軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それぞれの対決 ⑤

高位貴族でも国家権力に人生を決められてしまう瞬間を目の当たりにしたところへ、メイドさんが報告に来た。

「フレイア様。ヴァンス卿がお見えです」

「来たか」

お母様から向けられた目に王様が頷く。

「入れてくれ」

「かしこまりました」

執務室の主で有る王様の許可で扉が開けられ、レーテさんに先導されたエゼリアさんが、写生用画板ぐらいの大きさの薄べったい布包みを小脇に抱えて入室してきた。

カレリーヌ様がセリーナ様を思わせる目でエゼリアさんの姿を捉えている。

この目は私も知っている。

これは私がちょくちょくセリーナ様から向けられる、獲物を見る捕食者の目だ。

「失礼します。フレイア様、お持ちし―――ッ!?」

「お久しぶりね。エゼリア」

自分をロックオンしている捕食者に気付いたエゼリアさんが、瞬時に顔色を変えて直立不動になる。

被捕食者の動揺ぐらいで捕食者は動じない。

「か、カレリーヌ様! ご無沙汰いたしております!」

「今回の戦もご苦労でしたね。フレイアの補佐は大変でしょう?」

「いいえ! 私の生き甲斐ですから!」

エゼリアさんの言い草に、カレリーヌ様が表情を緩める。

「相変わらずね。貴女は」

「お褒めに預かり、光栄です!」

エゼリアさんの様子を見ていて、アメリカの軍事映画に出て来る専任軍曹を前にした訓練中の新兵を思い出した。

「褒めたわけではないのだけれど、まあ、良いわ」

「は、はあ・・・」

うんうん。分かる分かる。

今のカレリーヌ様の反応は意図を汲み取れないよ。

戸惑ったエゼリアさんが正しいと思う。

エゼリアさんの戸惑いなど歯牙にも掛けないカレリーヌ様は、そのまま本題に入ってしまう。

「ドネルクが騎士団の任から退く件は知っているわね?」

「はい! 存じ上げております!」

「それを機に、新たな侯爵家を興す手筈になっているのだけれど、貴女、ドネルクの正妻になる気は無いかしら?」

「はっ! それは、おめでと―――、はあッ!?」

「「「「ええっ!?」」」」

サラリと告げられたド直球に、条件反射で祝辞を述べかけたエゼリアさんが、聞き流しそうになった重要事案に目を剥いた。

突然の話に驚いたのは、テレサとルナリアと私もだ。

一緒に驚いていたってことは、騎士団長閣下も知らなかったみたいだね。

つい、素が出てしまったエゼリアさんに、騎士団長閣下が、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「す、済まんな・・・」

「あ、いいえ。・・・ええ?」

反射的に謝罪は受け入れたものの、エゼリアさんは理解が追い付いていない様子。

謝罪してきたのは、王国騎士という誇り有る職業の頂点を務めて来た偉丈夫であり、雲の上の権力者から結婚しろとご指名を受けたお相手ご本人だ。

混乱の極みに有るエゼリアさんに助け船を出したのは、主で有るお母様だった。

「カレリーヌ様は、閣下の伴侶として、お前をご所望だそうだ」

「はあ。この私が、ドネルク様と、ですか」

気の抜けた返事を返しながら、エゼリアさんが小さく首を傾げる。

現実感が無い、って感じだろうか。

旦那様の将来性や、どんな戦場からでも生きて帰ってくる強さを重視するウォーレス女性の価値観において、すでに退任を明らかにしているとは言え、“物理最強”の呼び声も高い騎士団長閣下は最高ランクのお相手だろう。

しかも、待遇は正妻。

職務一筋でストイックに頂点を極めた騎士団長閣下の人となりは、エゼリアさんたちにとってストライクゾーンだと推察される。

ハロルド様の従兄ってことは、ハロルド様よりも少しだけ年上なのだろうし、騎士団長閣下のお歳は四十代の前半ぐらいでは無かろうか。

日本の干支の感覚で言えば、歳の差は一回りぐらいかな?

並んで歩いても、おかしくは見えないと思うな。

どうやら、お母様も同意見みたい。

「悪い話ではないと思うが、嫌か?」

「ちょっ、フレイア様!? ドネルク様ほどの殿方でしたら、そりゃあ、旦那様として何ひとつ不満は有りませんけど、ウチは男爵家ですよ!?」

首を捻るお母様に、エゼリアさんが目を剥く。

お母様が出した助け船は、エゼリアさんが期待した助け船とは行き先が違ったようだ。

エゼリアさんが慌て、お母様に代わってハロルド様が助け船を出す。

「ああ。その場合、父上の養女として養子縁組した上で、ウォーレス公爵家の娘として嫁いで貰うことになる。相手は侯爵家だから家格は問題無いな」

「は、ハロルド様!? 御大や奥方様は―――」

ハロルド様が出した助け船も、エゼリアさんが期待した助け船とは行き先が違ったようだ。

何のことも無いように、ハロルド様はティーカップに口を付けている。

混乱が治まらないエゼリアさんにお母様がダメ押しの一言を告げる。

「随分と前に二つ返事で了承済みだ。レスリー殿とロアーナ殿もな」

「父と母もですか」

エゼリアさんが目を丸くする。

ああ、そうだった。

エゼリアさんのお父さんであるレスリーさんはお爺様の側近の一人で、ハインズ様とお爺様が書類仕事をしている領主執務室でも、ちょくちょく私も顔を合わせる人だね。

ロアーナさんは、レティアでのお披露目のときに紹介して貰った、エゼリアさんそっくりな、溌剌としたお母さんのことだ。

エゼリアさんにはお兄さんが居て、お兄さんもまた、ハロルド様の部下として領軍で騎士の任務に就いている。

ヴァンス男爵家はウォーレス侯爵家から領地の委任統治を請けているピーシス子爵家から、さらに委任統治を請けている孫会社のような立ち位置で、お兄さんが男爵家を継ぐため、エゼリアさんは他家へ嫁ぐことが生まれたときから決まっている。

親会社で有るピーシス家にエゼリアさんが仕えてきたのは、実家の縁では望むべくもない良条件の嫁ぎ先の斡旋を受けられるためで、ご奉公の本来の目的からすれば、エゼリアさんに提示されている今回の縁談は、まさに、最上位の斡旋と言える。