作品タイトル不明
蒼焔 ㊱
「フィオレ様。茹で上がりそうなのですが」
「・・・あ、しまった。ザルに揚げたいんだけど」
ピピオさんとは別のメイドさんが小さく手を挙げた。
「お持ちします」
「・・・お願い」
ニコリと笑うメイドさんにザルを取ってきて貰う間に、ピピオさんと一緒に竈へと戻る。
「どうでしょうか?」
木勺2本で挟んで掬い上げられたうどんの先っぽを、少し千切って口に運ぶ。
しっかりとした歯ごたえでコシは強めだけど、普通に手打ちうどんだね。
芯は残っていないから大丈夫だろう。
煮込みうどんに使っても良いと思う。
取りに行ってくれていたメイドさんが排水口の上にザルを設置してくれたから、魔力の手で寸胴鍋を掴んで火から下ろす。
ザルの上で寸胴鍋を傾けてザバーッと茹で汁ごとうどんを揚げると、熱い湯気がもうもうと厨房内に立ちこめた。
木勺を握ったままの寸胴鍋さんが、宙に浮く熱々の寸胴鍋を見つめながら口を開く。
「それ、魔法ですよね?」
「・・・ん? 魔法では無いんじゃないかな。魔力で掴んでるだけなんだけど」
寸胴鍋さんは、ぱちくりと瞬く。
「魔力で掴めるんですか?」
「・・・掴めてるけど。ヘン?」
「いいえ。ただ、便利そうだな、と」
寸胴鍋さんだけでなく、ピピオさんとザルさんもコクコクと頷いている。
「・・・やってみれば出来るもんだよ」
便利・・・。便利、か。
そう言われてみると、工夫すれば他にも転用できそうだよね。
新鮮な反応を返してくれる人が居ると、こっちも気付かされることが有るってことか。
魔力の手で何が出来て、何が出来ないか、検証したことは無かったから、ちゃんと検証してみるべきだよね。
ザルの上にジャバジャバと水を出して、うどんを洗って滑りを取る。
うどんを1本取り上げて、改めて出来を確認する。
ヨシ。ちゃんと、うどんになってる。
乳白色よりも幾分か小麦の色が出て黄色がかった麺は、つるつるで弾力があってコシが強そう。
うどんって歴史が古いんだよね。
うどんは日本人のソウルフードだと私は思っている。
うどんの発祥には諸説有るんだけど、何でもかんでも大陸渡来の文化としたがる日本の学説に何となく反発があって、私は奈良県発祥の「 餺飥(はくたく) 」起源説を信じていた。
というより、大陸文明よりも遙かに古い、1億4000年前から日本列島全土で4000年間も続いた縄文文化を 尊敬(リスペクト) していた。
私に言わせれば、西日本を征服していた粉モン文化だって、元を辿れば縄文時代の穀物粉食が発祥だよ。
DNA的にも大陸民族と縁がないのが大和民族なのに、なんで大陸と無理やり引っ付けて考えたがるのか。
おっと。縄文文化に思いを馳せると長くなるから忘れよう。
異世界人にジョブチェンジした今の私には関係の無い話だ。
空になった寸胴鍋もサッと洗ってうどんを戻し、いくらか水を貯めてうどんを泳がしておく。
ほうれん草と人参を洗って、ついでで洗った手鍋3つに水を溜めて竈の火に掛けておく。
直ぐにお湯が沸くだろうから野菜を切っておかないと。
ほうれん草は5センチメートルほどで、ざく切りに。
玉葱は皮を剥いて、くし切りに。
人参も皮を剥いて乱切りに。
モモ肉は、ちょっと量が少ないけど、骨から外して細かく切っておく。
丁度、お湯が沸いたから、玉葱と人参は別々の手鍋へ投入。
ほうれん草はサッと湯通ししただけで、お湯を捨てて水に潜らせる。
空いた手鍋にバターとモモ肉を入れて焦げないように軽く炒めつつ、火が通った玉葱をお湯から揚げてモモ肉の手鍋に投入。
バターと肉汁を絡めるように玉葱を混ぜる。
人参も火が通ったらお湯から揚げて、ほうれん草と一緒にモモ肉の手鍋に追加する。
具材が潰れないように掻き混ぜて、そこへ冷めてプルプルになっているホワイトソースを投入した。
見た目は固めのクリームシチューみたいだけど、グラタンソースだ。
泳がせておいたうどんを水から揚げて、こっちも5センチメートルほどの長さに切る。
この長さならフォークやスプーンでも食べやすいだろう。
こっちの世界の人がお箸を使えるとは思わないし、麺類に馴染みが無いならハードルを下げておいた方が良いだろう。
グラタンソースにうどんも投入して絡ませる。
グラタン皿は無いだろうから、もう一度、作業台に人数分のスープ皿を並べて貰って平均量で盛り付けた。
少なめに作ったつもりだったけど、うどんを足したら、それなりに量が増えたね。
クリームシチューで使ったチーズの残り半玉を、削ぎ切りにして、たっぷりとグラタンソースの上へと落として行く。
「・・・後は仕上げに、オーブンでチーズに焦げ目が付くまで焼くだけだよ」
「では、私たちで仕上げさせていただきます」
「・・・えっ?」
ザルのメイドさんの申し出に、寸胴鍋さんとピピオさんも頷いている。
「お疲れになったでしょう? フィオレ様は、お休みになっていてください」
「・・・あ、うん。じゃあ、お願いします」
人好きのする笑みを浮かべるメイドさんたちの申し出を素直に受け入れる。
私じゃなきゃ出来ない部分は、もう終わったからね。
焼き色が付くまで見張るぐらい、誰にでも出来る。
任せられる部分を任せるべきなのは、ピーシーズとの付き合いで私も理解している。
それもまた、円滑な人間関係を築くコツだ。
「お疲れさん」
「・・・ゴメンね。長い時間、待たせて」
ぐりぐりと撫でられていたら、ハロルド様も首を振る。
「まだ1時間を過ぎたぐらいだろう。こんなもの、待った内に入らん」
「珍しい料理を食えたしな」
「そうだな」
ニヤッと笑うお母様に、ハロルド様もニヤリと笑い返す。
「次の料理って、どのぐらいで出来るの?」
「・・・10分間も掛からないと思うよ」
「そうなのね!」
中途半端に食べて、余計にお腹が空いちゃったかな?
待ち時間の終わりを知って、切なそうだったルナリアの表情がパァッと輝いた。
これ、グラタンぐらいじゃ満腹にはならないんじゃ?
シチューの一皿ぐらいで満足するようなお腹じゃないからね。
王城に戻ったら普通に夕食を要求しそうだよね。