作品タイトル不明
それぞれの対決 ⑯
私だって、日本で生きていた頃の知識と経験を持っていて、追い込まれていて胃腸が弱っていると考えたから、血液の栄養価が高いと信じて飲んだだけだ。
健康だったら生き血を飲もうとは考えなかっただろうし、日本で生きていた頃の知識と経験を持っていなかったら、そんな発想を持つことは無かっただろう。
でもね? いくらかの結果は出ているんだよ。
「・・・領民にも試させた結果、ある程度までの体内魔力保有量の増加は、現時点でも、ほぼ確実だと統計が出ています。ほんの9ヶ月ほど前まで、私自身が餓死直前まで痩せ細っていましたから、何らかの健康にさせる効果も有るのでは無いかと考えています」
カレリーヌ様が目を丸くして驚きの感情を顕わにしている。
体が元気になって、まだ頑張れると思えれば、もうちょっと心に余裕を持てるんじゃない?
またケンカしても負ける気は無いけど、テレサやアリアナさんたちの邪魔はして欲しくないからね。
一度、王妃様と一緒に王宮の近くから離れてみるのも有りだと思うよ?
神教会の施設があるロンドベール領から王都が近いのも良くないんじゃないの?
その施設? 教会かな? そっちも何とかしないとなあ。
ロンドベール家を潰したいという意志は統一されているのだから、必要なものは大義名分?
神教会の追い出し方も考えないと。
私としては、王宮というものが、どうにも信用できないし、王宮から切り離して様子を見てみたい。
セリーナ様とお婆様ならカレリーヌ様のブレーキ役になってくれそうだし。
身内で弟子なんだから慣れてるだろうし、出来るよね?
ウォーレス領に隔離して、何だかんだと引き留めて貰えば、なかなか王都には戻れないだろう。
「そう言えば、レティアから帰還した騎士の体力が、全体的に上がっていると報告が上がっていたな。本当に効果が有るのか?」
騎士団長閣下も興味がありそうだね。
エゼリアさんに会いに騎士団長閣下がレティアへ来るのなら、採掘場を案内してあげよう。
ただ、過度な期待はしないでね?
「・・・どこまでも増える、というわけでは無いみたいですから、まだまだ検証が必要ですね」
「そうなのね」
興味深そうにカレリーヌ様が頷く。
その気になってきたかな?
もう一押しか。
「・・・カレリーヌ様が長生きしてくださったなら、テレサが喜びます。きっと、王妃様も、セリーナ様も。ですから、気が向かれましたら、ぜひ、レティアへお越しください」
「ええ、長生きしてくださいませ。曾お婆様」
ナイスだよ、テレサ。
テレサの同意に目を見開いたカレリーヌ様が、嬉しそうに柔らかく表情を緩めた。
憑き物が落ちたような笑みは、セリーナ様との血の繋がりを確かに感じさせるものだった。
「ふふっ。シェリアの顔も随分と見ていないから、前向きに検討するわ」
ヨシ、落ちたな。
こうして、自然な笑みを交わしている姿を見ると、普通の家族っぽいよね。
カレリーヌ様もテレサが大切だから過激に走ったのだと思えば、私もカレリーヌ様を責められたものじゃ無いんだよね。
やらかして王都を焼きかけたし、ぜんぜん人のことを言えない。
同じものを守ろうとしているのだから、いがみ合う必要は無いんだよ。
カレリーヌ様の目が再び私へと向いた。
泣き出しそうに表情を歪める。
「貴女のように、無理を押してでも故国の民を受け入れるようにしていれば、私も後悔することは無かったのかしらね」
「・・・後悔、ですか?」
故国? 故郷の民?
「ええ。私の故郷も、貴女の故郷と同じように滅ぼされたのよ」
「・・・勇王国―――、いいえ、神教会にですか?」
カレリーヌ様の浮かんでいるのは深い悲しみだろうか。
私の手に、ギュッと力が籠もる。
「20年近く前のことよ。神教会自治領から出た勇王が、最初に滅ぼしたのが私の故国よ。私の肉親も、貴女の肉親と同じように、一人残らず根絶やしにされたわ」
「・・・それは―――」
ずっとカレリーヌ様の目の奥底から感じていた憎しみのようなものは、それが原因だったのか。
怨念と言い表した方が的確なのかも知れない。
「家柄と社交だけで、この手に剣を取って戦う力も状況をひっくり返すだけの知恵も持たなかった私は、あの人を―――、リヒテルダート公爵家を説得できずに、私を頼って逃げてきた民を、助けを求める故郷の民を見殺しにしたのよ」
「・・・そんなことが」
悔恨を噛みしめるようにカレリーヌ様は目を伏せる。
「あの人」というのは先々代の公爵閣下のことだろうか。
メリットを見出すことが出来なければ、難民の受け入れを拒絶する判断は間違っていないだろうね。
領主は外敵から領地を防衛するだけで無く、自領の領民を保護して領地を発展させることもまた大切な仕事なのだから。
今のウォーレス領のように仕事が山ほど有る状況でも無ければ、治安の悪化をはじめとした様々なデメリットの方が勝るのだろう。
難民に食べさせる食料だって無限に調達できるわけでは無い。
食料を生産したのは自領の領民で、食料の外部調達に掛かる資金も自領の領民の血と汗と涙の結晶なのだ。
難民への施しは自領の領民の反発を生む。
統治が揺らげば領地防衛も出来なくなる。
そうなると、哀れには思っても難民を追い払うしか無い。
自国民の保護はその国の役目であって、他国に難民を助けてやる義務は無いのだから。
侵略戦争の脅威が身近に有って、明日は我が身の世界では、地球で叫ばれていた人道的支援や配慮なんて二の次でしか無い。
戦争に負けたら誰も助けては、くれないのだ。
「その後は、戦う力があればと情報を集めて、多くの貴族家に便宜を図って社交で力を貸したわ。私に出来ることは、そんなことしか無かったから。でも、力を持てば王国の安寧よりも私利私欲に走る者ばかり」
「・・・今のロンドベール家のように、ですか?」
疲れたような笑みを浮かべてカレリーヌ様は頷く。
「あの家も、先々代の頃はマシな家だったのよ」
「・・・先代の頃から?」
追憶か、カレリーヌ様は遠くを見るような目をされた。
「正確には、先々代が亡くなる頃ね。先代の伴侶が西方出身で、先々代が表舞台から消えた途端に神教会を呼び込んだわ」
「・・・歯止めが無くなったと」
コクリと頷くカレリーヌ様の目に浮かんでいるのは絶望だろうか。
「王家に血の近い公爵家でさえ、直ぐに腐ってしまう」
「・・・代わりが無い、というのは?」
ピーシス家に―――、ウォーレス家に対するカレリーヌ様の過度な要求は、なぜなんだろう。
「防衛に前向きな家ほど戦争で消耗して戦力が育たない。蓄財と保身に懸命な家ほど生き残って政争に明け暮れる。騎士団も政争の場の一つよ。そんな中で、代を経ても貴族家の本分を忘れずに国難を跳ね返し続けてくれたのは、ほんの数家だけだったわ。ウォーレス家は、その数少ない家の一つなのよ」
そっか。要求、ではなく、これは期待か。
期待するからこそ、 負(お) ぶさるしか無かったと。
戦力の育成はウォーレス領でも模索中で、簡単に解決するものなら苦労はしない。
で、政争ね・・・。
やっぱり、王都騎士団の在り方にも問題が有るんだな。
政治から切り離さないと、まともに機能しないんじゃない?
個々の質がウォーレス領軍よりも劣るだけじゃ無く、寄せ集めの構造自体がダメなんじゃ。
王国というシステム全体が、旧式化してエラーを吐く部品だらけでガタガタになっている?
コレもう、統治システムの根幹から再構築する必要が有るのかも。
ああ。また相談案件が積み上がりそうな気配だなあ。
あれだけ怖く大きく見えていたカレリーヌ様が、今は小さなお婆ちゃんに見える。
カレリーヌ様はご自身と私の立場を同様のものだと思っている様子だけど、それは違う。
根無し草の私と違って、こっちの世界で普通に生まれ育ったカレリーヌ様には、肉親との思い出も、故郷への思いも有ったのだろう。
全てを壊され、全てを無かったことにされて、手の中に残ったものは嫁入り先だけ。
足掻いても上手く行かず、その居場所も同じ「敵」に狙われている。
その恐怖と憎しみは想像できなくも無い。
迫ってくる脅威への恐怖心は私だって抱いている。
今の家族を失うことが私だって怖い。
私は運良くルナリアやお母様と出会えたから居場所を得て、戦う術を与えて貰ったけど、そうじゃ無ければ、私もエクラーダ王国再興の神輿に祭り上げられて、カレリーヌ様のように、絶望や後ろ向きな憎しみに囚われることになったのかも知れない。
今の私にとっても他人事じゃ無いんだ。
この人は、そうなるかも知れなかった私の未来の姿とも言える。
この人のようになりたくないのなら、打ち勝ち続けるしか無い。
かと言って私一人で戦えるわけじゃ無い。
かつてのカレリーヌ様も、そうだったのだろう。
やり方に問題は有るけど、手の中の大切なものを守りたかっただけなんだ。
私はカレリーヌ様と同じ轍を踏むつもりは無い。
カレリーヌ様の失敗を糧に、違う結末を導き出す必要が有る。
なら、どうするか。