軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化のとき ③ ※アンサンブルキャスト面

一礼した女中がバルトロイを迎え入れに行き、開けられた扉の向こうからバルトロイが姿を現す。

「邪魔をする」

50近くもの視線が一斉に集まって、予想以上に室内の人数が多いことに、たじろいだ様子だが、瞬時に立て直したバルトロイは女中に促されて入室してきた。

「取り込み中、だっただろうか?」

歓迎されていない、と言うわけでは無いのだろう。

少し、というか、何とも形容しがたい空気を察したか、バルトロイが首を傾げる。

「大したことでは無いから、気にするな」

「ああ。遠慮することは無い」

新たに迎え入れたという義娘を抱き上げているフレイアと、友好的に頷くハロルドの反応に、バルトロイが安堵の色を見せる。

「急に済まない。色々と立場が変わるのでな。領軍と共に、一度、クローゼリス本領へ戻ることになったのだ。その前に、アンリカ嬢に直接礼を言っておきたいと考えてな」

然もありなん。

王国貴族としては栄誉では有るものの、簡単に喜べる状況でも無いことを、この室内にいる者たちはよく知っている。

「そういう事情か」

フレイアとハロルドが頷く。

バルトロイも今回の一連の事件で割を食った一人だ。

フレイアの後任で過酷な職務を押し付けられる格好になったのだから、実家への説明も必要になるだろう。

「構わないだろうか?」

「歓迎いたしますわ。ええ。大歓迎ですとも」

未婚女性の部屋を突然訪う無礼にも、アンリカは寛容に応じてくれた。

後光が差すような笑みを浮かべたアンリカが、その言葉通りに歓迎の空気を纏っている。

「感謝する」

部屋の主から歓迎の意を受けて、バルトロイが胸に手を当てて礼をする。

さっきまで腕立て伏せ対決に興じていてイイ汗をかき、正座させられていたアンリカは、いつの間にか立っていて、淑女然とした立ち姿を装っている。

そのアンリカの、もの凄くイイ笑顔は、「フレイアの説教から逃れられるから」だろうと、室内に居る全員が思った。

バルトロイ以外の全員が、それまでの状況を知っているだけに、歩み出てアンリカの正面に立った真摯な表情のバルトロイとの対比が酷い。

バルトロイがフッと表情を緩める。

「アンリカ嬢。案じていたよりも顔色が良くて安堵した」

「嫌ですわ。バルトロイ様にまでご心配をお掛けしておりましたのね。でも、もう大丈夫ですわ。殿下とフィオレ様のお陰で、すっかり回復いたしました」

完治を表明するアンリカが、両の拳を肩の高さでグッと握って見せた。

軽い調子だったが、握った拳から「ギチチッ」と硬い音が鳴ったのは空耳では無い。

控え目な表現とは言え、清楚な淑女は筋肉を誇示したりしないのだ。

「何と、健気な・・・」

「え?」

呟くようにバルトロイ様の口から零れた声に、アンリカが、きょとんとする。

バルトロイの目に浮かんでいるのは感嘆と賞賛か。

アンリカの反応を気にしていない様子のバルトロイが大きく頷く。

「うむ、そうか。本当に良かった・・・。貴女のような、か弱き女性に犠牲を強いるとは、我ながら情けない」

「い、いいえ。私ごときが殿下と魔法術師団長閣下のお役に立てたのなら、本望ですわ」

アンリカの言葉に嘘は無く、それは騎士としての矜持から出た言葉でもあったのだろう。

悔恨も顕わに首を振るバルトロイに慌てて笑顔を取り繕ったアンリカは、空気の重さを嫌ってバルトロイの心理的負担を減らそうと試みたようだが、再びバルトロイの口から呟きが漏れる。

「何と、謙虚な・・・」

「はい?」

予想外の反応だったのか、今度こそアンリカが目を丸くする。

熱が籠もった息を吐くバルトロイの目には、アンリカしか映っていないように見える。

そのバルトロイの目はアンリカを映していても、アンリカの表情が目に入っているかどうかは怪しい。

「ああ、いや。貴女の献身で、殿下と私は災難を逃れることができたのは事実だ。心より感謝している」

「も、勿体ないお言葉です。お気持ちは十分に伝わりましたので、もう、お気に病まれることはございません」

面倒くさくなってきたらしいアンリカが、にっこりと笑って締めに掛かった。

元が美人なだけに、営業用スマイルも堂に入っている。

完璧な営業用スマイルだ。

完璧なだけに、営業用と分かるスマイルだ。

アンリカの「もう良いよ。終わろうぜ」という内心が在り在りと示されている。

言葉でも明確に、そう伝えている。

しかし、事態は予想しない方向へと向かう。

室内にいるバルトロイ以外の誰もが確信した。

バルトロイの目はアンリカの姿しか捉えていない。

感動した面持ちのバルトロイの口から、溜息とともに呟きが漏れた。

「何と、可憐な・・・」

「「「「「えっ!?」」」」」

アンリカ本人も含めて、成り行きを見守っていた全員が目を剥いた。

フレイアでさえも、驚きで、半分、口が開いている。

テレサに至っては、小さなリンゴなら丸ままスッポリと入ってしまいそうなほど、口が開いている。

アンリカの前に片膝を突いたバルトロイが、毀れ物を扱うような優しい手つきで、固まっているアンリカの手を取った。

肉体言語に堪能なアンリカにしては、有り得ないほどの隙を晒していた。

頭の中が真っ白になっているらしい無抵抗のアンリカの指先の甲に、バルトロイが軽く口づける。

そのアンリカの指先は、つい数分間ほど前まで、腕立て伏せで、土足で踏ん付ける床の絨毯に直接突いていたものだ。

絨毯の下の床材を毟り取らんばかりに、ガッシリと絨毯に五本の指先を突き立てていたもので、その強力な握力の痕跡は、今、バルトロイが踏んでいる足元の絨毯の上に、しっかりと残されている。

その握力は甲冑の上から掴んだ敵の手首を握り潰し、その拳は面甲の上から敵の鼻面を殴り潰す。

せめて、アンリカが手を洗った後にすれば? と、諫めてやるべきだったのだろうか。

驚きで固まっている一同の中にツッコミを入れる余裕のある者は無く、我が道を往く貴公子バルトロイが決定的な言葉を口にする。

「アンリカ嬢。私は貴女に求婚する。どうか、私の妻になって貰えないだろうか」

「「「「「ええええええええええええええええええっ!?」」」」」

驚愕の叫びを上げる中にはアンリカの姿も含まれていた。

ピーシス家の傍系、タイアー騎士爵家、長女、アンリカ。

脳筋の父と脳筋の母、そして、スクスクと健やかな脳筋に育った妹と、ニョキニョキと元気な脳筋に育ちつつある弟を持つ、根っからの脳筋。

同郷のエゼリアと共に3歳の頃からフレイアの傍に付けられ、フレイアと共に食べ、フレイアと共に育ち、フレイアと共に学び、フレイアと共に鍛え、フレイアと共に叱られ、フレイアと共に喜び、フレイアと共に怒り、フレイアと共に泣き、フレイアと共に笑い、フレイアと剣と筋肉と共に数々の戦場を渡り歩いてきた女。

その身に纏う脳筋の気配は脳筋を呼び寄せ、何度も何度も脳筋どもを含めたアレやコレやから求婚を受けては蹴り飛ばしてきたが、荒れに荒れた、年の瀬も近い28歳の冬、ついに、簡単には蹴り飛ばせない強敵と遭遇した。

その強敵とは、王国東部地域を纏めるクローゼリス公爵家の嫡男、次期当主バルトロイという、少しばかりズレた独自の感性を持つ、極めて真面目で優秀な男だった。