作品タイトル不明
蒼焔 ㉘
廊下へ続く扉の脇に置かれたチェストの上の小さなハンドベルを鳴らすと、ほんの2~3分で先導メイドさんが来てくれる。
王都邸へ顔を出してくる、と、ハロルド様が告げると、先導メイドさんは私たちを南の出入口まで先導してくれて、どういう情報伝達システムなのか、直ぐにハロルド様とお母様の馬が牽いて来られた。
ちゃんと3階層の階段ホールで剣やナイフも返してもらってるよ。
いつも通り、ルナリアはハロルド様の鞍に乗せられ、私はお母様の鞍に乗せられる。
ていうか、護衛も連れずに外出するの?
「・・・エゼリアさんたちは呼ばなくて良いの?」
「情報が広まるだろうが。王都邸は、すぐそこだしな」
「・・・あ。そっか」
出入口の前から王城の外壁に沿って5分ほど馬に揺られると、大きな敷地を高さ3メートルの金属柵で囲ったデッカい3階建ての邸宅の傍を通り掛かった。
左右対称の―――、えーっと、こういうの何て言うんだっけ?
ルネッサンス様式? バロック様式だっけ? よく覚えて無いな。
ハロルド様が、その邸宅を指す。
「ここが、ウォーレス家の王都邸だ」
「「ほえー」」
この建物だったか。
ほんと、直ぐだったね。
南の出入口から東へ400メートルぐらい?
王城を出て3軒目のお屋敷がウォーレス家の持ち物らしい。
いちいち馬に乗らなくても、散歩がてらに歩いて来られる距離だけど、護衛を連れていない以上、襲撃を受けるなど、万一のことを考えれば馬の方が良いのか。
石材を中心に、いくらかの木材と漆喰っぽい建材を組み合わせた建物に、ゴテゴテとした飾り気が無い辺りは、高級さが滲み出ていてお洒落っぽい装飾が所々に施されているのにスッキリとした、王城の中と同じようなイメージを受ける。
レティアの領主館と違って軍事色を感じさせない王都邸の広い庭には、高木が植えられて居らず、柵の足元に大人の腰丈ほどの低木がぐるりと植えられている他は、美しく刈り揃えられた芝生だけという、何ともガランと―――、ゲフンゲフン。
とてもサッパリとしていて潔い庭が、実にウォーレス家らしい。
この庭、有事には兵馬を入れて駐屯地に使うとか、絶対、そんな用途なんだと思う。
そういう目で見てみれば、敷地を囲う鉄柵も、ガッチリとした造りでメチャクチャ頑丈そうに見える。
正門らしき大きな門に近付くと、敷地内の門の両脇に置かれた小さな小屋から衛兵っぽい兵士さんが出て来た。
この小屋、日本でも門扉の傍で守衛さんが籠もっているボックスみたいなものか。ボックスは門扉の反対側にも置かれていて、そっちのボックスからも兵士さんが出て来た。
兵士さんたちがハロルド様とお母様の姿を認めて、領軍と同じ敬礼をする。
「これは、ご領主様」
「ヘイナーは居るか?」
馬上のハロルド様に頷いて返した兵士さんが、急いで門扉に取り付いた。
「お待ちを。先ず、門を開けます」
「うむ」
もう一人の兵士さんは、先に屋敷の正面口へと走っている。
内側へ引いて開かれた門扉の間を馬が通って屋敷へと向かう。
馬から降りてハロルド様とお母様が手綱を兵士さんに手渡したところへ、扉を開けてハロルド様よりも少しだけ若い感じの男性が出て来た。
王都邸に常駐している執事さんかな?
この人も、ウォーレス血統の色だ。
髪をキッチリと撫で付けたお仕着せの男性は貴族式の礼を取る。
「ハロルド様、フレイア様。お帰りなさいませ」
「おう」
「急に済まんな」
「何を仰いますか」
正面口の扉を大きく開けて迎え入れられ、私の背中を押しながら片手を挙げて応えるお母様は、ここでも平常運転だ。
ルナリアの背中を押して通り過ぎながらポンと男性の肩を叩いたハロルド様に、男性は首を振る。
正面口の扉を潜ると広いエントランスホールだった。
縦横高さと体育館並みの空間の奥、扉の正面に2階へと上がる階段が有って、階段の両脇に1階の部屋へと続くのであろう廊下が見えている。
ルナリアと向き合った男性は、胸の高さまでも身長の無いルナリアに、胸に手を当てて一礼をする。
「ルナリア様。お久しゅうございます」
「久しぶりね! 元気そうで安心したわ!」
へー、ルナリアも面識が有る人なのか。
初めて会う人なのに、どこかで会ったことが有る感じを受ける人だな。
そんなことを考えていたら、男性の目が私へと向いた。
「こちらが?」
「フィオレだ」
お母様の答えに男性が目を細める。
私と向き合った男性は胸に手を当てて丁寧に頭を下げた。
私も慌てて頭を下げる。
「私は、ヘイナー・ロスと申します。お見知り置きを」
「・・・フィオレ・ピーシスです。よろしくお願いします」
ロス? どこかで聞いた家名のような?
「フィオレ。このヘイナーは、ワールターの長男だ。レティアと王都邸の遣り取りを管理している」
「・・・ワールターさんの」
お母様の補足にヘイナーさんは柔らかく微笑む。
お父様とよく似た笑い方だ。
物腰も確かにお父様に似ている。
ハロルド様が手のひらでヘイナーさんを示す。
「王城での信用も有るし、顔も広いから、王都で何か有ったときはヘイナーを頼ると良い」
「ルナリアもな」
「「はい」」
ハロルド様とお母様の念押しに、ルナリアと二人で頷いた。
微笑ましげに私たちを見ていたヘイナーさんがハロルド様に向き直る。
「それで、ハロルド様。如何なさいましたか?」
「フィオレに厨房を使わせやってくれ」
ハロルド様が、ポンと私の背中に手を置いた。
ヘイナーさんがハロルド様に問う目差しを向ける。
「厨房を? 情報封鎖が必要そうですね」
「そうだ」
「・・・ん?」
頷くハロルド様のお顔を見上げる。
二人の間に暗黙のままで意思の疎通が成立している気がする。
私の疑問にお母様がぐりぐりで答えてくれた。
「ヘイナーはワールターと情報を共有しているから、心配するな」
「・・・ん。分かった」
そういうことか。
ヘイナーさんの前では私も秘密にする必要は無いと。
気楽に行けるなら私も助かるよ。
お母様と私の遣り取りが終わるのを確認しつつヘイナーさんも頷く。
「承知しました。直ぐに始められますか?」
「ああ。王城から長く離れて目立ちたくない」
「でしたら、急ぎましょう」
ニコリと笑うヘイナーさんは、手のひらで私たちを誘った。
ヘイナーさんの先導で、階段左脇の廊下へと進む。
そう言えば、このお屋敷の中って、人の気配が無いね。
門番をしている兵士さんは居たけど、屋内に入ってからはヘイナーさんしか人の姿を見ていない。
ここで気付いた。
人気の無い廊下に 私たちの(・・・・) 足音が響いている。
私たち だけ(・・) の足音が響いているんだよ。
意識を集中して耳を澄ませても、ヘイナーさんの足音が聞こえない。
エゼリアさんたちも足音を立てないけど、慣れてくると気配は分かるんだよね。
目の前を歩いているのに、ヘイナーさんからは、その気配が感じ取れない。
衣ずれの音も聞こえないんだよ。
これは・・・、オカルト的な?