっちが強くなるか競争ね! 負けないわよ!」

「はい! 競争です!」

ニッと太陽みたいに笑うルナリアも、右の拳を握ってアリアナさんの拳にコツンとぶつけた。

あっ、良いな。それ、格好良いじゃん。

悔しいから、私も王都残留組のみんなの前に、右の拳を握って挙げる。

「・・・みんなも、しばらくの間、お願いね」

「「「「任せてください!」」」」

クラリカさん、メイリスさん、マーミナさん、マーリカさんと、順に拳同士をぶつけた。

「急いで交代要員を用意するからね」

「「「「はい!」」」」

みんなの返事を受け取ってアリアナさんへと目を戻したら、目を柔らかくしたアリアナさんも右拳を差し出してくれていた。

拳同士をぶつけようと私も右腕を伸ばしたら、ルナリアに左腕を引っ張られて拳が届かなくなる。

あっ、と、思ったら、一歩踏み出したアリアナさんが腕を伸ばしてくれて、拳同士がコツンと当たった。