作品タイトル不明
古き血統 ①
第1城門前での事件で消耗したテレサと私の体内魔力の回復に万全を期すため、という名目で、王妃様の治療は、王様のお許しを得た翌朝―――、つまり、今朝、行うことになっている。
私たちの体内魔力は? と言えば、一晩も眠れば回復するものだし、夕刻に風ジェットカッターの1発や2発、使ったところで大した影響も残らないので、お料理教室を開く余裕さえ有った。
ヘイナーさんとメイドさんたちが昨夜の内に、王族居住区域に置かれている王家の厨房へと突撃することは聞いていたし、機嫌が良さそうなミリア叔母様の様子を見る限り、きっと、突撃したのだろう。
私たちとしては、見せたくない人たち―――、有象無象の王宮貴族や官吏に見せないのであれば、昨日だって、いつでも魔石の魔力を使って治療することは出来たのだけれど、王妃様が王宮関係者の反発を抑えるための配慮を求めた以上、根回しが終わるのを待つしか無かった。
それぞれが、必要が有って存在している肩書きの人たちで、「わざわざ反発を抱かせてまで強行する必要は無い」とする為政者の立場は分からなくも無いし、事実、国内の統治システムがガタガタになっているタイミングだからこそ、魔法術式学術研究院や王宮付きの治癒魔法術師への根回しを行う時間が必要だったのだろう。
そのために王妃様は「お母様たちの帰還を待て」と逸るテレサを宥め、お母様たちが権威を盾に睨みを利かせる状況を作ったわけで、有用性を認めてくれた王様も、私に言っていたように「見せる」ことも併せての根回しをしてくれたらしい。
そうして、今、王妃様のお部屋には、「関係者」が勢揃いしている。
シカでの解毒実験では顔の開口部―――、目・鼻・口、から排出されることが多かったため、王妃様の朝食前に行うことになり、露出が少ない私室用の楽なドレスを身に付けた王妃様のベッドの傍には、王様、お母様、ハロルド様、ルナリア、ミリア叔母様、アレイオス叔父様、バルトロイ様、王宮付きの治癒魔法術師、魔法術式学術研究院から派遣されてきた学者さん、王妃様付きの数人のメイドさん、そして、王妃様の実兄である騎士団長閣下が集まっている。
ベッドの右側に真剣な面持ちの王様と騎士団長閣下が立ち、ベッドの左側にテレサと私とルナリアとお母様が居る。
お手伝いをしてくれる王妃様付きのメイドさんたちも、ベッドの右側だ。
バルトロイ様や叔母様夫婦をはじめとした見届け人の方々は、枕元に重ねられたクッションに背中を預けている王妃様の正面、足元の側に立ち並んで見守っている。
王妃様のお部屋は、何とも言い表せない緊張感に満ちていて、空気が重い。
何度も治癒魔法を繰り返し施してきて、1年以上も快復しなかったのだから当然か。
今後、王宮内で王妃様やテレサが狙われるなど、万一の切り札として、魔石使用法を王宮の人たちやアカデミーの人たちには秘匿したいから、予定通り、テレサと私は自前の体内魔力だけで勝負する。
体内魔力には限りが有るし、確実性を少しでも上げたいから、昨日と同じでテレサの担当は解毒魔法、私の担当は治癒魔法で、分担して、やる。
緊張で、いつものように心の裡を押し隠すことが出来ていないテレサが、ベッドの際に立つ。
柔らかい目でテレサを見る王妃様の方が落ち着いていて、愛娘へ寄せる信頼が見える。
大丈夫だよ。
きっと、大丈夫。
テレサの背中をポンと叩いて私もベッドの際へ歩み寄る。
「・・・今から解毒と治癒を行うのですが、何をするかをご説明しますね」
「ええ。お願いね」
目を細めて微笑む王妃様に私も微笑みを返す。
施術前オリエンテーションだっけ? 術前? どっちでも良っか。
患者さんに情報を与えることで不安と緊張を取り除いて、パニックを抑制したり、何らかの不調を感じたときの対処法を教えたりの、予防的措置って聞いたことが有る。
日本のお医者さんは、その必要が有るから、そうしていたのだろうし、先人に知恵には学ぶべきだ。
自分の身体に何かをされる側の不安や抵抗感は、強制的に口をこじ開けられて虫下しを飲まされた経験がある私には理解できる。
私たちは、王妃様の魔力の質に私たちの魔力の質を似せる手法で王妃様の体内に干渉しようと言うのだから、王妃様には自分が何をされているのかを理解していて貰って、抵抗感を無くして貰った方が、魔法の効きが良いんじゃないかと考えたから、こうやって事前説明を行う。
「・・・今から、テレサと私は、王妃様の体内魔力の“質”に私たちの魔力の“質”を似せて、王妃様の体内に、直接、働きかけを―――」
「他者の魔力に干渉するなど不可能―――」
王妃様への説明が終わらない内に、袖口や裾にゴテゴテと刺繍が入った黒いローブを着たオジサンが声を上げ、お母様とバルトロイ様に本物の殺気を籠めた目で睨み付けられ、言葉を途切れさせる。
「黙っていろ」
「口を閉じていないと王宮の外へ放り出しますよ?」
「アカデミーが治癒魔法の見識を深めるために立ち会いたいと申し出たゆえ、許可したが、邪魔になるようなら放り出さざるを得ぬな」
王様にまで放り出すと言われてしまっては、オジサンも顔色を悪くするしか無い。
でも、そうか。
今の王様の口ぶりからすると、王様の根回しで見に来るように言われたのでは無く、オジサンの方から見に来たいと言ったのか。
意外というか、お母様たちから聞いていた前評判でイメージしていたよりも、見所が有るんじゃない?
「も、申しわけございません!」
「良い。黙って見ておれ」
「は、はっ」
小さくなって俯いたローブのオジサンを見ていて、オタクとかマニアとか呼ばれる人種の人たちを思い出した。
彼ら自身に、悪気というか、悪意は無いのだろう。
恐らくだけど、そういう人たちなのだ。
自分の興味と知識欲に忠実に、寝食の時間も忘れて黙々と知識を高め、自分の中で構築した理解というか、論理というか、信念というか、そういったものを語るときだけは早口で饒舌になり、異端者認定した相手を辛辣に、厳しく糾弾する文化の村の住人だ。
彼らが信じる宗教を否定しなかったり、同族認定されると、急に親切になったりする人たちなので、無害である内は、ただの面倒くさい人たちだ。
邪魔をしない限りは、そっとしておいてあげれば良い。
オジサンが黙ったので、王妃様への説明を再開する。
「・・・魔力の質を似せると言っても、完全に同一になることは有りません。似せているだけなので、異物感を覚えられることもあるでしょう。しかし、出来る限りで結構ですので、受け入れて、拒絶しないように心掛けてください。私たちの経験上、魔力の外側から魔法術式を掛けるよりも、内側から掛けた方が効きが良いのです」
「そういうことなのね。初めて聞く理論だわ」
目を瞬かせた王妃様は興味深そうに頷く。
オジサンもコクコクと頷いている。
王妃様もお婆様の生徒だったのだから、かなりの知識と魔法に対する理解があるはず。
「・・・昨日も同じ方法でアンリカさんの解毒と治癒を行って、効果を確認しております」
「私は異物感のある魔力に抵抗しないで、受け入れるだけで良いのね?」
王妃様の問う目差しに、しっかりと頷いて返す。
「ただ、ご注意いただきたいのが、体内の毒物をはじめとした“悪いもの”を引っ張り出す際に、出口となる場所が、目・鼻・口、となることが殆どです。出て来たものは、飲み込んだり隠そうとしたりせず、お手元の洗面器へと吐き出してください。―――、それは、お体に“悪いもの”ですから」
「分かりましたわ」
了承をいただいた王妃様から、メイドさんたちへと視線を移す。
「・・・お付きの方々は、出来てきたものが肌に付着したままになったり、お口の中に残ったりしないように、直ぐに拭き取ったり、お口を雪いでいただいたりするように準備をお願いします」
「承知しました」
緊張した面持ちのメイドさんたちも、しっかりと頷いて返してくる。
「・・・これで説明を終わりますが、何か、ご質問はございますか?」
「いいえ。貴女たちを信じて居ますから」
ふわりと微笑む王妃様の目に揺らぎは見えない。
やっぱり、強い人だ。