作品タイトル不明
蒼焔 ①
第1城壁の東門は、王都に着いた日に私たちが通った南門とは、大きく雰囲気が違っていた。
先ず、大きい。
周りの城壁は他と同じ高さなのに、城門のところだけ砦のような胸壁が乗った建物っぽくなっていて、下部がアーチ状の城門となっている。
南門も東門も観音開きタイプの門扉で、レティアの町のような、”敵への殺意”は感じられないね。
城門の幅は10メートル以上。
縦横の対比から推測して、アーチ天井の高さは15メートルを遙かに超えていて、南の城門の門扉に貼り付いていたオオサンショウウオ調ドラゴンの金ピカ版レリーフが、こっちの門扉にも貼り付いている。
西洋でも東洋でも、竜または龍の違いは有っても、ドラゴンの意匠は権力の象徴だったんだっけ?
空想上の生物とされていたのに、古今東西で同種の生物が意匠に使われてるって面白いな、と思っただけで詳しく調べたことは無いから、地球の史実がどうだったのかは知らないけど。
こうやって王国の正門にも同様の意匠が使われているところを見ると、権力の象徴というよりも、力の象徴という意味合いの方が正しいのかも。
ドラゴンって、イメージの時点で強そうだものね。
私たちは城門の内側で大型馬車を降りて、降車場所で待っていた王女殿下親衛隊というか、レティアに残っていた面子だと思われる、見覚えの有る騎士様たちと合流する。
私たちを降ろした大型馬車は側道の端の方へと退避して、目立たないように待機するみたい。
東の正面出入口は凱旋した討伐軍の騎士様たちで混雑状態になるだろうから、馬車を乗り付けられそうに無いんだけど、大丈夫なんだろうか?
凱旋パレードを見に来た観衆の前で「感動の再会」を見せつけるのが、私たちに与えられたミッションらしいから、役目が終わったら南か北の出入口へ馬車で向かうのかも知れないな。
周りを見回すと、側道の向こうの植え込みの、さらに向こうに立ち並ぶ貴族邸から出て来たと思われる人々の姿が、ぱらぱらと散見される。
それほど多くの人が出て来ていないと言うことは、野次馬のように見物に出るのは下品だとか、貴族階級特有の常識のようなものでも有るのだろうか?
気になるな。
「・・・ミリア叔母様。第1城壁の内側は、あまり人が出て来ていないのですね」
「第1城壁の内側には貴族階級の王都邸しか無いのは知っているでしょう?」
「・・・はい。それにしても少ないな、と」
国威発揚の国家イベントなら、貴族階級の関心も高いのが普通では無いだろうか。
「謁見が行われることは話したでしょう? 貴族家当主は謁見に参列する者も居るし、凱旋を見届けているような暇があるなら、多くの失脚で組み変わるだろう利権の奪い合いや、色々な根回しに駆け回る方が大事なの」
ああ・・・、なるほど。
「・・・そう言えば、それっぽい方々が走り回っていましたね」
「お陰で、アレイオスも休む暇が無いぐらいに大忙しなのよ」
やれやれ、といった風に、叔母様は首を振る。
王城の下層階へ降りてからも、たくさん見たね。
テレサにウザ絡みに来ていたオッサンたちも、その一部か。
「趨勢が決まってから動いても遅いのにね。覚えておきなさい。今頃になって駆け回っているような貴族はバカだから、相手にしなくて良いのよ」
「・・・ああ、ハイ」
色々とネタ元になっているウォーレス領とズブズブで余裕綽々の叔母様が、バッサリと斬り捨てたタイミングで、テレサ親衛隊の騎士様たちが移動を始めた。
レティアでもテレサの護衛を勤めていた騎士様を先頭に、私たちは徒歩で城門の下を潜る。
城門の中はトンネル状だけど、奥行きが10メートルちょっとしか無いから、日影程度の明るさだ。
一歩進む度に、ざわめきが大きくなって、多くの観衆がお母様たちの凱旋を見届けようと押し掛けていることが、見るまでも無く想像できる。
「王女殿下だ!」
「姫さま~!」
「殿下~!」
城門の内側からテレサが姿を現した途端、爆発的な歓声が上がり、営業用スマイルを顔に貼り付けたテレサがお上品に肩の高さで声援に手を振り返す。
詰め掛けている観衆は、どう見ても平民層に見える人々よりも、上質そうに見える服装の人々の割合が多くて、平民層でも富裕層と言われる第2街区の住民が多いので有ろうことが想像できる。
若いお嬢さん方なんて、平民層でもフリルやレースでモリモリのドレスを着ているのだから、かなりの富裕層なのだろうね。
最初にムーアの町で特徴に気付いたように、こっちの世界では、衣類の生地の染色は、結構、高コストみたいなんだよ。
レティアの町でも、平民層の衣服は生成り系の生地がほとんどで、ルナリアが好む目が覚めるような発色の生地は、大変に高価なものらしい。
この傾向は、一国の首都たる王都でも同じだったようで、記憶に有る第3街区の平民層の人々は、生成り系の生地で出来た衣服を着ていた。
それに対して、今、この場に詰め掛けているお嬢さん方は、色鮮やかに染められた生地のドレスを身につけている。
その点だけを見ても、あのお嬢さん方のご家庭が裕福で有ろうことは、簡単に想像が付く。
騎士団の騎士様は貴族階級の三男以降が多いって聞くし、腐っても貴族階級の端くれである騎士様に見初めて貰うのが、あのお嬢さん方の目的なのかも。
地球でも、生活に余裕が生まれれば人間は”名誉”を求めはじめるものだって聞いたし、そういうものなのだろう。
それ、どこ情報? って、当時の私は思っていたけど、営業畑の上司が言っていたことだから、そういう習性も人間には有るのかも知れない。
富裕層の、うら若いお嬢さんなら、結婚相手の身分がステータスになるのだろうし。
カレシのステータス比較合戦でマウントを取り合って戦っているOLなんて、日本では見飽きるほど居た。
私って、その手の争いとは、完全に別世界で生きていたからなあ。
色恋沙汰とは、最期まで縁が無い人生だったし、あの辺の感性は私には分からん。
だって、カレシ自慢している本人は、何の変哲も無いOLなんだから、何が偉いのか理解不能だった。
城門を出て直ぐにミリア叔母様は左へ曲がり、通行の邪魔にならない位置で足を止めた。
社交用の穏やかな笑みを顔に貼り付けて、壁を背に通りの方向へと向き直る。
叔母様の後ろに付いて来た私たちも叔母様に倣って体の向きを変え、城門を正面から見て右側の、脚部分の壁を背にして立つ。
ここが私たちの待機位置か。
仮称・王女殿下親衛隊の騎士様たちは観衆からの距離の近さを警戒してか、私たちの前を行き過ぎて、城門から遠い側に陣取る。
ノーアを連れたピーシーズは親衛隊とは逆の城門に近い側に陣取る。
私たちの居る城門の入口脇だけ広く空間が空けられていることから、「この場所で感動の再会を演じろ」という王宮側の意図が読み取れる。
観衆もこの空間が最もテレサを近くで見られると心得ていたのか、周囲よりも明らかに観衆の密度が高く――――、ああ、そっか。
意図的に情報を流して、この場所に衆目が集まるように誘導したんだな。
つまり、この配置はミリア叔母様とアレイオス叔父様の仕込みだ。
叔母様の手腕の一端は、レティアの町で私も目にしたことがある。
レティアでの“恒星”のお披露目のときのように何らかの方法で情報を拡散して、“ 宣伝戦(プロパガンダ) の拡声器”となる群衆を集めたわけだ。
先に演出を聞いていなかったら意図が分からなかったな。
だとしたら、この観衆の中にも、きっと、叔母様たちが仕込んだ“サクラ”が混ぜ込まれているはずだ。
見物に来ている観衆には、空間の空け方から政治的戦略に自分たちが利用されていることなんて読み取れないだろうし、さぞや、盛り上がることだろう。
声援が掛かり続けているテレサは、あっちに向け、こっちに向け、と、手を振り続けている。
相変わらず、大人気だね。
テレサは裕福な平民層からの人気も高いらしい。
レティアでのテレサの姿を見慣れている私としては、テレサが振っている手に手槍を握らせた方が自然に見え―――
「・・・うっ!」
「何か」に勘付いたらしいテレサが私へ圧のある営業用スマイルを向けてきたので、心を空にして無我の境地を拓くべく、自分への挑戦を開始する。
いやいやいや、無理だよ!
無我の境地って、ボーッとするだけじゃないの!?
ボーッとしていたら、今度は叔母様に叱られるじゃん!
ここは、笑って誤魔化すしか無い!
「・・・お、おほほ~?」
「うふふ」
怖い、怖い!
なんで分かるんだよ! あなたはエスパーですか!?
目の光が笑っていないってば!
ある種、人気商売の王族は、イメージが大事。
お前、余計なこと考えるなよ? と。
分かった! 分かりました!