軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蒼焔 ㉚

「・・・ヨシ」

「何から始めますか?」

腕まくりもしたし始めるか、と、気合いを入れて作業台に向き合ったら、ヘイナーさんも手鍋とカップを持ってきた。

あれ? 今、厨房から出て行ったよね?

お母様の方を見ると、しっかりと紙とペンが手渡されている。

マジで仕事が早いな、この人。

「・・・ヘイナーさんも、やるの?」

「フィオレ様の代わりに動ける者が居た方が良いでしょう」

ヘイナーさんが覚えて、私の代わりに布教活動をしてくれるってこと?

やるな、お主。

そこまでは考えていなかったよ。

「・・・すごく、助かる」

「ところで、これは?」

何を作るのか、って意味かな?

私が口を開く前に、お母様が口を開く。

「食欲の無いアマリリア様に食べていただく料理だそうだ」

「でしたら、尚のこと、私も覚えた方が良いでしょう」

目元を緩めてヘイナーさんが頷く。

「頼む。王城の厨房に覚えさせたい」

「どう言った形をお考えですか?」

軽く首を傾げたヘイナーさんに、お母様がヒラヒラと手首を振った。

「私が古い文献から発見した料理を再現した、とでもすれば良い」

「承知いたしました。ミリア様のご協力もいただけるのであれば、難しくないでしょう」

内容を反芻したのか、何度か小さく頷いたヘイナーさんは、私の隣りに並んで作業台に向かって立つ。

中身を確かめようと金属容器の蓋を開けてみると、大きなものは小麦粉だね。

レティアでも王城でも、出て来るパンは白いから、全粒粉の小麦粉では無いと思っていたけど、小麦粉が白くて安心した。

問題は、この小麦粉の種類が、強力粉なのか、中力粉なのか、薄力粉なのか。

小麦粉の種類の違いは含まれるタンパク質―――、グルテンの量の違い。

グルテン量の違いを「力」の違いとして言い表していて、小麦粉の「力」の強弱で調理したときの「粘り」が変わる。

こっちのパンは日本のパンほどフワフワもちもちじゃないから、中力粉か、それに近い品種だと思うんだけどね。

フワフワもちもちのパンが食べたければグルテン量が多い強力粉を使うのが良いし、強力粉でうどんを打つとコシが強すぎて固くなる。

こればっかりは、調理してみて確かめるしか無いだろう。

小さな方の金属容器はお塩とバターだった。

お塩はピンク色掛かって見えるから、たぶん、粉末状にまで砕いた岩塩だね。

バターは、恐らく、無塩バターだと思う。

ミルク缶っぽいのはミルクだろう。

一応、蓋を開けてみたけど、特に臭みは無いから牛乳じゃないかな。

ミルクってヤギの乳や馬の乳が一般的な地域が有るらしいけど、牛乳以外を飲んだことが無いから、後で味見してみる必要が有るね。

取りあえず、今は、うどん。

「・・・じゃ、始める。2人前―――、二人分ぐらいの目安で行くね」

「はい」

空のカップ二つに、1カップ分―――、200ミリリットルぐらいずつ、魔法で水を出す。

そこへお塩を20グラム。

滅茶苦茶うろ覚えだけど、大さじ1杯で、そのぐらいの目分量だったと思う。

「・・・先に、水にお塩を溶かして、濃度10%の塩水を用意しておく」

カップの中に水流を起こして、目分量で放り込んだお塩を溶かす。

塩分濃度が高いと生地が固くなるんだけど、この程度は誤差だろう。

多少、失敗しても、うどんソムリエがいるわけでも無いのだから、プロの料理人たちが切磋琢磨して上手く調整してくれることだろう。

「10ぱーせんと、ですか?」

「・・・1割のことを10%って言うんだよ。10分割で1割でしょ? 100分割の1割で10%。今の場合、大体の重さで、水が10に対してお塩が1の比率って覚えれば良いよ」

異世界単位との言い間違いを気せず説明できるのって楽だねー。

「ふむふむ。重さで10に対して1、と」

「・・・塩の量で生地の固さを調整できるから、出来上がりの食感が固ければ、少しだけ塩分を減らしてみるとか研究してみて欲しい」

「承知しました」

ヘイナーさんは耳で聞いたことを頭で記憶しているみたいだけど、私の説明をお母様が聞き取ってメモってくれているのが、ペンを走らせる音で分かる。

私は自分の仕事に集中しよう。

金属容器の小麦粉を、ざっくり目分量でカップ3弱ぐらい手鍋に取る。

「・・・目分量だけど、小麦粉は、このぐらい」

「この目安は、もう少し分かりやすくは、なりませんか?」

目安ね。

1カップって、どのぐらいだろ?

単位の「カップ」ってカップだもんね。

「・・・んー・・・。ティーカップに注ぐ、お茶の量で3杯ぐらいかな」

「それは分かりやすいですね」

ヘイナーさんが納得したのなら、それで、ヨシ。

次、行くよ。

「・・・この小麦粉に、塩水を少し入れて、手早く馴染ませて」

カップの塩水を3分の2ぐらい手鍋に回し入れて、シャカシャカと掻き混ぜる。

似よう見まねで作業に掛かるヘイナーさんが首を捻っている。

「こんな感じでしょうか?」

「リンゴを掴むように指を立てて混ぜると、やり易いよ」

「こうでしょうか?」

ヘイナーさんもシャカシャカし始める。

うん。そんな感じ。

私の方も、残りの塩水を投入してシャカシャカを再開。

「・・・水分が多いと、べちゃべちゃになるから、少なく思うぐらいの感じで良いよ。―――、で。小麦粉が散らない程度に馴染んだら、ほんの少しずつ塩水を足して、こんな感じの小さな粒々になるぐらいまで水分を調整する」

私の手鍋の中をヘイナーさんに見せる。

私の小麦粉は適度に水分が馴染んで米粒サイズのパラパラになっている。

「例えば、ですが、水分が多くなってしまった場合、どうすれば?」

「・・・少しだけ小麦粉を足して水分を減らすと良いよ」

「なるほど。道理ですね」

私と話しつつもシャカシャカしているヘイナーさんの小麦粉も、良い感じにパラパラになっている。

そういう私はシャカシャカを終了して、手鍋の中で手元の作業へと移る。

「・・・塩分で小麦粉に粘りが出て来たら黄色っぽく色が変わるから、手鍋の中で一纏めにするんだよ」

「これで、よろしいでしょうか」

私が纏めた生地を手鍋から取り出すと、ヘイナーさんも纏めた生地を取り出した。

まな板の上に打ち粉―――、金属容器の小麦粉を少し手に取って薄く振る。

「・・・うん。後は、調理台の上で捏ねていく」

「パン生地のようですね。ですが、パン生地のようにベタ付きません」

「・・・材料にバターが入っていないからね」

ヘイナーさんは手慣れた感じで生地を捏ねている。

対する私は膂力に劣るので身体強化魔法を使わないと捏ねられない。

こればかりは仕方ないな。

私の体が成長した10年後にリベンジだ。

生地の練り方は、いわゆる“菊練り”ってやつ。

「・・・そうそう。パン生地と同じように捏ねれば良いよ。外側部分をギュッと内側に押し込むように。押し込んだら生地を少しだけ回して、また外側を内側へ押し込む。生地に粘り気が出てきて、ひび割れが出来なくなったら暫く生地を休ませる」

「生地を寝かせるのですね? どのぐらいの時間でしょうか」

「・・・今は冬で気温が低いから、1時間ぐらいかな」

この人、お母様みたいにメモってないけど、ちゃんと記憶できてるんだろうか?

私が手打ちうどんの作り方なんてものを覚えているのは、子供の頃に覚え込んだからだよ。

腹ペコ原始人が何とか食料事情を改善しようと、食い入るように「手打ちうどん動画」を何十回も繰り返し視聴したから、20年近く経った今でも鮮明に手順を覚えてる。

原価計算してみたらスーパーの茹でうどんを買った方が安いことに気付いて、当時は自作を諦めたんだけど、大人になって就職して、山菜採りが趣味になった頃に、自家製手打ちうどんには数回挑戦したしね。

「お茶になさいますか?」

生地を捏ね終えて一息吐いた私をヘイナーさんが気遣ってくれる。

休めに掛かった生地が乾燥しないように、固く絞った濡れ布巾まで掛けてくれた上でのモテ紳士ムーブだよ。

いつの間に布巾を絞ったんだろう?

神出鬼没のモテ紳士に勝利するには休憩している余裕は無い。