作品タイトル不明
変化のとき ⑥
再び、お母様は魔法道具を矯めつ眇めつし始める。
「どういう状態だった?」
首を捻りながら訊いてくる。
私から見て、って、意味だよね?
「・・・私自身は、自分の姿が見えなくなっている自覚は無かったかな。周りの景色も自分の手も普通に見えてたよ」
「ふむ・・・。魔法道具の起動は、どうやった?」
頭の中で仮説でも組み立てているのか、ジッと魔法道具に目を落としたまま、小首を傾げている。
「・・・空白部分を意識して、質を似せていない私の魔力を流してみた」
「どれ」
自分で試した方が早いと判断したのか、お母様は躊躇なく実行する。
私が無事だったんだから、安全性という意味では実証済みでは有るか。
「・・・わわっ! 消えた!」
お母様の姿がパッと掻き消えた瞬間、王様たちの方から響めきが上がった。
さっきも、こういう状況だったんだね。
「ほう。お前からは、本当に私の姿が見えていないのか?」
「・・・ぜんっぜん。こんなに綺麗に消えるんだ・・・」
これ、どうなってるんだろう?
全く見えないから、お母様が立っていた辺りへと両手を伸ばしてみる。
この辺かな? って思った辺りで、ふにっと柔らかいものが手に触れて、お母様のお腹の辺りじゃないかと目星を付ける。
「・・・あっ」
「どうした?」
私の声にお母様が反応する。
「・・・私の腕も消えてる」
「そう言えば、さっき、消えたお前を探したときに、私の腕も消えていたな」
姿は見えないけど、お母様が思案顔で首を傾げている姿を、声の調子から幻視した。
「・・・じゃあ、魔力を供給している当人だけじゃなく、消える?」
「そうだな。つまり、魔法道具から一定範囲内のものが消える、という効果だろう」
その点は確定的だよね。
お母様も私も、起動者本人以外の腕が消えて消えるのだから、範囲効果なのだろう。
「・・・お母様。腕を伸ばしてみて?」
「こうか?」
私が”前へ倣え”的に前方へ向けて右腕を伸ばして見せると、お母様が答えると同時に、何も無い空中からニュッと右腕が生えた。
「・・・あっ! この状態! 景色が歪んだところから、お母様の腕だけが出てる」
「ほう? では、こうすれば、どうだ?」
腕が引っ込んで消えたと思ったら、今度は景色の歪みの中からお母様がニュッと現れた。
これ、魔法道具を持った手を自分の身体から離してみた、って、ことかな?
「・・・今度は、お母様の姿が見えて、腕の先だけが消えてる」
「どのぐらいまでだ?」
私が返した答えに頷いて返して、お母様が再び問う。
「・・・ここ」
腕を伸ばして、お母様の二の腕の真ん中辺りにある消失部分との境界線を指し示す。
起動者であるお母様の目には、魔法道具を持つ自分の右腕が指先まで見えているのだろうことは、お母様の目線を見れば推測できる。
「魔法道具から、40―――、50センチメテルぐらいの範囲か」
「・・・お母様。魔法道具の真下あたりへ、爪先を伸ばせる?」
目測で効果範囲を測っているお母様にリクエストを出す。
「こうか?」
「・・・はあー。足の先も、ここまで消えてる」
お母様が前方へ左足を上げると、引き締まった太腿の半ばまでがカーテンの向こうへ隠れるように消えている。
私が太腿の消失点を指し示すと、お母様は足の消失点と魔法道具の距離を目測で測っているようだ。
「魔法道具から、50センチメテル以上、離れているな」
「・・・もしかして、こう、縦の円筒形?」
一定間隔に広げた両の手のひらを上下に振って、ボディランゲージで「筒状」を示してみる。
一歩下がって腕と足の消失点を見比べると、縦にキッチリ、一直線に並んでるし。
円筒形の手振りを理解してくれたお母様が納得顔で頷く。
「なるほど。だったら、普通に歩き回る程度なら、効果範囲内から手足が出ることは無さそうだな」
「・・・消えて見える範囲を確認した方がいい? 上の方は背が届かないけど」
身長がお母様の胸までしか無い私では、お母様の頭上までは頑張って背伸びしても手が届かない。
「ああ。分かる範囲で良いが、頼む」
「・・・分かった」
そこからは、私のリクエストにお母様が応える形での地道な検証作業になった。
魔法道具を首に提げて貰ったお母様に、横へ手を上げて貰ったり、後ろへ脚を伸ばして貰ったりと、魔法道具を中心とした“効果範囲”の中から、あちこちの方向へ手脚を伸ばして貰って、効果が及ぶ範囲との境界線を探る。
メモ、メモっと。
お母様が言った通り、どうやら、魔法道具を中心とした、半径、約50センチメートルほどの円形っぽいかな。
どういう理屈か、魔法道具を中心に、直径1メートルの円筒形の範囲内に有るものが消えて見える?
しかも、後ろの景色が、どの方向からも、全く不自然なく見えている。
何だったっけな。
地球の空想科学というか、最新軍事技術研究というか、そんなのが有ったよね?
”自由陣営”を名乗るだけ有って、発想力に優れるのは欧米の兵器メーカーだったように思う。
”光学迷彩”だったか、そんな理論では、光の進行を歪曲させて後ろの景色が透過して見えるようにするとか、何かのインターネット記事で読んだ記憶があるけど、コレは、そういう光学的なものとは、根本的に理屈が違う気がする。
だってさ。重力レンズ効果、だっけ? の、理屈では、光の進行を歪曲させるのは質量なんだよね?
私の”蒼焔”も、イメージの根幹は、重力の理屈から来ている。
でも、この魔法道具が質量を生み出しているようには見えないし、重力を発しているようにも見えない。
そんな重力を発しているなら、光が歪曲する前に私たちは、この魔法道具に吸い付けられているはず。
私が読んだインターネット記事では、イギリスかどこかの兵器開発企業の試みも取り上げていた。
戦車か何かの車体表面にフィルム状の液晶モニターか何かを貼り付けて、背景の景色を撮影しつつ、リアルタイムで背景の映像を液晶モニターに映し出すのだったか。
見る人の観測地点によって背景が違うのだから、どう考えても実現不可能だと思うんだけどね。
“光学迷彩”技術を新たに生み出す同様の試みは、4000年経っても侵略的大陸思想を捨てないどこかの国の兵器メーカーでも行っているとか書いてたっけな。
まさに各国が獲得を争う最先端の軍事科学分野の技術だね。
コレは、そういうのとも違うっぽい?
凄いな、エルフ族。
しかも、500年以上も昔に実現していたなんて。
現代地球文明の最先端技術をも凌駕する超テクノロジーだよ。
ほんと、どういう理屈なんだろう?
「フィオレ。お前は、これを“遺物”だと思うか? それとも、量産品だと思うか?」
「・・・うーん。たぶん、“遺物”じゃないかな」
それ、騎士団長閣下たちと事件現場でも話してた懸念事項だよね。
「なぜ、そう思う?」
「・・・だって、この魔法道具、全部、金属製だよね? 鍛冶技術で、そんなの作れるのかな」
お母様のサーベルと同じく、中身まで詰まった金属の塊なんだよ。
空洞の本体に電子基板を内包した家電製品のようなものとは構造が違う。
「説得力は有るな。現代のドワーフ族の鍛冶技術で作ることが出来るか、どうか、だが」
「・・・ふおおっ。またドワーフ族!」
やっぱり、金属加工と言えばドワーフ族なのか!
見たい! どんな加工技術を持っているのか知りたい!
「この500年間で、ドワーフ族は、かなり減ったと思われるが、カリーク公王国には住んでいるはずだぞ」
「・・・そうなの!?」
なんて贅沢な奴らだ!
カリーク公王国め!
羨ま怪しからん!
「神教会と西方諸国に滅ぼされた旧ドワーフ族国家は黒龍山脈に面した大陸中央部に有ったが、対魔族大戦の前には、大陸南部のあちこちにも居住地域が点在したからな」
「・・・へええ」
ドワーフ族が住んでいたのはカリーク公王国だけじゃ無かったのか。
ヒト族至上主義が蔓延っている西方諸国で居住地を探すのは絶望的かな?
「神教会影響下の国々に残っている可能性は低いだろうが、現状、亜人族引渡し要求に応じていないカリークの領土内なら、まだ、居住地域が残っているだろう」
「・・・神教会の影響地域だと居なくなってる?」
お母様の見解も私の予想と同じか。
「恐らくな。神教会に引き渡された亜人族が、どうなったのかは聞こえて来ないが、殺されている可能性が高いと私は見ている」
「・・・ええっ!?」
本当に、ヒト族以外の全てに対して、ホロコーストを、やらかしてるの!?
島流しや強制収容所的に居住地域を決められて押し込められている可能性は低そうだ。
「500年前までに製造された“遺物”と神教会影響下で製造されている現在の魔法道具では、明らかに性能が違うんだ。お前が言う鍛冶技術に限って比較するなら、魔法道具以外の分野でも、技術力は現在の方が明確に劣る」
状況証拠は、そう示している、と。
「・・・神教会って、そっちでも文明を後退させてるんだ・・・」
「文明の後退、か。その通りだな」
私の言葉を口の中で転がすように言ったお母様は、納得するように頷いた。