作品タイトル不明
古き血統 ⑨
謁見室の響めきは収まらず、どこかから大きな声が上がる。
「お、お待ちください! 陛下!」
「こんな子供に! まだ5歳と聞きますぞ!」
ヨーシ、みんな頑張れ!
余計な敵を増やすのは、こっちだって本意じゃ無いんだよ!
「侯爵に公爵位を与えるなど! 国家の根幹に掛かります!」
「他国から侮られては国境の守りが危うくなります!」
もっと言ってやれ!
予定に無かった報奨でお母様も怒ってるみたいだから、頑張って阻止しろ!
「おかしなことを申すのう」
「「「「「はっ?」」」」」
気の抜けたような王様の声に、謁見室がシンと静かになる。
ん? どうした? みんな黙るなよ。
「ウォーレス侯爵家の始祖レティア卿は、庶子とは言え王家の三女ぞ。王宮の意向に従わぬと、当時の王宮貴族の反対で臣籍降下の際に侯爵位とされたが、正真正銘、王家の血に連なる”古き血統”よ」
「そ、それは・・・!」
貴族家当主らしき人たちが口ごもる。
あっ。これ、有名な話なのか。
「くだらぬ話だと思わぬか? ウォーレス家の始祖、レティア卿には公爵位が与えられて然るべきだったのだ。違うか?」
「慣例に則れば、確かに・・・」
王様から目線を向けられた官吏らしき人たちが頷く。
ところが、王様は、まだ止まらない。
「それに、のう。此度の戦で、国内の塩の価格が高騰せんかっただろう。あれは、ウォーレス家が新たに開拓せし新領地で開発した岩塩鉱山からの産出品を、国内に供給し続けたお陰ぞ。あの策を提案したのもフィオレ卿だと聞いておる」
ざわりと空気が揺らぐ。
えっ!! こっちに振ってくるの!?
「岩塩鉱床を発見したのも、此度の戦争に間に合わせるために、“魔の森”の開拓を急がせたのもな。真偽の全ては、我が娘、アリストテレジアが見届けておる」
「はい。わたくしが、この目で見届けましたわ」
私へ集まりかけた衆目がテレサへ移る。
ありがとう、テレサ! さすが私の同志だよ!
「ウォーレス家がカリーク公王国との戦争に備えて動けぬ中、ルナリア卿とフィオレ卿で“魔の森”の開拓を成し遂げたのだ。我が娘も共に励んだそうだが、これ以上ない、貴重な経験となったであろう」
「何と。王女殿下も“魔の森”で・・・?」
大きな響めきが上がる。
本当にテレサも頑張ってくれたからね。
テレサは理解力が高くて物覚えが早いし、人を纏めて動かすのも上手いし。
戦力が一人でも欲しかったときだから、めっちゃ助かったもの。
実際、テレサの評価は、もっと高く有るべきだと思うよ。
「必要量の数割でも国内で採掘できれば、今後の塩の相場は継続的に下がろうぞ。ウォーレス家がもたらした、その恩恵を受ける者は多かろう」
「塩の供給で我が領も助かったぞ!」
「今後も塩の相場が上がらぬなら、王国全体の財政に大きな助けとなる!」
王様に応えて、幾つもの声が上がった。
おや? これって分断工作じゃなく、ウォーレス家アゲなの?
「そも、“魔の森”の領有宣言を成功させるなど、実に1000年ぶりの快挙よ。これでは功績が足りぬと申すか?」
「そうだ! “魔の森”の領有宣言には、度肝を抜かれたぞ!」
「西部国境地域で用いた新戦術もだ! ただの一兵も失わずに城塞を陥落せしめるなど、ウォーレス家以外の何処にも真似できぬ!」
大きな声で賛同しているのは、ハロルド様の戦勝報告で歓声を上げていた人たちだね。
怒りを収めたらしいお母様の背中から、スゥッと「迫力」が消える。
「その新戦術を実用化して見せたのが、ここに居るフィオレ卿よ。“準備砲撃”と言ったか? ここ100年間以上、歴代の勇者にも出来なかったことを、遣って退けた。のう? 違ったか、フレイア。ハロルド」
「ああ。お陰で最後は楽をさせて貰った」
「全くだ。勇王国や神教会も、迂闊に攻め込んで来られなくなっただろう」
お母様たちは、何のことも無いように言う。
実行者はお母様とハロルド様なのだから、凄いのはお母様たちだけどね。
でも、そうか。
私は、“準備砲撃”で「お母様が楽に戦えるようになれば」としか考えていなかったけれど、見せしめを派手に見せつけることで“次”の抑止力にしたのか。
地球の軍隊があちこちで繰り返していた軍事演習と同じ考え方の延長線だ。
ハロルド様の口ぶりだと、お母様たちは実行するに当たって、最初から、そのつもりで派手にやったんだね。
新たなツールを手に入れて、お母様たちは私が考えたよりも、さらに、もう一歩踏み込んだところまで考えて使いこなしたわけだ。
やっぱり、凄い人たちだなあ。
ギリギリの命の遣り取りを行っていただろう戦場の最前線に立っていても、”それが何なのか”を冷静に見極めて、最大限に活用してくれたんだね。
そう言えば、「王宮に従わず侯爵位に留め置かれたのが誇り」だってハインズ様が言ってたけど、ハインズ様とお爺様が激怒したりしないよね?
怒っているあのお二人の怒りの矛先を変えて諫めるなんて、ルナリアと私じゃ無理だよ!
そこで、スッと挙手したのは王妃様だ。
「陛下。わたくしからも、一つ、よろしくて?」
「構わぬ。申してみよ」
鷹揚に頷く王様の許しを得て、ほんのりと笑みを湛えた王妃様が壇下へと目を向けた。
怜悧に光る目で参列する人々の群れを見回す。
「床に伏していた、わたくしの治療を、テレサと共に施してくださったのが、フィオレ卿なのです。ルナリア卿とフィオレ卿がテレサを助けて、治癒魔法術式を取得する手助けをしてくださっていなければ、今、わたくしは皆様の前に出て来られておりませんでしたよ」
王様の向こう側を覗き込んだ王妃様と、同じように覗き込み返しているテレサが微笑み合う。
王妃様とテレサの様子を、真ん中にいる王様も目を細めて見比べている。
「ほお・・・。王女殿下が治癒魔法術式を」
テレサを見る貴族たちの目が変化したようだ。
感嘆の息を吐きながら、テレサの価値を修正して、どう向き合うのが良いかを計算し直し始めたのだろう。
私の方にも多くの視線が戻ってくる。
こっち、見なくて良いって!
「フィオレ卿も、何という才女か」
「ピーシス家といえば、あの“王国の頭脳”、シェリア殿が居られるな」
「シェリア殿の教えを受けたフレイア卿に劣らぬ才女と言うことか」
おお。お婆様の評価の高さを目の当たりにしたな。
良いぞ! お婆様を湛えよ!
「確か、フィオレ卿はフレイア卿が見出した養女だとか?」
「流石はフレイア卿よ。才女は才女を生むのだな」
「フレイア卿の後継に相応しかろう」
そこ! 分かってるね!
もっとやれ! お母様も湛えよ!
「先見の才、武勇の才、術式の才に、知啓の才も有るのか」
「何より、王女殿下と懇意で、王家と関係が良いのが安心できる」
「ルナリア卿も王女殿下と懇意だと聞くぞ」
お? ルナリアにも飛び火したか。
ざわざわとした声が大きくなってくる。
「昨日の騒ぎでルナリア卿を当家の家人が見ていたのだが、見事な活躍だったと興奮していたぞ」
「ルナリア卿と言えば、ハインズ卿の直孫だな」
「うむ。聞けば、ハインズ卿とマルキオ卿もお元気になられて健在だとか」
あの辺りの厳つい風貌は”保守派”の人たちだろうね。
ハインズ様とお爺様が現役に戻ったことが嬉しいのかな?
「ハインズ卿と言えば、奥方のセリーナ殿だ。塩の融通では私の母上がセリーナ殿からお声掛けをいただいてな。どれほど助かったことか」
「セリーナ殿もご健在か。あの方は王妃殿下とも懇意だしな。昔は随分とお世話になったものだ」
ほうほう。セリーナ様も動いてくれていたんだね。
セリーナ様の人脈も問題なく機能してるみたい。
あちこちから上がる声に、王様が謁見室内の顔を見回す。
「これでも、南部の守りが揺らぎ、功績が足りぬと?」
「十分でありましょう」
「南部国境に憂いが無ければ、西部地域の復興に注力できましょうぞ」
これが王様の遣り方か。
とぼけた態度だったのは最初だけで、聞いていた遣り方よりも王様は踏み込んでいるように思うけど。
王様がリスクを冒してくれた分、ウォーレス家や防衛態勢に対して不安視する声は一掃されたね。
微笑んでいる王妃様が諸侯の顔を見回して、ここぞとばかりに爆弾を投下する。
「その治癒魔法術式のことで、ウォーレス家が得た知見を王家へ納めてくださいましたの。わたくしから陛下にお願いして、王家が持つ治癒魔法術式の情報と併せて、希望される貴族家が等しく治癒魔法術師を育成できる環境を作ろうと考えておりますのよ」
収まり掛けた参列者から、それまでを上回る大きな響めきが上がった。