作品タイトル不明
蒼焔 ⑧
「フィオレ! アンリカを!」
「・・・あっ、うん!」
そうだ! アンリカさん!
アンリカさんの姿を探すと、後ろの少し離れた場所に顔色を悪くしたディーナさんが槍を構えて、背後の足元に横たわっているアンリカさんをチラチラと見下ろしている。
アンリカさんに寄り添っているのはテレサだ。
私は、いつの間に、こんなに離れた場所まで移動していたのか。
身を翻して、倒れているアンリカさんの元へと駆け戻る。
「・・・テレサ!」
呼び掛けにアンリカさんの傍らで座り込んでいるテレサが顔を上げた。
少し顔色が悪くて、テレサは肩で息をしている。
「フィオレ! 治癒を・・・!」
「・・・解毒は!?」
テレサが座り込んでいる血溜まりの中へ私も滑り込む。
「出来たと思います。 ただ、もう魔力が・・・」
「・・・分かった。ありがと、テレサ」
頭に血が上った私が“恒星”を暴発させた、あの状況下でも、テレサは解毒を頑張ってくれていたのか。
何やってんだ、私!
周りも見えなくなって、放ったらかして、何が「テレサを守る」だ。
守るべきテレサに、逆に守って貰っているじゃないか。
魔力消費が大きいから魔石を通した解毒しか練習していなかったのに、テレサは自分の体内保有魔力だけで、やり遂げていてくれた。
テレサがアンリカさんの命を繋いでいてくれた。
腰のポーチを探り、回復薬を取り出して、小瓶の栓を抜いて差し出す。
「・・・アンリカさん。飲んで」
「・・・・・」
息が浅く荒いアンリカさんは、薄く目を開けて私を見るけど、回復薬に手を伸ばす力も残っていないみたい。
「フィオレ様。私が」
「・・・お願い。ディーナさん」
襲撃者の討伐が進んで大勢が決したと見たディーナさんが、私の向かい側から小瓶を受け取ってアンリカさんの上体を起こさせる。
回復薬を飲ませるのはディーナさんに任せて、私は治癒魔法に集中しなきゃ。
「ほら。飲んで、アンリカさん」
「うぇ・・・。マズ・・・」
「瀕死のくせに、なに、文句いってんですか!」
ディーナさんが怒鳴った。
回復薬が不味いのは同意するけど、今にも死にそうな大怪我なのに、軽口を叩くアンリカさんが凄い。
私たちの緊張を解すために、わざとやってるんだろうなあ。
どうにもならなかったときに備えて、私たちの心に掛かる負担を軽くしようとしているのかも知れない。
死の淵にいるアンリカさんの方が、私なんかよりも、ずっと冷静だ。
こんな状況でも、アンリカさんはお手本を示してくれている。
深く息を吸って心を鎮める。
私が、まだまだなことなんて、今さらだ。
でも、今は、今だけは、この人の前で恥ずかしくない私で在りたい。
ルナリアだって、私を信じてアンリカさんの救護に戻してくれたんだ。
治療の邪魔をさせないように、今も戦ってくれている。
私も、いま私に出来ることを、全力でやらなきゃ。
アンリカさんの傷口を確かめる。
鎧の腹部に「針」が貫いた貫通痕が有る。
出血が多い。
脇腹から流れ出る血が黒っぽい。
この出血量、静脈か内臓を損傷してない?
動脈の血は赤くて静脈の血は赤黒いことを、狩猟で生きてきた私はよく知っている。
ただし、傷付くと致命的な太い血管は、臓器や四肢の接続部分以外では、大体、脊椎の周囲に有る。
大動脈なんて傷付いたら噴水みたいに血が噴き出るんだよ。
そういった意味では、今のアンリカさんの負傷は太い血管の損傷では無いように思う。
だとしたら、内臓か・・・。
治癒魔法は魔力を通して行うものだから鎧の上からでも問題無く傷は治せる。
でも、傷口の状態―――損傷箇所がどこかを確かめた方が、治すのは早い。
アンリカさんの胸当て―――、ブレストアーマーをコンコンと突っつく。
「・・・ディーナさん。これ、脱がせられる?」
「任せてください。全部でも脱がせますよ」
「えっち・・・」
笑える状況じゃ無いけど、くすりと笑ってしまった。
血の気を失った青白い顔で、まだ軽口を叩き続けるアンリカさんの精神力には、もう、驚くしかない。
励ますようにアンリカさんの肩を抱いている、ディーナさんも苦笑する。
「死にかけは黙っててください」
「・・・胸当てだけで良いよ」
脂汗を浮かべているアンリカさんは呼吸するのも苦しそうで、その呼吸も段々と浅くなってきている。
絶対に、死なせない。
死なせて、堪るか。
アンリカさんの上体を支えたまま手を伸ばし、ディーナさんは鎧の脇の部分―――、胴体の横線にある繋ぎ目にメリメリと無理やり指先をねじ込んで、バキン! と引き剥がした。
力任せに留め金を引き千切られた胸当てが前後半分に割れ、ベッタリと血が染み込んだ鎧下が顕わになる。
腹部の傷は、鎧の前面に貫通痕が有る辺り―――、肋骨とお腹の柔らかい部分の境目が血で濡れていて、出血量と鎧下の濡れ方に明らかな差がある。
鎧下は、お腹側と背中側の両方から血が染みてきていて、脇の下あたりには、まだ血が染みていない部分が残っている。
違う。
たぶん、ここじゃ無い。
お腹側も大怪我だけど、血の色の赤黒さからも、もっと重傷な場所が有ると直感する。
鎧と鎧下の隙間に手を突っ込んで背中側を確かめると、肩甲骨の下あたりが特に濡れている。
血に濡れた鎧下が暖かいということは、まだ、出血が止まっていないのでは無いだろうか。
超・即効性の回復薬を飲んでも直ぐに出血が止まらないほど深い傷。
前面の右脇腹の肋骨下から「針」が入って、右肩甲骨の下側の、背中へと貫通?
人体解剖模型の内臓配置を頭に思い浮かべる。
肋骨の内側―――、腹腔内の前面に有るのは、肺。
肺の後ろに有るのは肝臓だったはず。
肝臓は血流の多い器官だから、病気で切除するのも大変な大手術になると聞いたことが有る。
傷付けられたのが肝臓だと仮定して、急ぐのは大きな止血だ。
見えていない傷口を治す場合、魔力消費が大きくなって治しきれない可能性は無いか?
失敗して、体内魔力の回復を待っている猶予は無いぞ。
心を落ち着けて考えろ。
“恒星”で、やらかした後だから、私の体内魔力も、そう多くは残っていない。
何度も治癒魔法を掛け直すだけの魔力は無いだろう。
失敗できる余裕は無いんだ。
何よりも、時間をかけては、アンリカさんが耐えられない。
早く、確実に、治す。
それには、効率よく、治癒魔法の効果を患部に働かせる必要が有るはずだ。