作品タイトル不明
蒼焔 ④
「待て」から解放されたルナリアが喜びを全身で表現する。
「叔母様! お帰りなさい!」
「おう、ルナリア。留守の間、しっかりレティアを守ってくれたそうだな」
全身で抱き付いてきたルナリアを受け止めて、お母様が破顔する。
「みんなで、がんばったわ!」
「ヨシヨシ。よくやった」
見上げてくるルナリアの頭をぐりぐりと撫でる。
お母様から離れたルナリアは、エゼリアさんたちに向き合って太陽みたいに笑う。
「みんなも、お帰りなさい!」
「はい。ただいま戻りました」
側近を代表してエゼリアさんがルナリアに応えた。
「ルナリア様、剣術の腕を上げたんですってね。手合わせします?」
「まだまだ、だけど! お願いするわ!」
「承知しました」
ルナリアの返事にエゼリアさんとアンリカさんも破顔する。
ルナリアとエゼリアさんたちの遣り取りを見守ったお母様が、私の前に片膝を突いて目線の高さを合わせてくれる。
しゃんとしなきゃ。
洟を啜って、もう一度、ぐしぐしと涙を拭う。
「・・・お帰りなさい。お母様」
「おう。ただいま」
優しい声で抱きしめられて、また視界が滲んでくる。
「色々と、ありがとうな。お前のお陰で助かった」
「・・・力になれたのなら、良かった」
私もお母様を抱き返して、しばらく動けずにいた。
耳元に聞こえるお母様の声で、ちっぽけな私の手の中に実感を掴み取る。
ああ、本当に帰って来てくれたんだ・・・。
やらなきゃ、がんばらなきゃ、と、強張っていた心が解れて楽になる。
「・・・あっ、そうだ」
「うん?」
お母様の抱擁から体を離して、涙を拭った私は城門側を手招きする。
アリアナさんに優しく背中を押されたノーアが、とことこと私たちのところへと駆けてくる。
「・・・ノーア。ご挨拶して?」
「にゃ。おかえりなさい。かあさま」
ノーアの王国語に目を丸くしたお母様が、一転、破顔する。
「よく出来たな。ノーア、驚いたぞ」
「にゃ」
がんばって練習した甲斐が有ったね。
ぐりぐりと撫で回されたノーアも嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「庶子の扱いで決まったんだったな」
「・・・うん。お母様の義娘で、私の妹になったよ」
「そうか」
肩の力が抜けたお母様に、私とノーアは抱きしめられた。
あったかい・・・。
お母様の体温が伝わってきて、私の肩の力も抜ける。
新たにワッと歓声が上がって、お母様の肩越しに私の視線も吸い寄せられる。
「・・・あ。ハロルド様」
「おう。来たか」
私の呟きに、私たちを抱く腕を緩めたお母様も後ろへ顔を振り向ける。
ウォーレス領軍の馬列の中程に居たらしいハロルド様が、私たちの姿を認めて馬首をこちらへ向けた。
馬を止め、ひらりと下馬して両腕を大きく広げる。
ハロルド様が放り出した手綱を、騎士団の騎士様が慌てて掴み取っているのはご愛敬だ。
「ルナリア! 帰ったぞ!」
「お父様! お帰りなさい!」
ダッと駆けたルナリアがダイブして、弾丸のように跳んできたルナリアの体をハロルド様が足元をよろけさせながらも、しっかりと受け止める。
焦ったような驚きの表情から一転して、ハロルド様が破顔した。
「完全に身体強化術式をモノにしたようじゃないか! 凄いぞ、ルナリア!」
「頑張ったわ! 戦争ではフィオレが全部、持ってっちゃったけど!」
「そうなのか? まあ、機会は何度でも有るから気にするな!」
「分かったわ!」
慰め方が、それで良いの?
「機会が何度でも」とか、嫌な予言をしないで欲しい。
懲りない例の国は、どうせまた攻めてくるのだろうけど、来て欲しいわけじゃないよ?
「わたしも“紅蓮”を覚えるから、期待しててね!」
「わっはっは! 頼もしいぞ!」
ルナリアを撫でまくった後、左腕に座らせたハロルド様が緩みきった顔で笑いながら歩いてくる。
いつも通りの父娘の姿に私の頬も緩む。
ああ。この感じ。
見られなくなって2ヶ月間も経っていないのに、デレデレになっているハロルド様の姿に懐かしさすら感じる。
私たちの日常が戻って来たと実感できて、心の底からホッとする。
ハロルド様と目が合ったので小さく頭を下げると、ハロルド様も笑って頷き返してくれた。
ハロルド様の到着に併せてお母様が腰を上げる。
お母様たちほどでは無いけど、ハロルド様の顔にも疲労の色が濃いのが見て取れるね。
率先して攻め込んでいくのはピーシス領の部隊を率いるお母様たちだったらしいけど、ウォーレス領軍の本隊を纏めるハロルド様に苦労が無かったわけが無い。
日本の戦国時代なんかを思えば、戦場とは立身出世の機会でも有るのだから、お母様たちが突っ走れば突っ走るほど、周りの反発を招いて軋轢を生んだはずなのだ。
それを理解した上で、お母様たちを助けたかった私は”歪み”に無視を決め込んだ。
西部国境地域へ向かったウォーレス領軍は王都騎士団との混成軍だったし、突っ走るお母様たちとの間を取り持って纏めきるのは、王都騎士団に所属していたことの有るハロルド様にしか出来ない、とても難しい仕事だったはず。
突っ走る私とお母様たちを支えてくれたのは、きっとハロルド様なのだ。
ハロルド様の苦労を偲んで、改めて、頭を下げる。
「・・・お帰りなさい。ハロルド様」
「うむ。色々と、よく頑張ってくれた」
「・・・いいえ。当然のことです」
いただいた労いの言葉に首を振る。
ハロルド様が押し付けられた苦労の何割かは、私の仕業だろうからね。
苦笑するハロルド様が片眉を上げた。
「まあ、フィオレには聞きたいことも色々と有るのだが」
「そんなものはレティアへ帰ってからでも良かろうよ。現物を見てから聞かないと理解が難しい話も多い」
「・・・あ、あはは」
採掘場のシカのことかな?
お母様の助け船で追求を先延ばしにして貰って、私も苦笑する。
あれは、私も未だに、よく分かっていないしなあ。
「ハロルド?」
「あ、ああ」
テレサをチラリと見て見せた咎めるようなお母様の視線に、ルナリアを抱き上げっ放しのハロルド様が咳払いする。
テレサを放ったらかしで、「お前ら、いい加減にしろ」と。
そりゃそうだ。
公衆の面前で、私も配慮が足りなかったね。
挨拶の場で話さなくても、レティアの町へ帰れば、いくらでも話す時間は有る。
私とノーアの傍にルナリアを下ろしたハロルド様が、お母様と並んでテレサへと向き直った。
穏やかな表情ではあるものの、ルナリアから離れた途端にキリッと引き締まるハロルド様の変わりようが凄い。
お母様からは口を開かずに一歩譲った感じから、主家の当主たるハロルド様を立てていることが分かる。
「殿下。ただいま帰還いたしました」
「お疲れさまでした。ハロルド卿、フレイア卿。ご無事のご帰還、お喜び申し上げます」
「勿体なきお言葉、有り難く頂戴いたします」
ハロルド様とお母様が呼吸ぴったりで同時に頭を下げる。
「正式な場では無いのですから、堅苦しいのは止めましょう?」
「はい」
砕けたテレサの言葉にハロルドが莞爾と笑う。
そう言えば、テレサが本格的に、レティアの町に馴染んだのは、ハロルド様が出征した後だったね。
テレサが生き生きとシカにトドメを刺している姿を見たら、目を剥いて驚きそうだ。
「改めまして、お帰りなさい。ハロルド様、フレイア様」
「殿下も、頑張っていたらしいな」
「ルナリアとフィオレの協力のお陰で」
作り物ではない笑みを浮かべたテレサが、お母様に大きく頷いて返した。
出来の良い生徒を褒めるように目を細めたお母様に、テレサは隣りに並ぶ私たちを目線で示す。