作品タイトル不明
蒼焔 ⑬
誰かに前髪を触られて、こそばゆさに意識か浮上する。
「・・・う・・・」
「目が覚めたか?」
「・・・お母、様?」
瞼を開いて、最初に、目に飛び込んできたのは、青空を背景に手が届く距離から私を見ているお母様のお顔だった。
でも、優しい目でわたしの頭を撫でてくれるお母様の顔が逆さまになっていて、向きがおかしい。
地面に下ろした手が、ぬるりとした冷たい血に触れて―――、地面?
急速に意識が覚醒して目を見開く。
サーッと血の気が引く。
「―――、はっ、アンリカさんは!?」
どうやら、私は体内魔力を枯渇させて気を失っていたらしい。
石畳の上に横たえていた体を起こそうとして、目を細めたお母様の手で胸元を押さえられて起き上がれない。
周りを見回すけど、アンリカさんの姿も、テレサの姿も、ディーナさんの姿も無い。
「アンリカなら城へ運ばせたぞ」
「・・・アンリカさん、助かるの?」
聞くのが怖いけど、聞かないわけには行かない。
全力を尽くしたけど、私は一番大事な結果を見届けられていない。
「大丈夫だ。殿下とお前のお陰で、命に別状は無い。酷い貧血は起こしていたが、解毒も治癒も、しっかりと出来ていたぞ」
助かった? 助かったんだ!
みるみるうちに視界が歪んで、お母様の胸に顔を埋める。
「・・・・・良かった・・・。よかったよおおお・・・」
安心したら、もうダメだった。
ありがとう。テレサ。
テレサが居なかったら―――、テレサが頑張ってくれていなかったら、どうなっていたことか。
一刻を争う状況でも冷静さを失わなかったテレサに較べて、私は本当にダメだな。
私のダメさ加減が、取り返しの付かない結果を招くところだった。
最悪の結果になっていたら、私は、私を、一生、許せなかっただろう。
お母様が、ポンと私の頭に手を置いた。
「お前を叱っておかねばならないことも有るんだが、今は、まあ、結果良ければ全てヨシだ」
「・・・は、い・・・」
初めて会った日に言われた、「教訓は次に活かせ」というお母様の言葉を思い出す。
今日の失敗を繰り返さないように、と、心に刻む。
どうすれば繰り返さずに済むのか、今は分からないけど、今日は幸運だっただけなんだと噛みしめる。
堪えようとしても止まらない嗚咽を、何とか飲み込もうとしている間、お母様は、ずっと私の頭を優しく撫でてくれていた。
数分経ったか、お母様が溜息を落とした。
「漸く片付いたようだな」
お母様の声に顔を上げ、袖口でぐしぐしと涙を拭いながら、改めて周囲を見回す。
もう、戦っている人の姿は無く、みんな腰の鞘に剣を収めている。
襲撃と戦闘でパニックを起こしていた観衆は、いくらか密度を下げていて、さっきの恐慌が嘘のように、興味津々で捕り物の後始末を眺めているような感じだ。
要するに、野次馬だらけ。
一歩、間違っていたら、たくさんの人が死んでいたかも知れないのに、まだ居るのか。
倒れている襲撃者の遺体や捕縛された生存者を指して騒いでいる人も居れば、活躍したらしい騎士様に黄色い声を上げているお嬢さん方も、まだ現場に残っている。
娯楽が、ほとんど無い世界ではあるけど、市井の人たちも逞しすぎる。
兵士さんたちが観衆との間に引いていた警戒線も、しっかりと復活していて、騎士様たちと倒れた襲撃者たちのブロックと、野次―――、観衆のブロックが明確に分けられている。
こうして終わってみると、倒れている襲撃者たちの数が、私が認識していたよりも、かなり多い。
あれだけの人数が居たってことは、組織的な襲撃だったのは間違いないんじゃないだろうか。
数十メートル離れた場所に、メリーナさんとネイアさんとマーミナさんマーリカさん姉妹の4人を引き連れた、ルナリアの無事な姿が見える。
キレて飛び出していったような記憶も有るけど、それでも、冷静さを残していたルナリアがアンリカさんのところへ戻れと言ってくれなかったら、アンリカさんは助からなかったかも知れない。
ルナリアも凄いなあ・・・。
そう言えば、ルナリアは森で暗殺部隊に襲われていた、絶体絶命のときも冷静だったよね。
コツ、というか、心構えみたいなものが有るんだろうか。
数人の騎士様たちに囲まれてデキる女モードで話しているエゼリアさんの姿が有って、厳しい顔で警戒を解いていない様子のイディアさんとトリアさんとマキアナさんの姿があって、ロープを手にまだ生きている犯人たちを捕縛しているエレーナさんとノイエラさんの姿がある。
心配したと言ったら笑われるかも知れないけど、みんなが無事で安心する。
顔を振り向けて城門側を見ると、アイシアちゃんとオーリアちゃんとナンナちゃんの3人に囲まれて、オーリアちゃんの背中に引っ付いて顔を覘かせているノーアの姿も見える。
良かった。ノーアも無事だった。
「・・・アリアナさんとクラリカさんとメイリスさんが居ない?」
「あの3人なら、殿下の護衛に付けて先に王城へ戻らせた。殿下がアンリカの傍に付いていると仰ってな」
そっか。
テレサは、まだアンリカさんの容態を気に掛けていてくれてるんだ。
アリアナさんも、お姉さんの容態が心配だよね。
クラリカさんとメイリスさんなら、観察力に優れていて細かい部分に気が付くし、テレサたちの傍に付いていてくれているなら安心だ。
アリアナさんはピーシーズの中でも戦闘力が一番高いし、テレサを守り切ってくれるはず。
「・・・テレサは無事だった?」
「体内魔力を枯渇させただけだ。問題無い」
「・・・そっか。良かった」
安堵の溜息を吐く私と対照的に、お母様は面倒そうに溜息を吐く。
「これは、暫く動けんな」
「・・・謁見? が、有るんじゃ?」
「陛下の閲兵ぐらいは有るかも知れんが、謁見は無理だろう」
そうなの?
あっ、そっか。
事件現場に居合わせたのが式典に出る予定だった人ばかりだから、挙行したくても出来ないのか。
これって、テレサ暗殺未遂事件とも言えるものね。
数々の叛乱貴族領を攻め落としてきた王国最高戦力が揃っている場で、王女殿下から2メートルの距離まで襲撃者を無防備に接近させた時点で、誰かの首が物理的に飛んでもおかしくない。
普通に考えて、戦力比較の面でも有り得ない事件が起こったと考えれば、王様としても、王宮としても、何らかの原因究明が出来ないと、安心して眠ることも出来ないはず。
白昼堂々、テレサが居る場所で襲撃事件が起こったと有っては、治安の回復は最優先事項だよね。
私が治安責任者だったら、危険な連中が居なくなった確証が得られるまで、不安で仕方ないだろう。
王都内の事件は王都騎士団が捜査権を持っているのだろうし、式典のメインはトップバッターで凱旋してきた騎士団長閣下だろうから、捜査を指揮する責任者でも有るはずだ。
「・・・じゃあ、捜査?」
「捜査、ではなく、聴取だろうな。事件の全容を明らかにするための聞き取り捜査は騎士団が行うだろうし、捕縛した襲撃者の尋問も騎士団の管轄になるだろう。だが、私は職務上、無関係で居ることは出来ないだろうし、私たち自身が襲撃対象者だからな。騎士団の聴取に応じる必要が有る」
「・・・そうなんだ」
「何より、襲撃警告の第一声を上げたのは、お前じゃなかったか?」
「・・・たぶん、そう・・・かな?」
思い返してみれば、そうだったかも。
バルトロイ様に警告したのが最初だったはずだから、第1通報者? 第1目撃者? は、私か。
「だとすれば、お前も聴取の対象者だ」
「・・・そりゃ、そうか」
私も、めちゃくちゃ当事者だ。
盛大に、やらかして、戦闘の邪魔をしたし。
私が抱き付いたせいか、お母様は石畳の上に胡座を掻いていて、顔を上げた私はお母様に上体を預けた格好になっている。
お母様が腕の中にいる私へと目を落としてきた。
心配の色を含んだ真っ直ぐな濃緑色の目が私を見る。
「フィオレ。何が起こったか、状況を説明できるか?」
「・・・アンリカさんが刺されたところまでなら」
そこまでは、鮮明に覚えている。
ただ、なあ・・・。
自信が無くて眉尻が下がる。
「・・・そこから先は・・・、その。記憶が定かじゃない、と思う」
「訊きたいのは、その、アンリカが刺された時点までの状況だ」
「・・・それなら。覚えてる」
私の答えに頷いたお母様は、顔を上げて“右腕”の姿を探す。
襲ってきた「右腕」じゃなく、お母様の頼りになる”右腕”の方を。
「エゼリア! 閣下とバルトロイとミリアを呼んで来い!」
「はっ!」
即座に反応を返したエゼリアさんが、剣を収めて駆けてゆく。
指示を出したお母様の声が聞こえていたのか、1分間も経たない内に、数人の部下を引き連れた騎士団長閣下と、バルトロイ様と、ミリア叔母様と、ハロルド様も集まってくる。