作品タイトル不明
蒼焔 ②
急におかしな笑い声を上げた私にルナリアが首を傾げる。
「どうしたの?」
「・・・な、何でも無いよ~」
迂闊なことを考えるとテレサに読み取られそうなので、第1城門の外側―――、第2街区の街並みを観察する。
心を無にするには、それしか無い。
あれ? 観察してたら「無」になってないじゃん!
城門から真っ直ぐに伸びている道路は、南門の通りと違って道幅が広く、50メートルは有る。
ほぼ全ての建物が、第3街区と同じ、石材と木材と漆喰っぽい素材で建てられているけど、ほとんどの建物が3階建てで、間口も奥行きも有って敷地が広そうなので、相当に裕福な家であろうことが察せられる。
目の前の門を潜ればお金持ちの貴族しか住んでいない居住区画なんだから、商業地と考えれば、国を代表するレベルの超一等地なのだろうね。
日本で言えば、銀座とか渋谷の銅像が建ってる辺りとか、そんな感じかな?
高級住宅地に隣接したオシャレな店舗系の一等地なら、南青山とか六本木とか、なのだろうか。
商業地と言ってもオフィス系ではなく店舗系だろうから、丸の内とか虎ノ門とかの感じじゃ無いよね。
日本でも田舎に住んでいた私に、都会の商業地で例えを挙げるのはキャパシティオーバーだな。
いくつかの建物は通りに面した1階の窓が大きいから、何かの商店なのかも。
大窓の両脇に観音開きの扉というか雨戸のようなものが貼り付いているから、営業が終わったら雨戸を閉めて施錠するのかな?
防犯シャッターみたいなものは無いだろうから、文明レベルを思えば、妥当と言えば、妥当な防犯装置かな。
防犯魔法的なものが存在しないかと期待していたのだけど、そんなものは無いのかも知れない。
対人レーダー魔法も無かったし、防犯魔法なんて、作れと言われても私だって思い付かないしね。
今は観衆でごった返しているけど、普段はオシャレで上品な街並みなのだろう。
ただ、どの建物にも看板のようなものは掛けられていなくて、どの建物が何の商店なのか、外観からは、まるで判別が出来ない。
そう考えると、他の建物も全部、何かの商店かも知れないね。
情報管理意識の高い貴族が、店内が丸見えのお店に何かを買いに行くとも思えない。
むしろ、お店に入っていく知り合いの姿を見掛けたら、「あっ、アイツ、あんな店で買い物してやんの!」とか、貴族同士で陰口の叩き合いや足の引っ張り合いを始めそうだよね。
極めて悪意に満ちた王宮貴族のイメージだけど、テレサに絡んできた王宮貴族のオッサンどもの態度を思い出すと、そのイメージで大きな誤りは無いように思える。
まあ、いいや。
実態がどうであれ、お近付きになりたいオッサンどもでは無いし。
通りの両側の建物の前っ面は定規で線を引いたように一直線に並んでいるから、あのラインが道路と私有地の境目なんだろうね。
その私有地と道路の境目から20メートルほどの辺りに、警戒線を引いている兵士さんたちが、一直線に5メートル置きぐらいの間隔を開けて立っている。
興味が有って見に来たなら最前列に陣取って見たい心理は世界が変わっても同じみたいで、警戒線ギリギリまで観衆が押し出してきていて、人口密度が低めな沿道の壁際辺りを通行人が行き来しているね。
王国の平和と安定を守った討伐軍の凱旋を見届けようと詰め掛けている人々の身なりは、お嬢さん方だけでなく、オジサン方に至るまで、総じて、王都に着いた日に見た第3街区の人々よりも高級そうだ。
よく見ると、平民層の普段着とは言い難いような、袖口がヒラヒラしたドレスを着た女性の姿も、観衆の中に、そこそこ混じっている。
あれって、第1街区から凱旋パレードを見に出て来た貴族階級のご婦人じゃないよね?
富裕層のご婦人って、貴族階級のご婦人と大差無いような服装をするのだろうか。
老いも若きも、手提げカゴを手にしている女性の姿がチラホラ有るね。
お弁当ってことは無いだろうけど、籐のような植物性の素材で編まれた手提げカゴが流行ってるのかな?
手提げカゴを手にしている人は男性もいるみたいだから、お弁当説の可能性が高まったかも知れない。
道路の両側に引かれた警戒線で人垣と人垣の真ん中に幅10メートルちょっとの通路が出来上がっている。
道路幅は広いのだから、もっと通路幅を取れそうなものだけど、見物対象を間近に見せるのも演出なんだろうなあ。
私が意識を逃避させていると、遙か遠くの方から歓声が響いてきた。
「・・・―――!」
「来ましたかしら・・・」
「う、うん・・・」
テレサの呟きに、そわそわしているルナリアが頷いた。
第3街区の方を覗き込もうと警戒線を越えて、兵士さんに怒鳴られている人も出始めている。
観衆のざわめきが大きくなったということは、凱旋したお母様たちが王都内に入ったのだろう。
今、どの辺りかな?
まだ第3街区?
2キロメートル以上も離れた場所での歓声が聞こえてくることは無いだろうから、もっと近くまで帰って来ているはずだよね。
落ち着かない。
私も鼓動が高まって、そわそわしてくる。
徐々に、徐々に、歓声が近付いてくる。
私たちが立っているのは城門の脚を背にした位置だから、人垣の間の通路の先は観衆の陰になって100メートル先も見えていない。
そわそわがピークに達したらしいルナリアが通路の先を覗き込もうとして、そぉっと移動しようとした。
「ルナリアちゃん。しゃんとしてなさい」
「はいっ」
ミリア叔母様にピシャリと言われてルナリアが姿勢を正す。
私たちは城門を背に並んで立っているけど、立ち位置的に、通路から遠い側から、叔母様、テレサ、私、ルナリアとなっている。
間にテレサと私を挟んだ反対側にルナリアは居るんだよ。
ほんのりと笑みを浮かべつつ正面を向いているのに、見えてるんだ・・・?
叔母様の視野の広さに驚く、というか、ルナリアの行動を読んだのだろうか。
ルナリアの行動は分かりやすいから、後者かな?
叱られたくないので私も姿勢を正す。
お母様たちがどの辺りまで来ているのか気にはなるけど、直接は見えず、この場を動けない以上、観衆の目線や反応から予測位置を割り出すしか無い。
遠くの方から木霊するように「わああああ」という歓声が徐々に大きく聞こえてくる。
いつ、息継ぎしているのかと心配になるぐらいに、途切れなく続く歓声が近付いてくるので、耳に聞こえる音だけを聞いていると、大型トラックがエンジン音を響かせて低速ギヤで近付いてくるような感じにも聞こえる。
例えが分かりにくいな?
良いんだよ、私が抱いた感想なんだから。
だって、周囲の空気そのものが震えるようなスポーツ観戦の歓声だって、向こうから近付いてくることって無いから例えにくいんだよ。
身を乗り出して第3街区方向を覗き込んでいた観衆が、声を上げて手を振り始めた。
黄色い声を上げ始めたお嬢さん方やご婦人方は、何かが入っているので有ろう手提げカゴの中に手を突っ込んでいる。
あの手提げカゴの中身って、もしかすると、お弁当じゃなく紙吹雪か何かだろうか。
興奮が周囲の観衆に波及して、一気に歓声のボリュームが上がる。
「来たようですね」
「・・・だね」
何かの動きを追って、観衆の顔の向きが徐々に第1街区側へと変わり始める。
「見えたわ!」
ルナリアがパッと顔を明るくした。
ルナリアの声と、ほぼ同時に、沿道の女性たちが手提げカゴの中から何かを投げて、頭上にパッと散らせる。
ああ、やっぱり、彼女たちが持っていたものは、紙吹雪か花びらか何かだったようだ。
ひらひらと舞い落ちる小片で、華やかさというか、お祭りムードが盛り上がったように見える。
待ち構えていた観衆も、帰還した英雄たちの姿を間近にして、最高潮へと達した。