作品タイトル不明
蒼焔 ㊲
そうして雑談すること、ほんの数分。
「さあ、焼き上がりましたよ!」
「待ってたわ!」
トレイにスープ皿を何皿も載せたメイドさんたちが、どやどやとやって来て、空腹感で萎れかけていたルナリアが、シャキーンと復活する。
熱々なのだろうスープ皿は平皿に載せられていて、スープスプーンも添えられている。
スープ皿の中ではホワイトソースがグツグツと煮えていて、溶けたチーズにしっかりと焦げ目が付いる。
焼き上がったばかりのグラタンは、暴力的なまでに食欲を刺激する香ばしい香りを振り撒いている。
「・・・熱いから気を付けないとダメだよ」
「うん!―――熱ゥッ! でも、美味しい!」
早速、挑み掛かったルナリアは、グラタンの熱々カウンターパンチを食らっても怯まない。
ルナリアの様子を微笑まし気に見ていたハロルド様とお母様も、一口目を口に入れると予想以上の熱さだったのか、ハフハフしている。
「これは良いな。実に美味い」
「おう。この、熱いのが良い」
溶けたチーズの熱さに驚いた表情を浮かべていたハロルド様は、一転して破顔する。
軽くフウフウと息を吹きかけてから二口目のスプーンを口に含んだお母様も、目を輝かせて笑みを浮かべる。
ヘイナーさんやメイドさんたちも、初めて見るらしいグラタンに目を輝かせていて、クリームシチューとは違った美味しさに顔を綻ばせている。
みんなの表情を確かめた私も、スープスプーンで掬い上げたグラタンをフウフウしてから口へ運ぶ。
熱っ、うまっ。
口の中へ空気を吸い込んで温度を下げようと試みる。
このハフハフがグラタンの醍醐味だよね。
ハフハフする度に焦げたチーズとバターの香りが鼻腔を満たして蹂躙する。
とろとろで濃厚なホワイトソースに具材の味も染み出していて、旨味に深みが出ている。
鳩肉は探さないと分からないぐらいに量が少ないけど、気にならない程度には具だくさん。
どうなるものかと気になっていたうどんもホワイトソースが上手く絡んで、モチモチハフハフで十分に美味しい。
つるりと飲み込めて喉ごしも良いし、うどんは炭水化物の塊でもあるから、適度に「食べた」実感が有る。
口に含む度に香ばしい匂いが食欲を誘って、焼きたての暖かさが体の芯に熱を持たせる。
これ、良いよ。
コクも有るけど、アッサリめの食材ばかりだから、そんなに重たくないはず。
確か、グラタンって、カロリーもそんなに高くないんだよね。
「これは、是非、アマリリア様にも食わせてやりたい」
「きっと気に入るだろう」
真面目な顔でお母様がスープスプーンを握りしめ、ハロルド様も真面目な顔で頷く。
「早速、王家の厨房へねじ込みに行って参ります」
「ああ。頼む」
薄らと笑みを浮かべたヘイナーさんも目が笑っていないし、ハロルド様が重々しく頷いている。
何だろう? この無駄に緊迫した感じ。
お母様たちとヘイナーさんたちに、微妙に温度差というか、雰囲気にズレのようなものが有るようにも感じる。
グググと、お母様が握りしめているものがスプーンな時点で緊迫感も台無しなんだけど。
ルナリアは、と言えば、美味しさに満足したのか、咲き乱れるお花畑の背景が幻視できるぐらいにポワポワと緩んでいる。
これで良いんだよ。
美味しいものを食べてるときって幸せだからね。
まあ、ともかく、ホワイトソースが高評価なことだけは理解した。
とはいえ、料理のレシピやノウハウは地球人類の絶え間ない研鑽と蓄積した知識の結晶だから、褒められたところで私が偉いわけでも何でもなくて、私としては、王妃様に、元気になって貰いたいだけなんだけどね。
食べ終わったザルさんが空になったスープ皿を見つめながら呟いた。
「このソース、他にも応用できるのでしょうか」
「・・・できるよ?」
クリームコロッケ食べたいなあ、などと考えつつ、残りのグラタンを掬ったスプーンをパクリと咥えながら呟きに答えると、ザワリと厨房内の空気が揺らいだ気がした。
主に、メイドさんたちが。
「・・・んん?」
全員の視線が私へと集まっている。
私の方へと向き直った寸胴鍋さんが姿勢を正し、大真面目な顔で告げる。
そして、目力が強い。
「フィオレ様。その料理、教えてください」
「・・・い、良いけど。お手本を作って見せる時間が取れるか、分からないよ?」
「そうだったああああ!」
私たちのスケジュールを把握しているのか、寸胴鍋さんが頭を抱えて叫ぶ。
クリームコロッケとか、ホワイトソースパスタとか、オムライスのホワイトソース掛けとか、ラザニアとか、覚えているレシピは、まだ、いくつかは有るけどね。
パスタ類も再現したいなあ。
でも、パスタも小麦粉が主成分のくせに、うどんほど消化が良くないんだよ。
緊急で王妃様に食べさせてあげたいメニューは教えたけど、消化に良いとは思えないメニューは緊急性が低い。
身内だし、寸胴鍋さんたちにはお手伝いして貰ったし、教えること自体は構わないんだけどね。
「・・・ウォーレス領に帰ってきたときとか、時間が取れれば、いつでも教えるよ?」
「絶対ですよ!? 約束ですよ!?」
近い、近い、顔が近い!
何、この圧の高さ。
予想外の必死さに仰け反る。
「・・・わ、分かったけど、どうしたの?」
「ああ。ロス家の委託統治領は、今年、小麦が豊作だったのだったか」
記憶を探ったハロルド様に、メイドさんたちがクワッと目を剥いた。
「豊作じゃないですよ! 王妃殿下の暗殺未遂や諸々のお陰で、みんなが手を取られて作付けの計画を農民の自主性に任せたら、手間が掛からない小麦ばっかり作って“融和派”領地を笑えない状況になったんです!」
「そうですよ! ほんと、バカなのかと!」
「売っても安値だし、どうする気なのよ!」
悔しそうに拳を握りしめてメイドさんたちが吼えて、ハロルド様も仰け反っている。
「・・・つまり、“融和派”領地みたいに小麦が余っていると」
「「「そうなんです!」」」
他人事じゃなかったのか。
メイドさんたちがハモり、ヘイナーさんは申し訳なさそうな顔をする。
デキるモテ紳士じゃなくモテるダメ紳士だった。
ちょっと親近感。
統治を任されているロス家としては、目が行き届かなかったことは失政になるんだね。
「言い訳にしかなりませんが、父上も忙しかった様子ですし、今年は皆が王都に貼り付きっ放しでしたからね」
「一昨年から色々と続いたからな。済まんが、領内での小麦の消費を増やす料理を教えてやってくれるか?」
失政だと責める気が無いらしいハロルド様と、大目に見て貰ったヘイナーさんが眉尻を下げている。
ピーシス家と同等に、ウォーレス家にとって大切な家なら仕方ないか。
小麦の消費量を増やす、ね。
パスタ類とフライもの系だけでも、結構、小麦粉は使うよね?
そういや、お米を見つけないとオムライスは無理なのか。
上手くソースを合わせられるなら、決戦兵器として粉モノの再現に挑んでも良いな。
ケールの発見でキャベツへ繋がる道も見えたところだし。
「・・・分かりました。任せてください」
ロス家の人たちは王都で王宮の動きを探ってくれて、さらには王家を助ける役割も担っているのなら、私にとっても大切な仕事をしてくれる人たちだ。
ワールターさんにはお世話になってるし、協力するよ。