軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蒼焔 ㉕

先日、レティアの領主館では、身内への身辺調査が行われたばかりだ。

同時に、領内全体で領外の者との接触においての注意喚起と、脅迫や買収交渉を受けた際の対処教育も改めて行われた。

具体的には、通報者に報奨金が支払われ、領軍が実力で処理するものと公布したのだ。

詳細は伏せられたものの、ルナリアに付けていた側近が脅迫に屈して裏切りを働いたのだから、当然の措置だろう。

更には、フィオレがルナリアと領民との関与を強めさせて、目に見えるほど領民の生活を豊かにしただけに、領内全体の忠誠と団結が強まっている。

そして、王女殿下との良好な関係が領民の目の前で示され続けていただけに、王家に対する好意も高い。

意識してのことでは無かったのだろうし、あの子は気付いて居ないかも知れないが、西方地域からの移住民を受け入れたにも拘わらず、ウォーレス領内の人心掌握は、かつて無いほどの域に達している。

元々、結束力が高い土地柄だが、身内にさえ警戒を高めているミリアの実家ならば油断もしないし、領民全体が監視の目を強めているのだから暗殺者の接近を許すことも無い。

何より、戦争から解放された今、あの姉様が傍に居るのだ。

王国内で、ウォーレス領ほど安全な場所は他に無い。

「ロンドベールが凋落してくれて良かったわ。敵対関係に無い“中立派”にゴリ押しされると動きを抑えるのが難しいから。フレイアを褒めてあげないとね」

「ありがとうございます。姉様にも伝えておきます」

この方が懸念されたように、ご自身の療養が目的で有っても、”中立派”に邪魔をされると、アマリリア様も動き辛かったのだ。

「ドネルク様の方は、いかがされますか?」

「騎士団の任を辞するのだったわね」

一つの懸念が収まれば、別の懸念が顔を出す。

頭の痛いことだ。

「閣下のご意志は固い様子です」

「爵位はオーグストが用意するでしょうけれど、王都周辺の抑えは、どうするつもりなのかしら」

平時態勢に戻れば集結中の戦力が国内の有るべき場所へと帰っていく。

王都の城壁の代わりを務めるべき領地貴族の一角が崩れている以上、別の抑えが必要となる。

「今のところ、ロンドベール家の利権を取り上げて、ドネルク様が代わりを務める線が濃厚かと」

「ロンドベールの・・・。冒険者ギルドね?」

中身が腐って居ても、看板は”王家の繋累”だけに手を出し辛かったのだが、降爵されれば奪いようは有る。

不正の一つでも暴いて揺さぶれば、上層部に数人をねじ込むぐらい、どうとでもなる。

領内に神教会の足掛かりを作ったロンドベール家は、この方にとって嫌悪の対象だったのだ。

それが、“融和派”に―――、神教会に手を貸したことで、この方の中で明確な”王国の敵”となったはず。

この方が、目障りな身中の虫を暗殺などの強硬手段で排除されるとすれば、ロンドベール家を公の場から遠ざけておかないと、国内に余計な疑心暗鬼の空気が生まれる恐れも有る。

その波乱は、国外勢力の野心を刺激するものであり、アマリリア様の望むものでは無い。

「はい。魔獣素材の流通掌握の意味でも、押さえておくべきかと」

「悪くないわね。ドネルクに掌握するように伝えなさい。有事に騎士団から協力要請を出させれば、予備戦力を確保できるわ」

想定していなかった反応に、ミリアは首を傾げた。

”戦力の塊”であるピーシス家で育ったミリアにとって、”戦力“とは、鍛え上げられ、磨き上げられた人員と戦闘能力を指すものであって、たかが魔獣1匹を狩ったからと浴びるように酒を飲んで遊び呆ける下賤の者を表す言葉では無いのだ。

「冒険者なんて、役に立つのでしょうか?」

「輜重の真似事ぐらいは出来るでしょう。ただ、ドネルク一人に掌握しろと言ったところで不安が有るわね」

ミリアの目から見ても、この方の憂慮は正しい。

長く騎士団長を勤め上げたドネルク・リヒテルダートという男は純然たる武人だ。

かの御仁の”性質”は、師であるハインズ様に近い。

武力面は飛び抜けているし統率面にも不安は無いが、社交面や政治面では、ハインズ様にとってのセリーナ様や父様のような右腕を傍に置いてこそ、持ち前の”性質”を効果的に活かすことが出来る。

兄様が騎士団に在籍し続けていれば、閣下も雑事に煩わされず、もっと強固に騎士団を育て上げただろうが、兄様が実家を継いで抜けた頃から、育てるべき騎士団が閣下の足枷となり続けた。

初めて接触したあの子が指摘し、ハインズ様と父様が認めるほどに、騎士団の質の低さは目立ってきている。

この方が冒険者の予備戦力化などと言い出したのは、騎士団の質の低下を補おう考えてのことだろうか?

「事務方の王宮官吏を引き抜いて補佐させますか?」

「事務方も必要だけれど、貴女やアマリリアとの疎通が出来なくては困るわ。戦場でも戦略的に統括して、ドネルクを誘導できる者が欲しいわね」

「誘導・・・。社交面の能力が必要で、戦闘能力や統括能力も高い者ですか」

いざというときに武力面の補佐が出来て、事務面や社交面の教育も受けていて、統括能力も高い人材?

まるで、姉様の側近たちだ。

そんな便利で万能な人材がゴロゴロ居るなら苦労はしない。

「ドネルクは伴侶を受け入れる気になったのでしょう?」

「しかし、家柄だけの若い娘では、荷が重くないでしょうか。伴侶となれば後嗣を生む必要も有るのでしょうし、武力や統括力との両立は、―――、!」

ハッと呼吸が詰まったミリアは瞠目する。

この方は、姉様の側近の誰かをドネルク様の伴侶に差し出せと言ってるのか。

中でも、統括能力の高さに定評があると言えば、エゼリアかアンリカだ。

膝に置いたミリアの両の拳に力が入る。

あの二人については、かなり以前から、この方の評価が高かったはず。

「タダで、とは言わないわ」

そう言いながら、軽く片手を挙げる。

30秒も待たせずに音も無く現れたのは、板状の包みを抱えた、先ほどの家令だ。

女中の手でローテーブル上のティーセットが端へ寄せられ、真ん中に包みが置かれた。

「少し、面倒なことになりそうなのよ」

「面倒、ですか?」

「貴女なら、見た方が早いでしょう」

促されて、ミリアは包みの布を解く。

包みの中身を目にしたミリアは、鼓動が止まった錯覚を覚えるほどの衝撃を受けた。

「―――、! これは・・・」

「エクラーダ王国が倒れたわ。これは、間諜が手に入れて、急遽、持ち帰ったものよ」

中身を傷めないためか厚手の柔らかい布に包まれていた物は、額に入っていない一枚の肖像画だった。

若く繊細そうな女性が一人の幼児を膝に座らせている。

「母親の名前は、オルレーシア・エクラーダ。暗殺されたエクラーダ王国、第3王妃よ。行方不明で死亡扱いとされた娘の名前は、フレーリア・エクラーダ。オルレーシア王妃の長女で、暗殺事件で行方不明になった当時は4歳になったばかりだったそうよ。“純血”の線から、もしや、と、探らせていたのだけれど、当たりを引いたようだわ」

違和感を感じた”関心の高さ”の原因は、これか。

血流の音が、ドクドクと耳の中で煩い。

深く息を吸って心を落ち着けたミリアは目線を上げた。

慎重に掛からねば。

この方の思惑が、“どの方向”に有るのかを見誤れば、あの子の身が危うくなる。

姉様の義娘である、あの子は、ミリアにとっても、すでに愛すべき家族なのだ。

「エクラーダ王国が倒れたと仰いましたね。確度は、どの程度なのでしょう?」

「確定、―――。間違いないそうよ。一斉蜂起した貴族階級により、王族、並びに傍系は、悉く処刑されたらしいわ。この絵は、王城の陥落前に持ち出されて消失を免れた物ね」

かの国は、この方のご実家と同じ命運を辿ったのか。

その遣り口も、まるで同じに。

それは、この方にとって、どれほどの憎しみを掻き立てるものだったろうか。

淡々とした声色ではあるが、この方は瞳の奥底に燃える暗い炎を隠す気が無いようだ。

先王陛下が小国連合諸国への支援を目的に遠征を行われた原因となったのが、この方のご実家が滅ぼされたときの侵略戦争だった。

支援の立場だったために王国が被った損害は大きくなかったものの、3カ国が同時に地図から消えた戦乱は、数年間にわたって続く長いものだった。

当時、子供だったミリアにとっても、あの時の戦乱は他人事では無かったのだ。

先王陛下の側近だった叔父様と父様は、各地の戦線を引き回されてウォーレス領へ帰ることも出来ず、社交と知啓を求められた叔母様と母様は王都に釘付けにされ、兄様も戦場へと駆り出されたと思えば、疲弊した叔父様と父様の帰還と入れ替わりに、姉様までもが戦場へ出ることになった。

愛する家族をミリアから奪いかねなかった、憎むべき侵略戦争。

そして、あの戦争は、ミリアに社交で戦う決意をさせる切っ掛けでもあった。

あんなものを、王国へ持ち込ませたくないのは、ミリアとて同じだ。

「勇王国に、貴族階級の大半が調略されていたのでしたね?」

「貴女も知っての通り、勇王国と言うよりも神教会ね。近く、併合されて、勇王国の一地方となるでしょうよ」

忌々しそうに吐き捨てる言葉にも苛立ちが感じ取れ、この方の心中に満ちた深い憎悪がチリチリと肌を灼くような錯覚さえ覚える。