作品タイトル不明
古き血統 ⑩
驚きと喜び。
王妃様へと集まる視線に悪い感情のようなものは感じられない。
一段落ついて熱が冷めない内に、すっと話題を変える、この情報投下のタイミングの取り方、ミリア叔母様と同種のものを感じるね。
お二人に共通すると言うことは、セリーナ様の遣り方ってことか。
さすが、師弟だよ。
それまでの熱に引き摺られた参列者たちが王妃様の情報に引き込まれている。
「神教会に頼らずとも、治癒魔法術師を増やすことが可能になるのですか?」
「本当に、そんなことが?」
貴族たちから向けられる視線に王妃様が頷き、王妃様の視線が私へと向く。
これ、王妃様が主導権を握る感じだよね。
「フィオレ卿? 1日で、何人が治癒魔法術式の発動に成功したのでしたかしら」
「・・・じゅ、12人です」
あんまり王宮関係者には注目されたくないけど、問われれば答えるしかない。
治癒魔法術師量産計画はセリーナ様とミリア叔母様が主導するものだと思ってたけど、こう来たか。
「何と言うことか! 素晴らしい!」
「光術式に革新が起きたのか!」
目を剥いたオジサンたちが大きく声を上げる。
分母を言ってなんだけど、それで良いの?
そういうレベルの問題では無いぐらい、治癒魔法術師って少ないのか。
まあ、分母を言えば成功率が6割とか7割とか驚異の数値が明らかになるから、秘匿しておきたいんだけどね。
与えるキモの情報は少ない方が良いし、王妃様が貴族をコントロールしやすくなるだろう。
何を、誰に、どう、情報を与えるかは、王妃様の匙加減に任せる方が良いはずだ。
あれだ。ローマ人の「分割して統治せよ」ってやつ。
食肉加工場でやった工場制手工業も、そうだけど、与える情報を絞って特化させれば育成が早くなるだけじゃなく、コントロールしやすくなるんだよ。
企業組織の経営システムも大抵がこの考え方で、部門を分けて専業化させることで情報漏洩や独立起業を防いでいたりする。
「お、王妃殿下。平等に、というのは 真(まこと) ですか?」
「希望する貴族家、ということは、王宮貴族でも教わることが出来るのでしょうか?」
「その通りです」
慈母のような笑みを浮かべて王妃様が応える。
鷹揚に頷く王妃様を見て、領地貴族も王宮貴族も無く、謁見室が大いに沸いた。
甲冑姿の騎士様たちも沸いている。
騎士様たちは、自分たち自身の生存率が上がるのだから当然か。
「病や怪我に苦しむ領民を減らせられるのか!」
「 幼逝(ようし) する子供が減れば労働力を増やせよう!」
うんうん。そうだよ?
その反応だと、地球の中世みたいに子供の死亡率が高いのか。
回復薬という、お高いけどメッチャ効く超技術が存在するせいで、医学の発達進度がイマイチよく分かってないんだけど、免疫や抵抗力が無い子供は直ぐに死ぬだろうしね。
お値段から考えても、平民層に回復薬の購買力が有るとも思えないし。
それ以前に、回復薬って病気にも効くんだろうか?
泣きはらした瞼の腫れが引いたってことは、一定の効果は有りそうだけど、線引きが分からないな。
本で読んだ地球の中世や近世ほど、こっちの世界は衛生環境は悪くないんだけど、ケガはともかく、麻酔の概念が無かったことを思えば、病気に対する薬学や医療技術が発達しているようには思えないからね。
「働き続けられる王国民が増えれば国力も上がるぞ!」
「戦場でもだ! 兵の損耗が抑えられれば戦術の在り方が変わるぞ!」
戦争に繋げる思考回路の人が居るとホッとするのは、なぜだろう?
私もウォーレス領の脳筋思考に毒されているんだろうか。
「これは凄いことだぞ」
「とんでもない朗報だ」
無邪気に喜んでいる人が居ると心が痛むなあ。はっはっは。
王妃様の目も、にんまりと笑っているように見えるから、”こっち側”の人だと確信する。
「王家もウォーレス家も、何という献身! 何という慈悲か!」
「王妃殿下、万歳!」
「王家、万歳! ウォーレス公爵家、万歳! 王国、万歳!」
おお、みんな、めっちゃ盛り上がってる。
最終目標が神教会の権威を地に落とすことだと知ったら、この人たち、どんな反応をするんだろうか。
騎士団長閣下と王様がチラリと目線で意思疎通したのが見えた。
興奮に沸いている参列者たちに気付いた人は居ないんじゃないかな。
戦勝報告を終えて、階段下の壇上に近い位置へ退いていた騎士団長閣下が、一歩前へ出て挙手をする。
「ああ~。ちょっと良いだろうか?」
「申してみよ。騎士団長」
低い男声だけど、騎士団長閣下の声は、もの凄く通るんだね。
室内が静まるのを待って、王様へと向き直った騎士団長閣下が壇上へ真摯な目を向ける。
「迷っては居たんだが、ハロルドとフレイアが身を引くなら、俺がそのまま任に就き続けるのも問題があるだろう」
「問題とは何だ?」
意味を理解しかねた風を装って、王様が首を傾げた。
ああ、これ、茶番の第二幕だ。
「西部地域の暴発は、騎士団の監視が不足していたのが原因とも言えるのだからな。騎士団の不始末は、俺の不始末でもある。よって、俺も王都騎士団団長の任を陛下に返上する」
「何と! それは困るぞ!」
王様が大袈裟に驚いてみせる。
なかなかの役者で、真に迫って見える。
「何が困る? 俺一人が抜けた程度で揺らぐ王都騎士団では無いぞ。後任が務まる者など山ほど居る。むしろ、責任を取らぬ将など害悪にしかならん」
騎士団長閣下の潔い申し出に、貴族や騎士の間から感嘆の溜息が漏れる。
たぶん、これ本音で言ってるんだろうね。
「一理あるのう・・・。相分かった。後任の選出は其方に任せる」
「承知した」
「そうなると、特務の後任も決めてしまわねばならぬな」
茶番を終えた騎士団長閣下が一礼して下がり、茶番を続行中の王様が顎ヒゲをしごく。
「バルトロイ。頼めるか」
王様から目を向けられたバルトロイ様が、一瞬、動揺を見せたけど、瞬時に取り繕って頭を下げる。
んん? バルトロイ様って、前もって話を聞いているんじゃないの?
バルトロイ様は巻き込まれ体質っぽい気配もするから、聞いていなかった可能性が有るな。
「は。非才の身なれど、精一杯、務めさせて戴きます」
「魔法術師団団長の後任は。どうするかのう?」
密かに嘆息したように見えたバルトロイ様が、軽く目を伏せて考える仕草を見せた。
既定路線の話だと思っていたけど、本当に考え込んでる?
「魔法術師団の中から推挙しても良いのですが、西部戦線で実用化を見た新戦術に考えさせられたところがございます」
「ほう? どういうことだ?」
演技か本心か分からない表情で、先を促す。
「他にも古き文献の中に実用化が可能な戦術が眠っている可能性を考えるならば、魔法術師団団長の後任は、古き文献に詳しい 学術研究院(アカデミー) からの推挙も考慮されては如何でしょうか」
「ふむ。良かろう。魔法術式学術研究院院長、適任な者が居れば推挙せよ」
「は。承りましてございます」
参列者の最前列付近にいるオジサンが、目を向けている王様へ向き直って頭を下げた。
あれ?
あの人って、王妃様の治療の時にお母様に黙らされていたオジサンだよね。
ええっ! あの人がアカデミーの一番偉い人だったの!?
お母様、魔法研究国家機関のお偉いさんを相手に「黙ってろ」って一喝してたの!?
お母様やバルトロイ様とは折り合いが悪そうな話を聞いていたけど、あのオジサン、魔法術師団長の人選について、バルトロイ様の提案に前向きなように見えるね。
聞いていたほど関係性は悪くなかったのか、何か心境に変化が有ったのか、どうなんだろ?
一通りの案件に決着を付けた王様が、私たちに向けて一つ頷き、玉座から腰を上げる。
あ。今のが終わった合図か。
王様が玉座から立ったのに併せてハロルド様とお母様の立ち上がったので、ルナリアと私も立ち上がる。
「皆、此度は広く影響が及んで大変な思いをした者も有ろう。だが、我らが王国は困難を乗り越え外敵を排した。これからも揺るぎない王国で在るために、儂に力を貸してくれ」
王様による締めのお言葉に、謁見室内にいる全ての視線が集まっている。
「「「「「御意」」」」」
貴族たちは、前にバルトロイ様がしていたように胸へ手を当てた一礼を返し、騎士様たちは右拳を胸に当てた敬礼を返す。
一同の応えに頷いた王様と王妃様とテレサの退室をもって、ぜんぜん無事じゃなかった謁見は無事に終了した。