作品タイトル不明
蒼焔 ㉔
ルナリアとフィオレの拝謁を終えた後、ミリアは、王都第1街区の一角、飾り気の無い、それでいて 瀟洒(しょうしゃ) で上品な佇まいの邸宅を訪っていた。
老齢の家令に案内され、植物園のように草木が植えられた温室へと通される。
手にしていたティーカップをソーサーと共に置いた貴婦人の目がミリアへと向けられ、ミリアは頭を下げる。
「お待たせしてしまい、申しわけございません」
「構わないわ。東の第1城門で問題が起こったのでしょう? 魔法道具が使われたとか」
秘匿扱いで王都騎士団が掌握している捜査情報なのに、魔法道具のことまで、もう知っているのか、などと、ミリアは驚かない。
この方の耳目は王都の―――、王国の隅々にまで張り巡らされている。
一部においては勇王国の国内にまで情報網を持っているのだから、この方の諜報能力は一国のそれに匹敵すると言っても大袈裟では無い。
セリーナ様が派閥を継がれるまで―――、いや、先王陛下の治世の、それ以前から、王国の社交を牛耳っておられた、この方は、そういうお方なのだ。
誰よりも早く情報を掴んで、誰よりも早く手を打ち、陰から王家の治世を支え続けてこられた。
テーブル上のティーセットを下げているメガネの女中に見覚えが有るような気がするが、そんなものを気にしている心の余裕はミリアには無い。
勧められたソファーに腰を下ろすと、音も無く現れた別の女中がお茶を淹れてくれる。
ミリアには分かりかねるが、この家に勤める女中は姉様でも舌を巻くほどの力量だと聞いている。
上級茶葉の芳醇な香りがフワリと漂い、カップに口を付けてミリアは一息つく。
思えば、朝から忙しない日だった。
これでまだ、日が沈んだばかりで社交の時間帯は終わらないのだから、まだまだ気を抜けない。
特に、この方の前では。
「現場の機転で事なきを得ましたが、まだ詳細は判明しておりません」
「ドネルクが付いていながら、何をしていたのかしら」
老齢の域に入って長い淑女は不満そうに首を傾げる。
ミリアの警戒度が引き上がり、気を引き締め直す。
“王国の敵”を討つことに並々ならぬ執念を持たれている、この方は、“王国の敵”の存在を決して許さず、立ち回り方を間違えれば、その底無しの執念が、こちらへと向けられる恐れさえ有るのだ。
アマリリア様の暗殺未遂事件が起こったことで、その傾向が強くなった。
以前の、この方は、同胞にまで憎しみの矛先を向けられることは無かった。
アマリリア様は、この方の深い憎しみを悲しみ、懸念しておられる。
「その魔法道具を所持した暗殺者らしき者に不意を突かれたのが原因かと」
「オーグストに魔法道具の件は?」
ほら、来た。
この可能性を考えて、国王陛下の信用を落としかねない危険を冒してまで、小細工を試みたのだ。
「申しわけございません。時間を稼ごうと致しましたが、陛下のお耳に入ってしまいました」
「仕方ないわね。こちらで情報を追わせたかったけれど、別の方向から追うことにするわ」
深く頭を下げるミリアに、片眉を上げるだけで済ませてくださったことで、安堵する。
「ドネルク様なら、必ずや“王国に敵”に鉄槌を下されることかと」
「そういうことにしておいてあげましょう」
王国の武の象徴たる騎士団長閣下を子供扱いするのも、この方にとっては内孫の一人に過ぎないのだから無理も無いだろう。
とは言え、ミリアの方でも魔法道具の出所を追っておいた方が良さそうだ。
目を掛けてきた騎士団長閣下をこの方が害するとは思わないが、懸念を強めたこの方が強硬な手段を取る可能性を思えば、情報は多い方が良い。
「テレサの様子は、どうなのかしら?」
「陛下のお許しをいただきましたので、明朝、アマリリア様の治療を試みることになりました」
「成功しそうなの?」
懐疑的になるのも当然だ。
曾孫である王女殿下は、まだ5歳の子供なのだから。
しかし、ミリアには確信のようなものが有る。
「フィオレが殿下と共に施術しますので、成功させるでしょう」
「随分と買っているのね」
諦めず、思考を止めない、あの子なら―――、あの姪ならば、きっと、やり遂げるのだろうと信じられる。
「姉様が見込んだだけのことは有ります。それと、治癒魔法術師を増やす計画の許可も、陛下からいただきました」
「オーグストなら乗るでしょうね。手配は?」
一つ頷いた上で投げ掛けてこられた目差しに、ミリアも頷く。
「宰相閣下に動いていただくと」
「情報の流布は王宮主体で行くのね。サリトガなら、上手く差配するでしょう」
あの曲者の宰相閣下でさえ、この方に掛かっては子供扱いだ。
ここまでは良い。
ご判断をいただきたいのは、ここからだ。
アマリリア様の願いに応えて差し上げたい。
「それと、アマリリア様がウォーレス領に興味を持たれたご様子で」
「ふむ・・・。“体が強くなる”、だったわね? ―――、アマリリアの体調が許すなら、好きにさせなさい」
「セリーナ様と母様が喜びます。もし、ご興味がお有りでしたら、ご一緒なさっては如何ですか?」
「考えておくわ」
あっさりと返った答えに落胆を覚える。
やはり、興味は持たれなかったか。
この方ご自身は信じていらっしゃらない様子だから、足を運ばれることは無いのだろう。
この方の凝り固まった憎悪を少しでも解すことが出来れば、と、考えての誘いだったが、また別の方法を考えるしか無い。
同時に、弟子でもある大切な孫娘を“辺境”の果てへ出すというのに、随分と寛容なことに、内心、驚く。
「それと、アマリリアの治療が成功すれば、国内外の王侯貴族が動き出すでしょうから、テレサの許婚と側近の選定を急がせなさい」
「承知しました」
セリーナ様と母様の読み通りだった。
アレースを手元に残しておいて良かった、と、再認識する。
内向的なアスクレーでは、この方と渡り合うなど出来ないだろう。
王女殿下の王配ともなれば、この方と無関係では済まされないのだから。
王女殿下に付ける側近、―――、女性護衛騎士の選定については、セリーナ様からフィオレに伝えられていると聞いている。
あの子が育てつつ有る側近を取り上げるのは心苦しくは有るけれど、あの子なら必要性を理解しているはず。
側近を引き抜くのを前提に王女殿下と行動を共にさせていたことにも、気付いている可能性がある。
深い知性を感じさせる怜悧な目がミリアを捉える。
「フレイアの義娘の周囲は、すでに固めたのでしたね?」
「私の息子を許婚としましたので、王宮の方からアレイオスが手を回して、各方面からの接触を遮断いたします」
「ウォーレス家で囲い込んでいるにしても少し弱いわね。もう一手、何か打っておきたいところだわ」
貴族家の婚姻は家同士の契約事だ。
常識的な貴族なら、許婚が決まれば横槍を入れる無作法は出来なくなる。
十分な手を打ったつもりだったが、それでも足りない?
フィオレに対する関心の高さにミリアは違和感を覚えた。
「アマリリア様がウォーレス領に滞在すれば、手を出しにくくなりませんか?」
「それもそうね。それなら、治療が成功したなら、あの子も謁見に出席させなさい」
「アマリリア様に注目を集めるのですね?」
王妃殿下に注目を集めた上で、フィオレの近くに置く。
まともな判断力を持つ者なら、社交の中心たる王妃殿下の目の届く場所で無茶は出来まい。