作品タイトル不明
蒼焔 ⑫ ※アンサンブルキャスト面
フレイアの命令でアンリカを肩に担いだディーナは一目散に駆けた。
一応の戦闘状況は終わっているものの一部で捕縛と掃討が継続しているらしく、準戦闘状況中なので武器を抜いたままの者も居て、そんな騎士たちの間を縫って走る。
「ああっ! もう、邪魔!」
ディーナの接近に気付かず横合いから歩いてくる甲冑姿の騎士を、小さくステップして躱す。
大きく揺れる度に、ディーナの背中から「ぐえっ」と聞こえる気もするが、気のせいだろう。
最悪の状況は免れたと聞かされはしたが、未だ、事態は一刻を争う。
「退いてぇ―――っ!」
事件現場で下馬したのは騎士団要人と領軍要人とその側近だけなので、待機中の乗馬は十数頭しか居らず、その手綱を持たされている王都守備隊の兵士たちが 屯(たむろ) している辺りまで、ほんの20メテルほどしか距離が無い。
なのに、真っ直ぐに進めなくて、もどかしい。
上げた声に気付いた騎士たちが、漸く道を空けてくれてディーナは加速する。
人間一人を担いだぐらい、ディーナにとっては重さなんて気にするほどのことでも無い。
アンリカは胸だけでなくお尻も大きいので、担いだ左肩の側がお尻に遮られて見えにくいだけだ。
駆けてくるディーナの姿を認めた守備兵が、ディーナの乗馬を曳き出してくれる。
守備隊の上部組織である騎士団の雑務を担うことが多い守備兵は平民階級出身者が多く、騎士階級以上の機嫌を損ねると不都合しか起こらないので、手綱を預かった軍馬の主を間違えることは無い。
今日のような政治的イベントに駆り出される兵士ともなれば、その辺りの機微を、しっかりと弁えている者しか居ない。
滞りなく任務を果たした兵士から手綱を受け取ったディーナは、手綱を握った手で鞍に手を掛けて、鐙に爪先を掛けることも無く、一足飛びに鞍へと跨がった。
町中を歩いている平民からすれば重力を無視した曲芸のような動きだが、呼吸するように身体強化術式を使う上級騎士層では、この程度は普通の 体捌(たいさば) きだ。
乱暴に跨がられた乗馬の方も慣れたもので、足元をふらつかせることもなく二人分の体重を受け止めて見せた。
両の鐙に足を掛け、器用に片手で手綱を引いて馬首を巡らせる。
「ハアッ!」
両足の踵で挟むように腹を蹴ると、高度に馴致されたウォーレス産の軍馬は従順に、また、素晴らしい反応速度で足を動かし始める。
常足から、速足、そして駆足へ。
蹄の音に、進路上に居る騎士や兵士が慌てて道を空け、通路が出来上がる。
ディーナが細かく手綱を操っていることも有るが、混戦状態の戦場を駆け慣れている愛馬自身も、上手く人間を避けて走る。
フレイアとフィオレの横合いを駆け抜けたディーナの馬は、直ぐに右手へ折れて城門へと突入する。
急角度の進路変更に、蹄鉄が石畳の表面を掻いて削る。
成人女性2人分の荷物を載せた軍馬は、滑る足元にも負けず、踏ん張り、火花を散らして曲がりきる。
驚いて飛び退いたのは、徒歩で城門を潜って第2街区へと戻ろうとしていた騎士たちだ。
轟音と城門から吹き込んできた爆風で事件の発生に気付いて、取って返そうとしたものの、第2街区側への出口が詰まって進めなくなっていたところへ、脚を滑らせながらも角を曲がって騎馬が突っ込んで来たのだ。
「「「「「うおおおおっ!?」」」」」
通路の中心から壁側へと一斉に倒れ込んで轢かれるのを避けた騎士たちの間を、軍馬が駆ける。
間一髪で出来上がった人垣の谷間は、僅か1メテルほどだ。
驚愕を顔に貼り付けた騎士たちを掠めるような至近距離で、全速力の騎馬が通り過ぎる。
「ごめんね――ッ!」
城門内に叫び声を残してディーナは王城の広い前庭へと飛び込む。
第1街区側の城門前は空けられているが、直ぐに馬列が詰まっていて直進は出来そうに無い。
左手へ手綱を引かれた愛馬は進路を左へ向けた。
幅300メテル以上、王城まで500メテル以上もある前庭だが、既に3万近くもの騎馬が整列していれば、かなりの高密度だ。
城門での騒ぎは聞いているのだろうが、我先に現場へ押し寄せては剣も振れない人口密度になるので、それぞれの部隊長から待機を命じられていることは想像に難くない。
当然ながら事件の発生は気になっている様子でディーナへと注目は集まるが、ディーナにそんなものを気にしている余裕は無い。
中央の通路と側道の間に有る植え込みには人馬が居ないので、美しく整えられた芝生の上を駆けさせる。
後で王宮からお叱りを受けるかも知れないが、ハロルド様とミリア様が上手く収めてくださることだろう。
「・・・ちょ、・・・・ちょっと、・・・・ディーナ・・・」
背中から何やら声が聞こえる気がするけど、無視だ。
今は、それどころでは無い。
「・・・も、・・・・も、ちょっと、・・・・優しく・・・」
「ケガ人は黙っててください!」
カチンと来た。
そりゃあ、確かに、ディーナの肩の上で、ドンガドンガと、風に靡く干された手ぬぐいみたいに多少は揺れるだろうが、ディーナは鐙に立っているだけで鞍に腰を下ろしてすらいない。
膝で多少の揺れを吸収していても、駆ける馬の上は揺れるのが当然だ。
そんなことよりも、自分自身の命に関わる状況なのに、この人は何を寝ぼけたことを言っているのか。
「・・・き、・・・・ぎぼぢ・・・・わるい・・・」
「我慢してください!」
鼻の奥がツンとする。
何が気持ち悪いだ。
吐くなら吐け。
吐いたぐらいで死にはしない。
そもそも、何で、クローゼリス卿なんかを庇って死にかけているんだ。
ディーナの視界が滲む。
言いたいことは山ほど有るのだから、死なれては困る。
「死んだら・・・、死んだら絶対に許しませんからね!」
ディーナの鼻声に、アンリカの軽口が止まる。
もう直ぐだ。
もう直ぐ王城の東出入口に着く。
王城の出入口に着けば、出迎えに来ているアレイオス様が居るはず。
アレイオス様の元にまで辿り着けば、この無駄口を叩くケガ人を寝かせるベッドが用意されて、王宮付き治癒術師の手配も受けられる。
「・・・でも・・・・やっぱ・・・・も、ムリ・・・・オエエエエエエエエ」
後を引く声と煌めく何かの飛沫を置き去りに、待機中の人馬の間を負傷者を担いだ騎馬が駆け抜けて行った。
そんな王城の6階層の大窓から、壮年の男が整然と騎馬の居並ぶ前庭を見下ろしている。
凡庸との評価に甘んじている男は目線を上げ、眼下に広がる王都の街並みへと視線を戻した。
思い起こされるのは、十数分前に王都を照らした青白い光だ。
「フレイアの“白焔”も美しかったが、アレも美しかったな」
第1城門前での惨劇は、すでに報告を受けているし、多くの犠牲者を出すわけでも無く、ドネルクとフレイアが収めたと聞く。
問題が起こったと言えば、起こったのだろうが、大した問題では無い。
何より、衆目が集まる中で次代を担う子供たちが、それぞれに可能性を見せたことが喜ばしい。
次代の成長を見せつけるべく、演武を仕込んで広く知らしめるつもりだったが、予定外の痴れ者どものお陰で手間が省けたのだ。
「さて、何と“銘”を付けるべきか・・・」
手柄を讃えて国威を背景にした銘を与えることで民の注目を集め、事件への関心との相乗効果で、さらに国威を喧伝する。
王国が強く在れば在るほど、王国へと迫る危険は減るのだ。
理由付けは、領有宣言に南部国境での戦勝、そして、不測の事件における解決に関与。
銘の下賜はミリア殿と、その後ろに居るセリーナ殿の建言だが、十全に西部で暴れて見せた義母の武勇と、王都で広く周知されている先代騎士団長の威名を絡めれば、かなりの宣伝効果を見込めるだろう。
どう演出するのが良いかと、男はほくそ笑む。
同じ頃、王城の4階層に有る大窓から前庭を眺めている、初老の域に差し掛かりつつある男は、腕組みで綺麗に剃った顎先を撫でていた。
脳裏に思い浮かぶのは、先ほど城門の上空で炸裂した青白い閃光だ。
数瞬ほど遅れて届いた轟音と振動。
さらに数瞬ほど遅れて王城の窓を叩いた爆風に、かの“白焔”に勝るとも劣らない威力を、この目で確かめることが出来た。
目撃者が多い第2街区で起こった騒ぎなら、口さがない平民たちが、良いように噂を広めてくれるだろう。
「流石は“南部の雄”よな。押さえるべき時に、大事なところを押さえて見せる」
宣伝するにも”宣伝する物”が無ければ困ったことになったのだが、しっかりと”代わり”を用意してくれたようだ。
”代替わり”は予定していたよりも些か早い時機だが、十分な宣伝効果が見込めよう。
何らかの“予定外”が起こったのだろうが、この状況を、あの、親友にして幼馴染みが、むざむざと見逃すことなど無い。
男にとっても、友にとっても、”強き王国”を維持することこそが、最重要課題なのだから。
気を揉んでいた“国力低下の悪評”が立つことを、未然に防いでくれた者たちには、感謝するほかない。
「これで、暫くは時間が稼げよう」
王国への浸透を企む者どもが、次の手を打ってくるまでの間に、粛清で生まれた隙間を埋めておく必要が有るのだ。
珍しくも機嫌が良さそうに頷いた男は大窓に背を向け、各地の新たな 仕置(しおき) を考える作業へと戻った。