作品タイトル不明
それぞれの対決 ⑪
大きく息を吸い込んで、私の決断を言葉にする。
「・・・今、アリアナさんが申し出た件ですが、許可しません。アリアナさんの主として、―――、いいえ、ピーシス家次期当主として、護衛騎士の派遣をお断りします」
「何ですって?」
遠くなった耳でも聞こえるように、キッパリと告げると、泰然と構えていたカレリーヌ様の仮面に罅が入った。
驚きと不機嫌が入り交じった声が返ってきたけど、それが何だ。
耄碌して聞こえなかったのなら、もう一度、言ってやる。
「・・・王都への護衛騎士の派遣そのものを、お断りすると申し上げました」
「貴女、どういうつもりかしら」
「敵」を見据えるカレリーヌ様の目は、セリーナ様など足元にも及ばない迫力がある。
底光りする刃物を思わせるセリーナ様の迫力に対して、カレリーヌ様の目は、ぽっかりと口を開けた銃口を覗き込まされたような背筋の寒さを感じさせる。
でも、そんなものは、今の私は、まるで怖くない。
激高しそうになる自分を抑え込みながら、カレリーヌ様の目を睨み返す。
「・・・私はマルキオお爺様から、ピーシス家の務めは、―――領主の務めは、領民を、―――王国民を守ることだと教わりました。アリアナさんはピーシス領の領民で、私が守るべき王国民です。興味や戯れで臣下の命を狙うような危険な場所に、私の大切な民を、ただの一人も出せません」
アリアナさんが、苦しそうに眉根を寄せる。
「フィオレ様・・・」
「貴女ねえ。テレサは王国の未来を担う―――」
まだ言うか。
ダメだ、この人とは会話にならない。
こんな人の近くに置いておく方が、テレサの命は危うくなるだろう。
カレリーヌ様を睨み据えたまま、私は席を立つ。
驚愕から思考が復帰したらしいルナリアも、勢いよく腰を上げた。
「・・・テレサ! レティアへ帰ろう! テレサは私が守るよ!」
「わたしもテレサを守るわ!」
「良いですわね。一緒に帰りましょうか。私もまだまだ治癒術式の訓練をしたいですし、二人が守ってくださるなら、これ以上、心強いことは有りませんわ」
私とルナリアの宣言にテレサも席を立つ。
テレサまでもが私に同調したことで、一瞬、カレリーヌ様は驚いた表情を見せたけど、直ぐに仮面を被り直して平静を取り繕う。
私たちに続いてフッと表情を緩めたお母様も腰を上げる。
「王都での用事も済んだし、そうするか」
「おおおおい! テレサ!? フレイア!?」
テレサとお母様が席を立ったことで、傍観していられなくなったのは王様だ。
慌てて腰を上げて、どう宥めたものかと両手を彷徨わせる。
「ハロルド?」
「ふむ。ピーシーズはピーシス領の領民で、アリアナの主はフィオレですからね。すでに王命でフレイアが隠居して、フィオレへの爵位継承が承認されている以上、決定権は現当主のフィオレに有ります。フィオレが人を出さないと判断したのなら、それが答えです」
カレリーヌ様から目線を向けられたハロルド様は、大して思案する様子も無くカレリーヌ様に返す。
そっか。もう、すでに、次期当主では無く、私が現当主になったのか。
流石にハロルド様の、この反応にはカレリーヌ様も焦ったようで、王様へと視線が移る。
「オーグスト? 何とかしなさい」
「何っ!? 儂がか!?」
ごめんなさい、王様。
でも、今は一歩も退けない。
後で謝りに来るよ。
目を剥いた王様に追い討ちをかけるのはお母様だ。
「そう言えば、アマリリア様がレティアで療養したいと言っていたな。隠居して暇な私がレティアで護衛するとしよう」
「待て待て! 待ってくれ! カレリーヌ殿! カレリーヌ殿の負けだ!」
ニヤリと口角を引き上げたお母様に、王様が諸手を挙げた。
圧倒的不利を、ようやく認めたカレリーヌ様が、大きな溜息を吐いた。
「―――分かった。悪かったわ。やり過ぎました」
「テレサも、フィオレも、機嫌を直してくれ!」
カレリーヌ様の降伏で、王様がテレサと私を見比べる。
「ツーン」
「・・・むぅー」
テレサが、そっぽを向いている通り、カレリーヌ様が降伏したとは言え、事態は何ひとつ好転していない。
王様が取りなしに入ったことで、テレサをレティアへ連れ帰ることも難しくなった。
面白そうに目を細めたお母様が、私を見ている。
「さて。どうする? 新領主殿」
落ち着け。
問題点は何だった?
深呼吸して頭に上った血を宥めに掛かる。
忘れるな。ここは戦場だ。
判断は素早く。
刹那の判断力を試される物理的な戦いでは無いから、まだ思考する猶予は有る。
深呼吸を繰り返して、酸素を補給された脳が急速に回転を始める。
「・・・そうですね・・・」
アリアナさん一人を王都に残すと、テレサの傍に付いていられるのはアリアナさんとレーテさんの二人だけとなる。
そんなの、アリアナさんとレーテさんは安心しておトイレに行くことも出来なくて、護衛部隊の創設や育成なんて夢のまた夢だ。
絶対数の不足だからと王都で人員募集を掛けたとしたら、王女殿下の護衛部隊ともなれば、確かに人は集まるだろう。
今現在の王都騎士団所属女性騎士のような、玉の輿を夢見た下位貴族家の娘や平民が、わんさかと来るのだろうね。
そりゃあ、ピーシス家に仕える女性騎士も最終目標は玉の輿だけど、エゼリアさんたちが言うように、戦争や戦闘に対する根本的な覚悟や常識が違う。
ウォーレス領では、戦争は日常の一部なのだ。