作品タイトル不明
古き血統 ②
王妃様の落ち着いた応えに、王様へと顔を向ける。
「・・・陛下。始めても、よろしいでしょうか?」
「うむ。頼む」
王様が頷いたのを見届けたテレサが、王妃様の手を握る。
「お母様・・・」
「大丈夫ですよ。自分を信じて、がんばって」
「はいっ」
立場が逆なようにも思うけど、きっと、それが母親というものなのだろう。
王妃様の励ましに顔を上げたテレサの目には意志の光が宿っている。
私たちの遣り取りを、ギュッと両の拳を握りしめたルナリアが見守っていて、すごく緊張しているらしいルナリアに一つ頷いて見せたら、ルナリアも頷き返してくれた。
さあ、私も覚悟を決めて気合いを入れないと。
「・・・やるよ。テレサ」
「ええ」
テレサと私は、王妃様の体へと両手を翳し、魔力の手を伸ばす。
見えない”手”が王妃様の体を包み込む。
テレサとよく似た印象の魔力に触れて、瞼を閉じて自分の魔力の“質”を変質させる作業を開始する。
馴染み深いテレサの魔力に似ているから、”質”のイメージはしやすいね。
「無詠唱行使・・・」というオジサンの呟きが耳に届いてけど無視だ。
伸ばした魔力の手で王妃様の魔力の感触を確かめながら、徐々に“質”を似せていく。
私の方は、ちょんちょんと“手”の先っぽで王妃様の魔力の表面に触れてみたら、水面に手を差し入れたように、するすると入り込めた。
テレサは、ちょっと苦労してるかな。
自分の魔力と”質が似ているからこそ苦労するのかも。
誰だって、慣れている自分の臭いは嗅ぎ取りにくいものだし。
薄いけど・・・。
本当に薄いけど、王妃様の魔力の中に嫌な感じが混じっている気がする。
ヘビの毒のように何か別の魔力が混じっているわけでは無く、ただただ、雰囲気が悪い。
何だろ、コレ。
コレが、ケガと病の違いだろうか?
もしかすると、何らかの毒素が体内に残っているのかも知れない。
初めて感じる違和感に、“感じの悪さ”の“元”を探してみる。
胸の真ん中からお腹の辺りに“感じの悪さ”が偏っているような気がする。
目に見えるわけじゃ無いから、あくまでも感覚的なものだけど、本当に薄い、濃淡の偏りと言えば良いのだろうか。
胸の真ん中って何が有ったっけ?
うろ覚えの人体標本イラストを思い出す。
胸の中心、胸骨に守られた内側に有るのが心臓で、心臓に隣接するように挟み込んでいるのが肺。
その直ぐ下に横隔膜が有って、その辺りの胸骨が終わった真下を 鳩尾(みぞおち) と呼ぶ。
横隔膜の直ぐ下に有るのは、前面側が胃で、背中側が、昨日、アンリカさんが傷付けられた肝臓。
確か、肝臓って左右対称じゃなくって片側に偏っていたはず。
その、肝臓が無い側の背中側に、何か臓器が有ったよね。
何て名前だっけ?
臓器の名前が思い出せない。
人間の内臓なんて食べることが無いから、忘れちゃうよね。
もう、名前は良いや。
兎も角、その辺の、どれかの器官が人体に有毒な物質を漉し取って排除する機能が有ったはずだ。
だったら、私が魔法を掛けるべき場所は、その辺りの臓器になるのだろうか。
「コレ」という特定の臓器だけでなく、その辺りの複数の臓器が痛んでいるのかも知れない。
毒に晒されて起きる機能不全って何だろう?
臓器で処理できる許容量を超えて溢れ出る?
違うな。そういうものでは無いと思う。
もっとシンプルに考えるなら、毒は人を殺すもの。
機能を壊されて、臓器が死ぬ?
それを、もっとミクロな視点で見れば、臓器の細胞を殺すのだろうか。
ケガを“戻す”場合、傷が出来るプロセスを“逆回し”にすれば、魔力を燃料にしたファンタジーパワーで“戻った”。
だったら、死んだ細胞を“戻せば” いいのか?
死んでいく細胞の様子って、どんなのだろ?
塩を掛けられたナメクジ?
違うな。
一瞬、漂白剤を掛けられたお風呂のカビのテレビCMの映像を思い出した。
あのCMだと、プチッとカビ菌の細胞膜が破れて縮み、漂白されたように見えたけど、どうなんだろ。
近いようで違う?
でも、毒素で細胞膜の破壊は有りそうかも。
溶血毒なんかが、それだよね。
血中の赤血球を壊せるのなら、臓器の細胞膜を壊すことだって有るのだろう。
逆に、細胞が死んだから細胞膜が破れる?
こっちも有りそうだよね。
元の毒がどんなものかも分からないし、時間が経っているのだから、問題はそこじゃないのかも。
それ以前に、テレサが解毒したのだから、そこをスキップして、死んだ細胞を生き返らせる?
そんなこと出来るの?
獲物にトドメを刺した後に治癒魔法を使っても、綺麗な死体が出来上がるだけで、獲物が生き返って走り回るイメージは無いな。
だって、生き物が死んだら、そこに残るものは有機物の塊でしか無いんだよ。
転生者の私が言うのも何だけど、私は死後の世界というものが想像できない。
生き物が死んだら意識というか、魂というか、そんなものは霧散して消えるものだと思っていた。
そうすると、今、ここに居る私は何なんだ? って、なるんだけど、居るものは仕方がない。
私という意識が有って、ここに居る以上、現状を受け入れないと生きていくことなんて出来なくなる。
矛盾してるなあ。
矛盾って言うか、私自身が、今の私が何なのかを理解していないんだよ。
生命とか死とか魂とか、宗教的な気配がすると嫌悪感が先に立って、無意識に考えることを拒絶しているのかも。
新興宗教の勧誘攻撃を受けて嫌な思いをした体験が、こんなところに影響するとは。
でも、有機物の塊を元に戻すだけなら出来そうに思う。
だって、それって、命とか魂とか関係なく、ただの物理現象じゃん。
臓器移植をするのに、死体から切り出された新鮮ピチピチの臓器が生きていて、そこに生き物の魂が有ると思う?
こっちの世界では死霊系の魔物が実在するらしいのが悩ましいところだけど、私は心霊的なオカルトを信じていない。
お肉は、お肉だ。
ただの有機物の塊でも、その機能が失われていなければ、移植先の人体で臓器は機能するんだよ。
だから、ただの物理現象なんだろう。
いや、生理現象? どっちでも良いか。
だったら、臓器を元に戻すことだって可能なはずだ。
出来ると信じろ。
死んだ臓器って、どんな感じになるんだろう?
黒くなって萎れるのかな。
萎れる?
それならイメージしやすいかも。
何かの記録映像か動画の定点カメラ早回し映像で、芽を出した植物が生長して、花が咲いて、萎れて、枯れる、そんなものを見た記憶がある。
それを“逆回し”にすれば、イメージできないか?
流れ出した細胞液はどうする?
古くなって悪くなったものを戻すのは、汚そうで嫌だな。
新しいのを注入してくれたり、しないかな?
謎に満ちた魔法のファンタジーパワーが補ってくれるものだと信じよう。
「・・・テレサ。イケる?」
「そろそろ・・・、あ。入りました」
テレサの魔力が王妃様の魔力の内側へと侵入し、全体へ広がるように浸透したことが、本当に微かな気配の変化で感じ取れた。
「・・・感じる?」
「薄く霞が掛かったように、ですけれど、嫌な感じがしますわ」
「・・・だよね」
テレサにも“悪いもの”の気配は「嫌な感じ」と感じられるようだ。
王妃様の魔力とは、ほんの少しだけ違う魔力が強くなったのが感じ取れる。
今、テレサは広げた魔力の手で”悪いもの”を掴もうとしているのだろう。
「なにか、くすぐったいというか、不思議な感じね」
「・・・私たちの魔力が王妃様の体内魔力の内側へ入っているだけで、王妃様のご意志に反して私たちが王妃様ご自身の魔力を動かすことが出来るわけでは有りません。害は有りませんから、ご安心ください」
「そうですか。分かりました」
穏やかな表情で頷く王妃様と対照的に、薄く目を開いて、見ているようで見ていない、目の焦点が合っていない様子のテレサの額には、薄らと汗が滲んできている。
極度に意識を集中しているテレサの姿を、王妃様は優しい目で見つめている。
王妃様の体内魔力と重なっていた「嫌な感じ」が、ズルッとズレたのを感じた。
掴めたかな?
はらはらと心配そうな表情で王妃様の様子を見つめ、両手で布を握りしめているメイドさんに、目を向ける。
「・・・準備をお願いします」
「「はっ、はいっ」」
メイドさんたちの表情が、不安そうなものから、強い使命感に満ちたものへと変わった。
テレサへと目を戻せば、目を閉じて集中しているテレサの額に、ぽつぽつと小さな玉のような汗が浮いている。
「行きます」
呟くように言葉にしたテレサが翳した両の手のひらを移動させる。
半身を起こしている王妃様の体に沿うように、下から上へと引っ張っていく。
王妃様の肉体にピッタリと重なって体内魔力が存在しているから、目を閉じていても、王妃様の体から翳した手のひらが外れることは無い。
もの凄く希薄な、それでも確実に存在する“悪いもの”を逃がさないように自分の魔力を浸透させて、テレサは一気に引っこ抜く。
瞼を閉じた王妃様の柳眉が苦しそうに歪められ、反射的に口元を手のひらで押さえかける。
「・・・王妃様、我慢しないで!」
私の声に反応したメイドさんが、王妃様の喉元で洗面器を構えて待ち受ける。