軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蒼焔 ⑩ ※アンサンブルキャスト面

危ないところだった、と、フレイアは胸を撫で下ろす。

咄嗟に防御術式を飛ばしたお陰で、城門前が焼け野原になることは防げたようだ。

「問題あり、ではあるが、一先ずは課題を達成したことは確かだな」

完全に魔力を練り上げて展開したわけでは無かったが、全力で張った防御術式が破られるとは。

見たところ、我が娘の“紅蓮”の威力は“白焔”を上回るだろう。

やれると信じて「“紅蓮”を修得しておけ」と指示を出したものの、フレイアも少しばかり肝を冷やした。

期待を裏切らず―――、いや、期待以上の成果を残して見せた娘が誇らしくも有り、自らが編み出した“白焔”を超えられたことが悔しくも有る。

複雑な心境では有るが、突然の実戦で術式を用い、結果として襲撃者の勢いを削いで見せたのだから、娘が術式をモノにしていること自体には、安堵を覚える。

フィオレが起こした暴走は、珍しいものでは無い。

経験が足りない新兵に有りがちな暴走の一つで、「覚悟の無さ」に起因するもの。

身近にいる人間の死に慣れていない。

ただ、それだけだ。

それは、人として、正しい反応かも知れない。

だが、それは戦場において許されるのでは無い。

それは心の弱さであり、大きな隙を生むものとなる。

戦場へ出れば、誰かが死ぬ。

戦場とは、そういうものだ。

戦場に立ち続ければ、嫌でも、それを教え込まれる。

将たる者は、それを受け入れた上で兵を率い、ときに「死ね」と命じなければならないものなのだ。

将が冷静さを失えば、更に多くの兵が死ぬ。

だからこそ、覚悟の無い将に、兵は預けられない。

自制が効かず、時と場所を考えずに術式を暴発させるなど未熟も未熟。

心に余裕があれば自制できるはずだが、死に慣れさせるために人を死なせるわけにも行かない。

経験が解決する問題ではあるが、心の余裕を維持できる立ち回りから覚えさせる方が良策か。

手放しで跡を任せることは出来ないが、今すぐに跡を任せるつもりも無いのだから、今は、まあ良い。

幸いなことに、これからのフレイアには、教え込んでいくだけの時間的余裕が生まれるはずなのだ。

今すぐに任せられなくとも、“紅蓮”の次代が存在するだけでも、一定以上の抑止力には、なる。

そちらは、政治的な花火として、あのタヌキ親父とミリアたちが上手く宣伝に利用するに決まっている。

「とは言え、何か手を打っておく必要が有りそうか」

目立つ上に心が未熟となれば、魔獣の巣にエサを放り込むようなものだ。

ウォーレス家で囲っている以上、そう簡単に手出しは出来まいが、都合よく利用しようとする者がフィオレに群がって来よう。

そうでなくとも、王都には、フィオレに興味を持つだろう”怪物”が潜んでいる。

簡単に表へ出て来る方では無いが、政治的な面での身の守り方も教える必要が有るな。

すべきことを頭の隅に書き込みながら、フレイアは周囲を見回して状況の把握に取り掛かる。

凱旋行軍の見物に来ていた群衆は爆風に薙ぎ倒されているが、火だるまになった者が見当たらないのだから、転んだ程度で済んだはずだ。

第2街区は裕福な者ばかりだから、軽い外傷程度は回復薬でも飲めば直ぐに治る。

戦場へ出ることも無い平民には衝撃的な体験だっただろうから、今は恐怖で顔を青くしていても、恐慌が治まって落ち着けば己の武勇伝として酒の肴に適当な尾鰭を付けて、大袈裟に吹聴して回るだろうことは想像に難くない。

民というものは、存外、逞しいものだ。

建物に被害を受けた商店も、宣伝に使って商売に活かすことだろう。

未熟なフィオレを引っ張り出したのは王宮なのだから、補償が必要なら、王宮に押し付けておけば良い。

それよりも、今は事態の収拾が先だ。

突然の襲撃事件に恐慌を起こして逃げ出そうとしていた群集が、良い塩梅に呆けている内に、襲撃者どもを片付けてしまえば、それ以上の混乱も起こらない。

騎士団の騎士と切り結んでいた襲撃者の一人が、形勢の不利を察してか、身を翻した。

振り返った目の前に居るのはフレイアだ。

魔力を通したサーベルを薙げば、殆ど手応えを感じさせずに首が飛ぶ。

この剣は甲冑さえ斬れるのだから、頸骨など小枝にも等しい。

余計な返り血を浴びないように蹴り倒した敵を冷めた目で見下ろす。

この手応えの無さは、襲撃者たちが大した防具を身につけていないことの証左だ。

外套の下は、精々、軽装の皮鎧と言ったところか。

だとすれば、十分な装備を調えての襲撃では無く、平民を装っての潜入部隊と見るべきだろうか。

フレイアは首を捻る。

群集の頭上を飛び越えてきたのだから、身体強化術式を使える程度には戦闘訓練を受けた者であることは明らかだが、どうにも中途半端に思えてならない。

早々に連係を崩されて騎士団に難なく討ち取られているだけで無く、現に、今、フレイアの後方から素っ飛んで行ったルナリアの刺突で、二人の襲撃者が串刺しにされたところだ。

フィオレに付けていたピーシーズもルナリアの傍に付き従って、危なげなく襲撃者の討伐に当たっている。

騎士団やピーシーズが弱いと言うつもりは無いが、これで、どこかの正規兵だとすれば、脆すぎる。

「弱兵」と言えば“融和派”領地だが、ここまで脆いとなれば、領軍にまともな訓練も施せない弱小貴族家の者か、それとも、金で雇われた低位の冒険者か。

横合いから飛び出して来た襲撃者を肩口から斬り伏せる。

数十人規模の襲撃だったはずだが、早くも制圧が終わりかけている。

よく分からないと言えば、最も、よく分からないのは、最初の襲撃者か。

フレイアの視界外でアンリカが刺されたことは把握しているが、あのアンリカが、敵の接近にも気付かず無抵抗に刺されるなどとは考えにくい。

襲撃者、というよりも、気配を隠す技術に長けた暗殺者ならば有り得そうだが、それでも、アンリカが?

あの最初の襲撃者だけが異質に思えてならない。

情報が足りないと判断したフレイアは、混乱が収まりつつ有る戦場をサーベルで指した。

「情報を吐かせる! 息のある奴は、何人か生かしておけ!」

「「「「「はっ」」」」」

襲撃者の無力化が終わったことを確認しながら、フレイアは大声で指示を出す。

ピーシーズを含めたフレイア麾下だけでなく、警備に当たっていた王都騎士団や守備兵、まだ行軍中で戦闘に参加したクローゼリス領軍の騎士もが特務魔法術師の指示に応えを返す。

この場に居る戦闘要員は国王陛下直属と“保守派”ばかりで、総じて戦闘能力が高い。

奇襲で不意を突かれはしたが、地力に勝る上に本拠地内で多勢なのだから押し負けることなど無い。

何人かの負傷者は出ていても、速やかに襲撃者の掃討を終えることができたと見て良い。

「フィオレ!」

「フィオレ様!」

テレサとディーナが上げた声に反応してフレイアは振り返る。

横たわっていたアンリカの上体をディーナが起こし支えていて、アンリカの傍らに座り込んでいるテレサが、アンリカの傍の小さな体に手を伸ばして揺すっている。

アンリカが作った血溜まりの中に横たわっているのは、フィオレ。

「フレイア卿!」

フレイアの姿を認めたテレサが声を上げた。

ディーナの様子から、まだアンリカの息があることは察せられる。

こちらの状況も情報が足りない。

サーベルを鞘に収めながら足早に近付いたフレイアは、汗だくで倒れているフィオレの傍らに膝を突いて、意識が無いフィオレの細い首筋に指先を添えた。

指先に伝わる頸動脈の動きに、義娘が生きていることを確信して安堵の溜息を漏らす。

呼吸も安定している様子だから、命に関わるような状況では無いと判断する。

周囲を見回せば、少し離れた城門の際に、もう一人の幼い義娘を守って剣を抜いているピーシーズの年少組が数人、緊張した様子で集まっている。

フィオレの“紅蓮”による爆発音や剣戟の音を聞きつけたクローゼリス領軍だけでなく、騎士団も続々と戻って来ているので、これ以上の戦闘に巻き込まれる恐れは無いだろう。

気掛かりを確認したフレイアは頭の中を切り替える。