作品タイトル不明
古き血統 ⑪ ※アンサンブルキャスト面
「そう怒るな」
「怒るのを分かっていて、やったのだろうが」
押し掛けてくるだろうと予想した通りに押し掛けて来たフレイアの不機嫌な目に射すくめられていたオーグストは、両手を挙げてソファーの背もたれに身を預ける。
「怒るな」と言いつつも、オーグストとて、逆の立場だったら怒っていただろうと思っている。
ウォーレス家とピーシス家、そして、ロス家は、主家と分家の関係では有るが、その実態は、役目を分業しただけの、一つの家と言って良い。
末端の傍系まで含めて1個の複合生物のようなものなのだ。
代々の国王との繋がりも深く、王家から見れば、ウォーレス家もまた王家の分家のようなものでも有る。
王国の中枢として中央から動けない王家に代わって動く代理人のようなもので有り、常に歴代国王の治世を支えてきた、王国の屋台骨のような一族だ。
その性質は、始祖の人柄を色濃く受け継いだ武人の血統で有り、豪放で在りつつも知啓を重んじる頭領の器で在りながら、信義に厚く、自らが国家の長に成り上がることを善しとしない。
血族の末端までもが同様の気質なものだから、王家にとってウォーレス家系ほど信の置ける一族は無いのだ。
それに、治める領地などと言うものは、大きければ大きいほど良いというものでは無いことを、国王を務めるオーグスト自身が誰よりも知っている。
可も無く不可も無く、適度な大きさの領地の隅々までも統治するのが、最も効率が良く、最も楽なのだ。
それにも拘わらず、オーグストは不意討ちのような形で余計な領地を押し付け、ウォーレス家の結束に一石を投じる真似をした。
ただでさえ、ウォーレス領は自力で“魔の森”を開拓したことで目を光らせなければならない領地が増えており、隣国の欲望を刺激したことで外圧が高まっている。
更には、新たな試みを増やしまくる娘たちのお陰で、統治の手が足りていないのだ。
いつもならフレイアを宥めに入るハロルドも、今回ばかりはフレイア側に付いている。
普段なら音も無く現れて来客にお茶を出す国王執務室付きの女中たちも追い出しているので、介入して会話を止められる者は誰も居ない。
「まあ、そう、では有るな」
予定されていたのは爵位の承継と“銘”の下賜だけで、昇爵はハインズの時代からオーグストが打診していたものを、ハインズにもマルキオにもハロルドにもフレイアにも頑として辞退され続けていたものだ。
先王の時代にも昇爵を打診して、ハインズから「一族の戒め」として断られたとも聞いている。
それを、初めての公の場で断る余裕の無い子供たちを利用して昇爵に踏み切っただけで無く、領地まで押し付けてフィオレの”足枷”を増やした。
当然ながら、ハロルドやフレイアにオーグストの意図が分からないわけが無い。
「で。何を考えて、フィオレを縛ろうとした?」
「カレリーヌ様のご意志よ。いいえ、私の希望でも有るわね。少し厄介なことになりそうだと仰られていて」
フレイアが聞きたかった“目的”はオーグストではなく、しれっと付いて来たミリアの口から明かされた。
ハロルドとフレイアの目がミリアへと集まる。
「そこで、何故、あの方のお名前が出てくる?」
「話が見えん。なぜ、大叔母上がルナリアとフィオレに関係する?」
一部の王国上層部だけが知る、真の社交界の首領と、子供たちに接点は無い。
それ以前に、カレリーヌという情報分野の元締めは、姪のセリーナが居て統治に揺るぎがない南部国境への関心が薄く、口出ししてくることなど滅多に無いのだ。
「本当なら、昨夜、話したかったのだけれど、姉様たちと昨夜は会えなかったじゃない? 今朝は、それどころじゃなかったし」
料理の話か、と、ハロルドとフレイアは顔を見合わせた。
ヘイナーが緊急案件だと厨房へねじ込んだせいで、ミリアも夜中まで厨房へ詰めていたらしく、今朝は治癒を始める直前に滑り込んできたほどで眠そうにしていた。
お陰でアマリリアが朝食の場で旺盛な食欲を見せたと聞いて安心していたのだが、元はと言えば、情報が遅くなる原因を作ったのはフレイアたちだったのだ。
ミリアはアマリリアの補佐を務めていて、ミリアの立場上、アマリリアに関することが優先される。
これではミリアを責められない。
ハロルドはバツが悪そうな顔になり、フレイアは咳払いする。
「で? カレリーヌ様が?」
クスリと笑ったミリアが、すっと表情を改める。
「エクラーダ王国が倒れたわ」
「エクラーダだと?」
フレイアの鋭い目をミリアの静かな目が受け止める。
ここで彼の国の名前が出てくる理由など、一つしか無い。
ミリアがローテーブルの上に、何処かから取り出した平たい包みを置く。
中身を傷付けないためか柔らかな厚手の布で包まれた“それ”を、スッとフレイアたちの前へ押し出す。
「見た方が早いわ。カレリーヌ様の間諜が持ち帰ったもの、だそうよ」
「「―――、!」」
布の下から現れた“それ”に、包みを解き掛けたフレイアの手が止まり、ハロルドも同時に息を呑む。
「カレリーヌ様は、これの扱いを母親である姉様に一任する、と」
「これは・・・、どう見てもフィオレだな」
若い女性が我が子で有ろう女児を膝に座らせた真新しい肖像画。
そこに描かれているのは、現在よりも幾分か幼い頃の、フレイアの義娘に違いない。
母親との対比で測るならば、恐らくは3歳頃に描かれたものだろうか。
衝撃を受けたらしいフレイアが肖像画に目を奪われたまま口を開く。
「身元が判明したのか?」
「実母の名前は、エクラーダ王国第3王妃、オルレーシア・エクラーダ。娘の名前は、フレーリア・エクラーダで、勇王国による浸透が露見する切っ掛けとなったわ」
「切っ掛けとは?」
感情を抑えた声でフレイアが問う。
「オルレーシア妃が暗殺されたのよ。事件当時、行方不明で死亡扱いとされたフレーリアは、4歳になったばかりだったそうよ」
「・・・・・」
一瞬、辛そうに眉根を寄せたフレイアが黙り込む。
「オルレーシア妃か・・・。名前は聞いたことが有るな」
「お名前だけなの?」
ミリアの興味を引いたことで、ハロルドが記憶を探る。
「昔、小国連合諸国を軍事支援で訪れたときに、噂話で名前が出ただけだな」
「どんな噂だったのかしら」
ミリアの真剣な目に射すくめられて、ハロルドも真剣に10年以上も前の記憶を辿る。
「当時は公爵家の娘だとかだったはずだぞ。まだ成人前で公の場へ出て来ることは無いが、かなりの知恵者でエクラーダ王の覚えが良いとか、確か、そんな程度の話だったか」
「ドネルク閣下なら、もっと詳しく知っていたりしないかしら」
「期待は出来ないだろう。私たちは前線で彼の国の将軍たちと共同戦線を張っただけで、深い交流が有ったわけでは無かったからな。専ら、彼の国の騎士が独特な盾の使い方をすることに興味が有って、政情は雑談した程度だぞ」
「前線での交流だと仕方ないのかしらね」
黙って聞いていたフレイアが、深い溜息を吐いた。