作品タイトル不明
古き血統 ⑬ ※アンサンブルキャスト面
「輜重の真似事が出来るだけでも十分でしょう、ですって」
「兵站の重要性は知っているだろう?」
ミリアの言い分を聞いてもハロルドの表情は渋いままだ。
ミリアが言うように、”非効率で不確実”な荷物運びの手伝いぐらいなら、誰にでも出来よう。
だが、輜重とは、そんなに簡単なものでは無いのだ。
前線での消費量を見越した兵站の準備に、迅速な荷の積み降ろしに、安全な運搬経路の選定。
何より、必要な兵站が必要なときに前線へ届かないと、前線そのものが崩壊する。
輜重部隊には高度な計画性と確実性が求められるのだ。
そんな、大切な役目を冒険者などに任せろと?
ハロルドには冒険者という”職業”そのものを蔑む考えは無い。
だが、堅実で計画性がある人間なら生活の中からでも学び続けるし、刹那的な浪費をせず、いつまでも冒険者など、やっていない。
否定的なハロルドの反応に、ミリアは肩を竦める。
ミリアとて、同じ懸念を抱いたし、思いは同じだ。
「勿論、重要性は理解しています。でも、後方での護衛任務ぐらいなら出来るでしょう?」
「本当に手伝い程度だがな。その統括を閣下にやらせろと?」
戦場経験が経験豊富なドネルクならば、可能では有るだろう。
ハロルドは首を捻った。
いや。むしろ、これは、カレリーヌがドネルクに求めるものは、こちらが主眼ということか。
カレリーヌの言う「輜重の真似事」という言葉を額面通りに受け取るべきでは無いな。
文字通り、冒険者を予備戦力として纏めて、戦力化しろと?
「難しいことを言う」
冒険者とは、言葉を飾らずに言えば、“根無し草“なのだ。
明日を保障されない生き方をする者たちだからこそ、”身の危険”に敏感で、戦争に動員されるとなれば、気配を察した時点で逃散する可能性が高い。
そんな連中を有事に繋ぎ止めておくことは至難の技だろう。
「流通の掌握よりも、部隊を統括する方が得意でしょうに」
「それは確かにな」
ミリアの人物評価に、苦笑しつつハロルドが頷く。
辛口だが、その通りでは有るのだ。
武勇の誉れ高いドネルクという男は、ハインズに似た武人で、文官では無いのだから。
難しいからこそ、ドネルクにしか出来ないとの、カレリーヌの判断か。
ドネルクが冒険者の統括に尽力するとなれば、手が足りまい。
「流通の掌握は、閣下を補佐する者にさせるのだな?」
「ええ。さらに言えば、万一の際に、戦場でもドネルク様の補佐ができる者が望ましいと。平時にはアマリリア様や私との連携をご希望で、それが出来る伴侶にドネルク様の補佐をさせろ、とのことよ」
思わぬ要求にハロルドが天井を見上げる。
「伴侶に掌握させるのか」
「子を生ませる必要も有るわけだな。また難しいことを」
隣で首を振るフレイアへとハロルドが視線を移す。
「冒険者ギルドの掌握というと、 組合長(ギルドマスター) か?」
「正確には、 組合統括長(グランドマスター) だな。王国各地に拠点を置いては有るが、王都の本部が資金の流れと買い取った素材の流れを統括しているはずだ」
王都騎士団で方面隊副長まで務めたハロルドでも、組織が違うと、そこまで詳しいわけでは無い。
この手の広範にわたる話は、特務魔法術師を務めていたフレイアの方が詳しい。
「今のグランドマスターは誰だ?」
「ロンドベールの息が掛かった商人ね。すでに不正の証拠をいくつも掴んでいるから、いつでも、どうとでも消せるわ」
腕組みで思案するハロルドが首を捻る。
「有事の際に、共に戦場に立てるほどの力量の有る伴侶で、事務処理能力以外で必要なものというと、統括力か?」
ハロルドの疑問に、ミリアよりも先に口を開いたのはフレイアだ。
「万一の際に、閣下に代わっての騎士団との連携―――、調整能力も必要だ。さらに、平時にアマリリア様やミリアとの連携を取れる者となると、社交能力と交渉能力も必要だということだ。つまるところ、武門の出で、それなり以上の教育を受けた貴族家の娘に限られる」
「そんな令嬢が存在するのか? まるで、フレイアだぞ」
王都騎士団の女性騎士を見れば分かるように、婚姻で引退するまでの腰掛けで騎士を務めるような令嬢には、事務処理能力は期待できても統率力など望むべくもない。
「その辺の若い御令嬢で、カレリーヌ様のお眼鏡に適う者なんて居ると思う?」
呆れるハロルドと首を振るミリアに、大きく息を吸い込んだフレイアが特大の溜息を落として答える。
「大体、理解した。私の手元から出せと。あの方の狙いはエゼリアかアンリカだな」
フレイアが幼かった頃から付けられていた側近たちは、フレイアと同じだけの教育を、セリーナからも、シェリアからも、ハインズからも、マルキオからも受けている。
部下が死ぬことを嫌ったフレイアによって徹底的に鍛え上げられ、あらゆる場所で、あらゆるときに、フレイアと行動を共にしたことで、その知識と技術と経験は比類無き高みへと達し、調整能力や順応能力に至っては、性格的に強引な遣り方しか執らないフレイアよりも遙かに高い。
フレイアにとって、側近たちはミリアと同じく自慢の妹たちであり、貴族家から見れば垂涎の令嬢なのだ。
事実、エゼリアたちの誰かを得られるなら、全財産を差し出しても良いと言ってきた 貴族(アホウ) が、両手両足の指の数でも数えきれないほど現れた。
全財産を差し出して、どうやって娶った嫁を食わせるつもりなのか。
勿論、そんなバカに妹をやるわけが無いし、嫁に出すときには体裁を整えられるだけの算段は付けてある。
重要な家人に対して、恩賞としてその程度の便宜は珍しいことでは無いし、オーグストも承知の上だ。
尽くしてくれた傍系の娘に、より良い待遇やより良い嫁ぎ先を与えて報いるのは、主家の義務でもあるのだから。
エゼリアたちの家はピーシス家の傍系で、オーグストの言う「ピーシス家の傍系の昇爵を認める」とは、エゼリアたちの実家を昇爵させて、新領地を委任統治させろという意味だろう。
本人の価値が高いのだから、実家の太さが影響するわけでは無いが、嫌がらせの口実に実家の立場を持ち出す連中は必ず現れる。
実家が力を持っているに越したことは無いのだ。
フレイアやエゼリアたちの実家への補償の意味を持つ報奨でも、フィオレが爵位を継いだ以上、委任統治を命じることが出来るのは当主となったフィオレだけだ。
オーグストは、フレイアの側近たちの体裁を、より良く整えさせるために、フィオレが領地へ入ることを嫌がるのも利用して、新領地をフィオレへの報奨としたわけだ。
報奨を与えられたときのフィオレの様子を見る限り、フィオレが委託統治に異論を挟むことは無かろう。
しかし、スライムを使った食糧生産量の向上を研究したいと口に出していたところを見ると、丸投げで終わらせることは、フィオレの性格的に、まず無いと見て良い。
亡国の民の動向も思えば、フィオレとも新領地の扱いを話し合う必要が有る。
「カレリーヌ様は、直孫のドネルク様が伴侶を受け入れる気になって居られる間に、と、お考えなのよ」
「子を持つ親として、先行きを案じる、その気持ちは分からんでは無いな」
隣に座っている、最も案じている相手にハロルドが目を向けると、ツーンと顔を逸らされた。
「儂としても、お前の側近たちには、出来るだけ良い嫁ぎ先を用意してやりたいのだ」
「もう良い、分かった。閣下の新しい爵位は?」
最後の仕上げにと押し込みに来たオーグストを、フレイアは手で制する。
「侯爵位を用意した。ドネルクは今後、ルーベンス侯爵と名乗ることになる。さすがに公爵家からの分家で公爵位は無理があるでな。このことはカレリーヌ殿も了承済みだ」
フレイアは溜息混じりに頷いた。
「どう話すかを考える。持って行き方を間違えると、あいつらが拒否することも有り得るから、暫く時間をくれ」
「ごめんなさいね。姉様」
心配が顔に出ているミリアにフレイアは首を振る。
「いや。私が当主の立場から身を引く以上、頃合いでは有るんだ」
「フィオレとも、色々と話さねばならんな」
「そうだな。そちらも考える」
頭痛を堪えて、こめかみをぐりぐりするフレイアが、肖像画の包みを手に腰を上げた。
疲れたように肩を鳴らすフレイアをハロルドが見上げる。
「そう言えば、アンリカはどうしている?」
「フィオレたちが先に行っている。この後、様子を見に行くさ」
「私も行こう」
フレイアを妹同然に思っているハロルドにとって、フレイアの側近たちも妹同然だ。
アンリカの容態はハロルドにとっても一大事なのだ。
ハロルドも腰を上げたことで、一連の話し合いは穏便に終わりを迎え、オーグストとミリアは安堵の息を吐いた。