軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蒼焔 ㉗

拝謁の後、ミリア叔母様は例によって姿を消し、私たちは、私の部屋でお茶を飲んでいた。

「うどん? うどん、とは何だ?」

テレサが王妃様の部屋へと治療実施の報告に行ったので、今、この部屋の中に居るのは、お母様と、ハロルド様と、ルナリアと、私の4人だけ。

テレサは暫く戻ってこないだろうし、私の秘密を知る人だけでの家族会議だ。

そこで、王妃様の食事に対する懸念を払拭しようと質問をぶつけてみたところ、返ってきたのが、お母様の怪訝そうな顔だ。

そっか。うどんは無さそうだね。

名前が違うだけ、って可能性も有るけど。

「・・・小麦粉を捏ねて作る、胃腸が弱った人でも食べやすい、消化の良い食べ物」

「胃腸の? ああ、アマリリア様のことか」

お母様の表情が曇る。

やっぱり、お母様も気になってたんだね。

「・・・王妃様のお食事って、どうなって居るのかと気になって」

「床に伏せられて以降、数回しか、一緒に摂っていないが、基本的には、細かく切った食材を、柔らかくなるまで、ひたすら煮込んだ料理だったな」

思わず眉根が寄った。

「・・・うわぁ。味気なさそう・・・」

お粥とかオートミールとかの類いかな。

歯ごたえが無い食事が続くと飽きるだろうしなあ。

「食欲が無いそうでな。王城の厨房も色々と知恵を絞っては居るようだが、食欲が無くては、どうにもならんらしい」

「・・・うーん・・・。麺って分かる?」

やっぱり、うどんか?

つるっと飲み込めるものなら、どうだろう。

「めん?」

「・・・こう、細長い、紐みたいな食べ物」

両手で、びにょーん、と延ばす仕草をしてみる。

自分の表現力の無さが恨めしい。

「紐を食うのか?」

「・・・了解。無さそうなことは分かった」

たぶん、私の表現が悪くて伝わらなかったのでは無いと信じよう。

きっと、異世界には麺類が無いのだ。

いや。そんなわけ無いだろ、とは思ってる。

うどんの実物を作ってみて、すでに有るなら、それで良いし。

そのときは、少し外出の時間を貰って、市場で出汁に使えそうな食材を探して、うどん出汁を目指そう。

「食欲を戻す料理が有るのか?」

「・・・戻すと言うか、食欲を刺激するなら、酸っぱいものや、辛いもの、かなあ」

「酸っぱい、か。リンゴは食えると言っていたな」

リンゴ酢は作れそうかな。

健康法で、毎日、リンゴ酢を飲むってのが有ったはず。

黒酢も有名だったけど、黒酢の作り方までは調べたことが無いから知らない。

恐らく、黒米とかの米穀類が原料なんじゃ無いかと思うけど、お米が有るなら、黒酢よりも自家製の味噌と醤油に挑みたい。

市場や畑でお米を見た記憶は無いけどね。

小麦が有るなら、水稲じゃなくとも陸稲は有るんじゃ無いか? って気はしている。

だって、イネ科の雑草が生えてるなら、陸稲への進化を果たした品種が有っても、おかしくないじゃん。

地球と同じものかは分からないけど、たまに酸っぱいソースが掛かった料理が出て来ることがあるから、こっちの世界にもワインビネガー的なものが有ることは判明している。

ワインビネガーから“ 酢母(さくぼ) ”を取り出せば、リンゴ酢も作れるはずだし、穀類から作るお酒が有るなら穀物酢も作れるはず。

私としては優先度が低いから、穀物酢に手を出す予定は無いよ。

ビールとか穀物酒を作っているところが有るなら、穀物酢の開発を依頼するぐらいかな。

レティアへ戻ったら、ピーシス家委託統治領へ行っての、ピーシーズ増員計画とエルフ文字解読が最優先だし。

それと、辛味かあ。

唐辛子的な辛味を感じる味付けの料理が出て来た記憶は無いな。

胡椒のような南アジア系の香辛料も出て来たことが無い。

レティアの市場でも、タイムの他に見た香辛料と言えば、パセリっぽいものと、ローズマリーっぽいものと、コリアンダーっぽいものぐらいだったね。

植生で言えば、地中海周辺とか欧州方面が原産地のものばかりなのか。

その割に、日本でも採れた山菜や野草が森に生えてたし、温暖かつ乾燥気味の地域に多いものに限られているような気はするけど、植生がよく分かんないんだよね。

かといえば、ジャガイモっぽい芋は一般的な食材なんだよねえ。

ジャガイモって南米原産だったはずだから、なんで? って、思って領主館のメイドさんにお願いして現物を見せて貰ったら、なんか黒っぽくて、見た目はジャガイモっぽく無かったから、あれって異世界芋なんだ思う。

オリーブオイルっぽい植物油ものが流通しているのも知ってるけど、流通量が少ないらしくて、めちゃくちゃ高かった。

具体的には、私が抱えて歩ける程度の壺ひとつで金貨2枚。

テレサに贈ったブローチよりも高かったんだよ。

だからか、こっちの料理はスープ系のものか、生肉を買えば採れる獣脂を使ったソテー系のものばかりなんだよね。

生野菜を食べる文化も無さそうだから、サラダ系も無理だろうなあ。

汎用性と短時間での伝授を考えると、やっぱり“うどん”かな。

うどんって淡泊だから、大抵の味付けと合うし。

ホワイトソースの作り方と併せて教えれば、消化の良い料理にバラエティを持たせられるからね。

「・・・うーん・・・。お母様、どこかの厨房を使わせて貰えないかな」

「お前が料理を作るのか」

なんで怪訝な顔をするかな。

独り者が長いと料理スキルは勝手に身に付くんだよ。

「・・・家庭料理ぐらいなら、いくらかは出来るよ。王都を離れる前に、色々な料理に使える基礎的なものを、少しだけでも教えた方が良いかと思って」

「アマリリア様のために、か?」

優しい目のお母様に、力強く頷いて返す。

「・・・ご飯が食べられないなんて、辛いに決まってるし」

「お腹がすくのは辛いわ!」

「そうだな。何とかしてやりたいと考えてはいたが」

ルナリアもお母様も腹ペコ率が高いもんね。

ただの腹ペコでも辛いのに、食べたくても食べられないなんて、私からすると地獄の苦しみだよ。

私たちの話を聞いていたハロルド様が難しい顔をする。

「厨房なら、ウォーレス家の王都邸のものを使えば良いが、突拍子のないものだと、拙くないか?」

「・・・そこなんです。情報の出所を聞かれたときに、私が前に出ては拙いんじゃないかと」

ハロルド様とお母様が納得顔で頷いた。

「それで、私たちが帰ってくるのを待っていたわけか」

「良い判断だろう。―――、だが、どうする?」

思案するハロルド様に、お母様は軽く肩を竦めて見せる。

「私が何処かで拾ってきた情報とするしか無かろうよ」

「・・・ゴメンね。お母様」

自分の眉尻が下がるのを自覚する。

疲れてるだろうし、私の我が儘で矢面に立たせるのは心苦しいけど、他に方法が思い付かないんだよ。

「気にするな。アマリリア様は私の友人でもあるんだ」

グリグリが来た。

ニッと笑ったお母様に撫でられていると、目を細めていたハロルド様が、段取りを思い出すように視線を泳がせる。

「では、明日にでも王都邸へ行くか?」

「何を言う。今から行くに決まってる」

バッサリと切り捨てたお母様に、ハロルド様が目を剥いた。

「今からか!?」

「アマリリア様の治療が終われば、次は謁見だ。ゆっくり出来る時間など無くなるぞ」

「君が、興味があるだけじゃ無いのか?」

怪訝な目に変わったハロルド様に、お母様は堂々と開き直る。

「異世界の料理など、そうそう食えるものでは無いからな。興味が無いなら私たちだけで食いに行くとしよう」

「わたしも行くわ!」

「ヨシ。行くぞ」

早速、と、ばかりに、腰を上げた私たちを、ハロルド様が手で制す。

「待て。私も行く」

「最初から、そう言え」

酷い言い草だけど、ハロルド様に向けるお母様の目は、柔らかいものだった。