軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化のとき ④

「ヨシ。始めてくれ」

「・・・はい!」

後任が選任されるまでの間、暫定的に職務を継続することになった騎士団長閣下の合図で、私は訓練場の一角に設置された作業台へと向き合う。

この訓練場は王城1階層の西側に有って、王都騎士団の本拠地となっている兵員区画の一部だ。

乗馬訓練や集団行動訓練などは王都の外に馬場や城外訓練場が設けられているらしく、王城内では行われない。

行われないというか、行うスペースが王城内どころか、王都外周の第3城壁内にも無い。

そりゃまあ、仕方ないよね。

レティアの町と同じぐらいの大きさの城壁内に、ウォーレス領の総人口の5倍―――、平時人口の15倍以上の人口を、常時、抱え込んでいるんだから。

とはいえ、王国を代表する騎士団の本拠地だけ有って、王城内の兵員区画は十分に広い。

個人単位の技量向上を目指す剣術訓練や格闘術訓練は、この場所で行われるそうで、レティア領主館に隣接した訓練場と同じぐらいの広さがある。

何が驚くって、この訓練場、屋内施設なんだよ。

床も壁も天井も石造りなのに、サッカーコートよりも遙かに広い空間が、柱の一本も無いのに維持されている。

謁見室と同じで、天井の高さも15メートル以上は確実にある。

石材そのものの重さも有るし、何を、どうやったら、そんなことが可能なのか想像も付かないけど、1000年も昔の、ぜんぜん普通にエルフ族が居た頃に、エルフ族技術者だけでなくドワーフ族の力も借りて建てられた建物だから、お城もぜんぜん普通に存続しているらしい。

築後500年のレティアの領主館でも目をキラキラさせて喜んでいた、史跡オタク気質持ちのアスクレーくんなら、この訓練場の凄さを知れば、訓練場に住み込むと言って帰って来なくなるんじゃないだろうか。

まあ、王都住まいだったアスクレーくんが、知らないわけが無いとは思うけど。

地元民が地元の史跡に興味を持たないのと同じ心理かな?

身近に有るものは日常の一部だから、興味が薄くなる心理は分からなくも無いかな。

見慣れた日常だからこそ、気を付けて観察すれば些細な変化にも違和感を覚えて気付くわけだし、狩猟をやっていればこそ些細な変化を察知する大切さに気付かされた。

そうでも無ければ、“安全圏”と言い換えてもいい自分の生活圏内に、いつも細心の注意を払い続けてなんて居られないだろう。

のほほんと油断していても安全に生きられるからこその社会コミュニティなのだから。

為政者としては、その安全な社会コミュニティを破壊されると困るわけで。

爆発させたり水浸しにしたりする確率が非常に高い魔法術士団の本拠地は、騎士団と同じく王城内に置かれてはいるけど、宿舎と事務処理機能が王城内に有るだけで、訓練施設や研究施設は学術研究院とワンセットで王都の外に置かれているんだって。

レティアの町で言えば、私が実験場扱いしている採掘場みたいな扱いだね。

私が言うと「お前が言うな」になるけど、ドンガドンガと爆発するような危険物の研究をお城や街中ではさせられないよね。

さて、私の目の前に有る作業台へと目を戻そう。

作業台の上には、一昨日の事件で押収された大きなメダル状のペンダント型魔法道具が置いてあって、毒々しい濁った紫色の魔石が10個ほど添えてある。

紙とペンも置いてあるから、この筆記用具で記録しろということかな。

“闇属性”の魔石は、元々、魔法道具に嵌まっていた魔石と形状や大きさの近いものを揃えてある様子で、印象的には、魔法道具の固定金具の内側に問題無く収まるだろうと予測する。

初めて訪れた場所だし、王様が起動実験を見届けに来ていて少しだけ緊張するけど、どこで遣っても、私のすることは変わらない。

王様や騎士団長閣下が居るのは、訓練場と同じ高さの端っこに有る控え選手待機場所みたいなスペースだよ。

王様たちが居る待機スペースの上、壁面の一部には、全体を見渡せる高さにスタジアムの観戦席っぽいベンチシートが設けられていて、ノーアを連れたテレサとルナリアとハロルド様が、エゼリアさんたちとピーシーズと護衛騎士たちに守られながら見に来ている。

みんなで手を振ってくれているから、緊張を紛らわせるためにも手を振り返しておく。

腕立て伏せ勝負がバレてお母様に完治認定されたアンリカさんも、一緒になって元気に手を振ってくれていることが、すごく嬉しい。

アンリカさんは、もう治ったと言ってるのに、治癒魔法術師さんが経過観察で留め置いているだけなんだけどね。

治癒魔法術師さんも早く完治認定してくれれば良いのに、忙しいのか午後遅くにならないと来られないらしくて、アンリカさんは今も病室を抜け出してきている格好だから、部屋着のドレス姿だよ。

日常が帰ってきた実感が湧いてきて、私の肩から余計な力が抜ける。

うん、大丈夫。

魔法道具の安全性が確認されるまではお母様と私の二人だけでの作業で、誰も近付いて来ないから、集中すれば緊張感なんて直ぐに忘れるよ。

ヨシ、と、気合いを入れたら、横合いから伸びてきた手に、ぐりぐりと撫でられた。

「落ち着いてやれ。万一のときは私が守ってやる」

「・・・うん。頑張る」

先ずは魔石に手を伸ばす。

空っぽの魔石には、先日、触れたけど、魔力を内包している状態の“闇属性”―――、正確には“死霊系”の魔石に触れるのは初めての経験だ。

魔石に手を触れる前に、魔石の上へ手のひらを翳して小さく“魔力の手”を伸ばしてみる。

恐る恐る、ちょんちょんと触れてみて、嫌な気配が無いことを確かめた。

魔力の「質」は「感触」が違うけど、特におかしなことが起こるわけでもなく、シカやヘビの魔石と変わらないな。

「質」そのものには、どこかで触れた覚えが有るような気がして、警戒心が起こらない。

実際、呪われるとか、取り憑かれるとか、オカルト的な何かが起こる様子も無い。

魔力の「質」を、出来るだけ鮮明に覚えるように意識しつつ、魔石を魔法道具に嵌めてみる。

「・・・あ。これって・・・」

「どうした?」

一度、魔法道具から魔石を外して、魔石をお母様に手渡す。

「・・・魔石の魔力を使うときと同じように、魔力の質を意識してみて?」

「どれ。やってみよう」

戦争に行くまでお母様も魔石使用法の特訓をしていたから、「質」の感知はお手の物だからね。

「・・・それで、質を意識したまま魔石を魔法道具に嵌めてみて?」

「ふむ・・・。―――、これは・・・」

「・・・魔法道具の中に、図形というか、魔力の通り道みたいなものが有ると思う」

魔力の通り道―――、いわゆる、これは、“回路”。電子基板みたいなものじゃないかな。

「確かにな。ちょっと待て」

ペンを手にしたお母様が、目を伏せて魔力に意識を置いたまま、サラサラと紙に書き写す。

凄い。

私には、ここまで鮮明に“回路”が読み取れなかったよ。

大きなメダルの金属の中に、結構、細かく、高い密度で“回路”が刻み込まれていて、所々で古代文字が挟まれている。

お母様が書き起こした“回路”の写しに有る古代文字と、メダルの表面に刻まれている古代文字は、位置も形も違う。

つまり、これは多重になった積層構造の“基板”いうことだ。

メダルの裏面に刻まれている古代文字も有るから、表・中・裏、と、少なくとも3層は有る。

この3層が一体になって一つの効果を生み出すのだとしたら、かなり高度な工作技術が必要になるはずだ。

だって、この魔法道具、魔石以外は全部が金属製だもの。

思っていたよりも回路が複雑だし、たぶん、めちゃくちゃ高度な鍛冶技術だぞ。

お母様が3層分を書き写し終えてペンを置いた。

「・・・何? コレ」

「覚えておけ。これが“刻印術式”だ。まあ、内部の”刻印”の実物を見たのは、私も初めてだがな」

「・・・おおっ! これが!」

私と同じように、お母様も目を輝かせている。

「エルフ族の滅亡以降、完全な“刻印術式”の全体像を見た者は、神教会の者を除いては初めてだろうよ」

「・・・むふー! 興奮する!」

「そうだな!」

本当に嬉しそうに、お母様がニッとイタズラ小僧みたいな笑みを浮かべる。

私もわくわくするよ!

メダルへと目を落としたお母様が首を捻る。

「しかし、魔石を交換したのに動かんな」

「・・・そだね。何でだろう?」

お母様は、メダルの表裏を矯めつ眇めつしている。

一方で、私は3枚の“回路”の写しを手に取って矯めつ眇めつしている。

壊れているようには見えないけど、何が足りないんだろう?

積層・・・。積層かあ。

「・・・あっ」

ポンと手を打つ。

回路だというなら一体のものとして見てみるべきでは無いだろうか。

「・・・重ねて見てみれば、何か分かるかも」

“ 光(ルーメン) ”の魔法を浮かべて、3枚重ねた紙を翳してみる。

“光”のイメージはLED照明だ。

「・・・見えないな」

紙が分厚いのか、2枚なら2枚目まで透けて見えるけど、3枚重ねると全体が影になって2枚目3枚目の“回路”が見えない。

これは照度が低いのか?

晴天の太陽に向けて翳せば透けて見えないかな。

一旦、“光”を消して、もっと強い光をイメージする。