作品タイトル不明
それぞれの対決 ⑩
「誰を出すのか決まったのかしら」
「・・・いいえ。まだ・・・」
続く言葉が出て来ない。
結論有りきで追い詰めてくるカレリーヌ様のやり方は、相手に喋らせて最善を探ろうとするセリーナ様とは大きく違う。
こういう人、苦手なんだよなあ。
口ごもる私にカレリーヌ様の目差しが厳しくなる。
「テレサを守る体制構築は事を急ぐのです。私もレーテを預かって護衛の真似事ぐらいは出来るように教育させていましたが、レーテ一人ではテレサを守れません。貴女も分かっているのでしょう?」
「・・・それは、分かっています。分かっていますけど・・・」
レーテさん、居ないと思ったら、そうだったのか。
お母様もハロルド様も口を挟もうとしないと言うことは、この件について私が選んで説得しろと言われていることが、お母様たちにもセリーナ様から伝えられているのだろう。
これは私に課せられた任務なのだ。
任された以上、私が決断しなければならないことで、テレサを守るために、そして、反発するであろうルナリアを守るためにも、私が引き受けた役目なのだ。
だからこそ、お母様もハロルド様も、見守る姿勢を崩さない。
「出したくない―――、という意味では無さそうね」
「・・・選べないのです。私はピーシーズの全員が大事で、誰か一人だけに、故郷から遠く離れた王都へ行けとは言えなくて・・・」
嘘だ。そうじゃない。
詭弁なのは私自身が一番分かってるよ。
これは私の我が儘で、大切に思える人を、私が手放したくないだけだ。
テレサの護衛の必要性も理解してる。
テレサを守りたいと私も思ってる。
それでも選べない。
「フィオレ様・・・」
ピーシーズの誰かの呟きが、小さく私の耳に届いたけれど、気持ちに余裕が無い私には誰の声だったかを聞き取れなかった。
領主館の厩舎の前で初めてピーシーズに引き合わされてからの日々が、私の脳裏に思い出される。
風ジェットバリアーで追い回したときから始まって、一緒にワナを仕掛けて、一緒に血を飲んで、一緒に森を駆け回って、一緒に学んで、一緒に木を伐って、一緒に実験をして、一緒に合宿して、一緒に戦場に立った。
みんな、みんな、ずっと一緒に居てくれた。
ずっと一人だった私にとって、賑やかで心強くて楽しい日々だった。
ギュッと目を瞑る。
思い出ばかりが思い出されて考えが纏まらない。
そんな私のぐるぐると堂々巡りする思考を断ち切ったのは、ピーシーズ中で、最も私が聞き馴染んでいる声だった。
「発言をお許し頂けますでしょうか」
「何かしら?」
すっと手を挙げたアリアナさんに、カレリーヌ様が目を向ける。
「私が志願いたします」
「・・・―――、アリアナさん!?」
アリアナさんの言葉に頭の中が真っ白になった。
堂々と胸を張ったアリアナさんは、射貫くようなカレリーヌ様の視線を真正面から受け止めている。
「私は殿下に姉様の命を救っていただきました。殿下の傍にお仕えすることで、ご恩に報いさせていただきたく」
「アリアナ・・・。アンリカの妹だったかしら」
「はっ」
「そう・・・」
少し声を低くしたカレリーヌ様が僅かに目を細めた瞬間、アリアナさんの背後に音も無く人影が立った。
「―――ッ!」
「―――ぐっ・・・!」
甲冑で守られていないアリアナさんの首筋に向けて銀色の閃きが振り下ろされ、アリアナさんが、半歩、踏み出したことで狙いを外された腕が空振りする。
手首を掴み止めたアリアナさんの腕に容赦なく力が籠められて、パキャッという軽い音と共に、関節が無い部分で曲がった手からナイフが零れ落ちる。
「「「「「―――、!」」」」」
突然のことに絶句するピーシーズを他所に、腕を引くと同時に足元を払って、アリアナさんがメイドさんの一人を床の絨毯の上へと組み伏せた。
メイドさんの首を後ろから掴んでアリアナさんが目を上げる。
アリアナさんの握力ならば、メイドさんの頸骨を握り潰すことだって簡単に出来る。
「・・・アリアナさん!!」
ようやく再起動した私の声に反応せず、アリアナさんの目は、真っ直ぐにカレリーヌ様へと向けられている。
アリアナさんの、この目を私は知っている。
初対面で手合わせに臨んだときに見せた目だ。
今のアリアナさんは完全に戦闘態勢に入っている。
「失礼ですが、これは、どういうおつもりで?」
「俺からも聞こう。祖母君、どういうつもりだ?」
懸命に感情を抑えたのであろうアリアナさんの声を追い掛けて、怒気を孕んだ低く固い騎士団長閣下の声が国王執務室に響く。
「試しただけよ。テレサの命を背負うのだから」
「やり過ぎだ。ウォーレス家を、王国の敵に回すつもりか?」
悪びれることも無く肩を竦めたカレリーヌ様に、騎士団長閣下が厳しい目を向ける。
この人は、アリアナさんの“力量を試す”という、くだらない目的のために、アリアナさんを危険に晒そうとしたのか。
騎士団長閣下が怒るのも当然だし、漂白されていた頭に状況の認識が追い付くほど、私の頭にも血が上ってくることを自覚する。
直系の孫である騎士団長閣下に厳しく咎められてもカレリーヌ様は平然としている。
「そうかしら? フレイアもエゼリアも気付いて居たでしょう?」
「気付いては居たが、気分の良いものではないぞ」
静かに返したお母様も完全に目が据わっている。
エゼリアさんは感情の無い目でカレリーヌ様を見下ろしているだけだけど、触れれば切れそうな空気を全身に纏っている。
ここでエゼリアさんが排除に動けば、誰が阻止しようとしてもカレリーヌ様の命は無いだろう。
それでも平然とした態度を崩さないカレリーヌ様に、とんでもなく腹が立った。
アンリカさんが刺されたときに感じた王国に対する疑念が、私の脳裏に不意に思い出される。
王国の―――、王宮に潜む悪意が凝縮されたのが、この人なんじゃないかとさえ思える。
「・・・カレリーヌ様」
「何かしら」
カレリーヌ様が寄越してきた目線を真っ直ぐに見返す。
ありがとう、カレリーヌ様。
貴女のお陰で、私の腹は決まったよ。