作品タイトル不明
蒼焔 ㉙
ヘイナーさんの先導で、階段左脇の廊下へと進む。
そこでルナリアが言った。
言ってしまった。
「ねえ、お父様。王都邸ってヘイナーしか居ないの?」
「いや。居るぞ」
「でも、人の気配がしないんだけど」
それ! それだよ! さすがルナリア!
私が訊きたいことを訊いてくれた!
特攻隊長ルナリアに乗っかって私もぶんぶんと頷く。
「今、王都邸で勤めているのは30人ぐらいだったか?」
「警衛の者も含めれば52人ですね」
話を向けられたヘイナーさんが、淀みなくお母様に答える。
「そんなに居るの!?」
「王都邸では、家人の姿が見当たらなくとも、お呼びいただければ直ぐに誰かが参りますよ。―――、ほら」
ヘイナーさんが示した手のひらに釣られて廊下の先へと視線を戻すと、揃いのお仕着せを着たメイドさんが3人、廊下の端に寄って頭を下げている。
「・・・いつの間に!?」
全く気配が無くて、いつ、どこから現れたのか気付かなかったよ!
メイドさんたちの傍を通り過ぎながら「スゲー!」と感心していたら、目が合ったメイドさんにニコリと微笑まれた。
王都邸は、オカルト屋敷じゃなく、忍者屋敷だった!!
私たちの反応に、ハロルド様とお母様が顔を見合わせて笑った。
「覚えておきなさい。ロス家はウォーレス家の情報管理部門を統括している」
「・・・諜報?」
私の口を衝いて出た言葉に、ハロルド様が頷く。
「そうだ。今でこそ、ワールターも一線を退いてレティアに居るが、父上が王都騎士団の任に就いていた頃は、裏の仕事はワールターが担っていた。表向きはレティアとの連絡役となっているが、それだけでは無い」
「有事に王家の王都脱出を手助けするのもロス家の役割だからな。表がピーシス家だとすれば、裏がロス家だと思え」
「「ふあー」」
情報を集めて連絡役をして、「裏」ってことは暗殺なんかもするのかな?
そして、脱出路の確保か。
素直に驚いていたら、ヘイナーさんの目が私へと向いた。
「フィオレ様は、魔法道具の解析と研究に当たられるとか?」
「・・・えっ!? なんで知ってるの!?」
その話、ついさっきのことだよ!?
「この程度の情報でしたら、どうとでも。―――、と、言いたいところですが、ミリア様から伺いました。何でも、例の“姿を消す魔法道具”を調べる許可を、陛下からいただかれたと」
ヘイナーさんが、イタズラっぽく微笑む。
なんだ。ミリア叔母様か。
「・・・はー。びっくりした」
「上手く複製できましたら、こちらにも融通してくださいね」
んん? 今、サラリと凄いこと頼まれなかった?
返事に困ってお母様を見ると、渋い顔で首を振っている。
あの魔法道具の所有権は王様に有るのだろうから、勝手に複製するのは拙いよね?
出来るかどうかも分からないんだけど。
「・・・ええっと。ぜ、善処します?」
「あまり困らせてやるな。陛下との交渉は私も協力してやるから、大人しく待っていろ」
「これは失礼を」
お母様にジロリと睨まれても、ヘイナーさんは平然としている。
日本の歴史上でも忍者って諜報員だったんだよね。
この、気配が無い人たちの姿が見えなくなるの?
怖ええええ!
なんちゃって猫耳ニンジャじゃなく、プロの忍者。
絶対に敵に回しちゃいけない人たちだよ。
怖いから、できるだけ仲良くしよっと。
廊下に並ぶ扉と腰壁は落ち着いた色の濃いブラウンで、壁と天井は真っ白な漆喰塗りの内装になっていて、現代日本でも通用しそうなお洒落具合。
地球の歴史上の欧州文化と違うのは、その質素さぐらいかな。
個人的には〇〇調とかいうゴテゴテぎらぎらの装飾は目がチカチカして頭が痛くなってくるから、このスッキリさにこそ好感が持てる。
壁や天井なんてシンプルなのが一番だよ。
ヘイリーさんが、廊下の突き当たりの、観音開きの扉を開けると正に厨房って感じの広い部屋だった。
この部屋の壁は漆喰が塗られていない石壁で、床も石畳になっているのは、防火面とか衛生面とかが理由だろうか。
右手の石壁には横木が何本も据えられていて、取っ手が付いた手鍋やフライパンをはじめ、様々な調理器具が整然と吊されている。
反対側の壁は、一面、ガラス格子の扉が閉まった食器棚になっていて、真ん中の広いスペースには、領主執務室の大机並みに大きな作業台が鎮座している。
一番奥の突き当たりの壁に据えられているのが調理で火を使う場所かな?
冷蔵庫っぽいものが見当たらない他には、学内食堂や社員食堂と較べても見劣りしない、恐らく、20人ぐらいが同時に動き回っても問題無さそうな調理場だよね。
お仕着せの上着を脱いだヘイナーさんがシャツの袖を腕まくりする。
「食材は何が必要でしょうか?」
「・・・小麦粉と、お塩と・・・、あと、バターとチーズとミルクは有りますか?」
「ご用意します」
「・・・ちょっと厨房内を見せて貰って良い?」
「どうぞ」
返事を残してヘイナーさんが食器棚の向こうの扉へと消えたので、気になった調理場所へと行ってみる。
石造りで腰丈の作業台っぽく見えるものには、足元の少し凹んだ位置に小窓が付いた鉄扉が5つ並んでいて、鉄扉の真上の台上に取っ手が付いた丸い鉄板が乗っている。
これは竈だろうね。
足元の鉄扉と鉄扉の間には、ビッシリと薪が詰まっているから間違いないはずだ。
壁に埋まった金庫みたいな鉄扉が4つも並んでいるのはオーブンストーブかな。
クラシカルなイメージだけど、上下にも複数の鉄扉が並んでいるから、下段で燃料を燃やして炎と煙が上段を通って排煙される構造と見た。
まあ、大体、この手の窯は下段で薪を燃やして上段に料理を放り込む形だろうから、使い方は想像が付くよ。
消火設備を兼ねているのか、竈の端っこには、たっぷりと水が溜められた大きな水瓶が置かれていて、洗い場のように開けられたスペースの床には排水口と思われる穴が開いている。
ついでだから、腰のポーチからハンカチを取り出して、魔法で水を出しつつ手を洗っておく。
丁度、そこへ、牧場で使うミルク缶の小型版のような金属容器と押し入れケースの小型版のような金属容器を両脇に抱えたヘイナーさんが戻って来た。
「・・・これ、燃料は、薪だよね?」
「薪です。お使いになりますか?」
「・・・後でね。ところで、料理のときに、ハカリって使う?」
「はかり、ですか?」
ヘイナーさんが首を傾げた。
あ、そっか。
食肉加工場でも「ハカリ」では通じなかったんだった。
「・・・天秤って言えば分かる?」
「天秤なら分かりますが、料理人は使いませんね」
え? 使わないの?
「・・・料理人は分量を、どうやって決めるんだろ?」
「目分量ですね。分量の知識も料理人の技術の内です」
「・・・なるほど。調理器具を使わせて貰っても?」
料理人も職人の一種だもんね。
作業台に荷物を置きつつ答えるヘイナーさんに、壁を指して見せる。
「何なりと。どれを使われますか」
「・・・そこの手鍋とカップを。あと、作業台で生地を捏ねたいから、綺麗な板が有れば」
私の身長では手が届かないと見たのか、作業台の向こう側から回って来たヘイナーさんが、代わりに手を伸ばして取ってくれる。
「どうぞ、お使いください」
「・・・あ、ありがとう」
丁寧に両手で差し出された手鍋とカップを受け取る。
紳士じゃ。紳士がおるぞ。
ブヒッ。
免疫が無い私には眩しすぎる。
私の目を潰すつもりか。
男の人に、こういう対応をされることに慣れて居なさ過ぎてリアクションに困るよ。
しかも、気付かない内に作業台の上には、先ほどの金属容器よりも二回りほど小さな金属容器が三つ増えていた。
そして、まな板らしき大きな木板を引っ張り出してきて、テキパキと作業台の上へ設置してくれる。
さらには、大人用の作業台では身長が足りない私のために、足元に木箱まで置かれている至れり尽くせり。
忍者で紳士な上に仕事が早いとか、なかなかの強敵。
森へ誘い込んでワナに掛ければ勝てるかな。
ナチュラルに紳士ムーブを繰り出し、何気に全身からモテ・オーラを発散しているヘイナーさんって、絶対にモテると思う。
イケメンも、どこに居るのかが分からないと爆発させられないからね。
「紙とペンも持って来させてくれ」
「承知しました」
強敵の出現に身震いしている場合じゃ無かったね。
お母様からの要求でヘイナーさんが厨房から出て行った隙に、腕まくりしようと上着を脱いだら、いつの間にか傍に来ていたお母様が、ひょいと上着を回収して行ってくれた。