軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都へ ⑰

脱線の軌道修正か、テレサが小さく咳払いをする。

「ともかく、王家にとってフレイア卿は―――、特務魔法術師とは、それほど重要な存在なのです」

「・・・それって、やっぱり、もの凄く危険なことだよね? 任命した相手が権力を笠に着て暴走する人だったらどうするの?」

人間の文明を文明たらしめるものは、 決まり事(ルール) ―――、法律で縛った社会秩序ではないかと私は考える。

地球がそうだったし、私もその在り方に同意する。

同意はするけど、懸念は有る。

そんな文明―――、国家統治体制を維持するために法治の常識の埒外に置かれる強権の暴走の一つが、かつての欧州の一角で怨嗟と絶望を撒き散らしたゲシュタポだった。

彼らと同様の「強権の暴走」は特別なことでは無く、日本にも有ったし、軍事政権下や独裁政権下には、しばしば現れる。

そして、それらの組織は、大抵、ロクなことをしなかった。

それは、きっと、強権に酔って倫理観を失ったり、直ぐに組織の成果主義や個人の功名心といった欲望に結びつくからじゃないかな。

かといって、それを「悪」だと決めつけるのも難しいのだろうか。

「統治する側に立て」と言われて、その立場から考えて見れば、理想通りに機能すれば便利な道具なのは理解できなくも無いからね。

貴族階級のような権力者の横暴だって強権の暴走だし、その暴走を抑止して裁く機構が必要なのも理解できる。

地球の歴史に残る数々の強権的組織だって、体制の外から見れば狂った暴力組織だけれど、体制側から見れば正義の味方であり、機構としては単なる治安組織の一部に過ぎなかった。

ただただ、与えられた権力が絶大で、政治的な色に染まった恣意的な運用が可能だっただけだ。

反体制側のレジスタンス運動の構成員を「解放者」や「抵抗者」などと持ち上げる向きも有るけど、評価する人の立場が変われば「ただのテロリスト」だよ。

殺人事件の凶器に「包丁が使われた!」と、包丁が「悪」だとは誰も考えないだろう。

戦争に核爆弾が使われたからと言って、原子力発電所が「悪」にはならない。

特務魔法術師だって、その強権が、どう使われるのかが焦点で有って、存在そのものに善悪は無いのかな?

その強権を使う者の”資質”に依存する部分が危うくは有るけど、仕方ないのか。

私の懸念を理解しているのだろうテレサは、複雑そうな表情で微笑む。

「誰よりも高潔な精神と挫かれることの無い鋼の意志、全てを蹂躙するほどの武力を兼ね備えた者にしか、特務魔法術師は務まりません。その選任に王家は細心の注意を払い、最大の敬意を持って報います」

「・・・代わる者が居ない者を選んでいると?」

「そうですね。私としては、特務魔法術師という存在の善悪や、本当に必要なものなのかどうかは判断が付きかねますけれど、統治者としては、必要なのでしょう」

「・・・そっか」

テレサの考えも私と同じか。

歴代の王様も、そうだったのかもね。

「そして、そんな特務魔法術師を務めるフレイア卿が、西部地域への出陣前に、陛下へ直接、退任を申し出られたそうです」

「・・・やっぱり・・・」

テレサと私が小さく漏らした溜息が重なった。

安堵と不安が入り交じった溜息だ。

私たちの溜息に不安を煽られたのか、ルナリアも表情を曇らせる。

「叔母様、辞めちゃうの?」

「・・・ルナリアは知ってたよね? ルナリアがウォーレス家を継ぐのと同時に、私がピーシス家を継ぐように言われてたし」

「だって、特務魔法術師まで辞めると思っていなかったもの」

「・・・ああ。そこは誰も、何も言ってなかったね」

大雑把にお母様が「身を引く」と聞いた時点で、そうなるものだと私は予感していたけど、ルナリアは、そう受け止めていなかったようだ。

「フレイア卿は、“未来の憂いを取り除くために徹底的にやる”と、仰っていたそうです」

テレサの言葉に私たちは息を呑んだ。

「・・・お母様」

「叔母様・・・」

徹底的に、ね・・・。

お母様の想いに胸が詰まる。

「未来の憂い」とは、ルナリアと私の将来を邪魔するものを指しているのだろう。

それは、国内の“融和派”や、王国を狙う他国の野心だ。

私たちの未来を守るために、心を壊しかけてもお母様は最前線で戦い続けてくれていた。

そういえば、ミリア叔母様も、お母様のことを「責任感の強い人」と評していた。

だとしたら―――。

「・・・徹底的に国内を浄化して、向けられる批判の全てを背負って退任する、と。そういうことかな?」

私は「王国に向けられる批判」とは言わなかった。

恐らく、その「批判」とは、「跡を引き継ぐ私たちに向かう」ものも含まれるはずだから。

「ええ。フレイア卿だけでなく、ウォーレス家・現・当主の隠居と同時に、現・王都騎士団長も退任されるそうです」

「騎士団長閣下まで・・・」

ルナリアが憂いの色を濃くする。

「・・・今回の戦争、そこまでの覚悟だったんだね」

お母様とハロルド様が表向きの爵位から隠居するのは聞いていたけど、私たちの認識よりも事態は 大事(おおごと) だった。

いや、私たちの認識よりも、王国の「本気度が深かった」と言うべきか。

もしかすると、私たちの認識よりも、国際情勢が深刻化―――、 危険(リスク) が顕在化しているのかも。

そう言えば、お母様とハロルド様は、初っ端に”中立派”から攻め落としたのだったね。

予想以上に勇王国―――、いや、神教会に食い込まれてる?

私の認識も、危険度を、もう一段、引き上げておくべきかな。

ウォーレス家がどれだけ強くても、”王国を象徴”する戦力は王家直属の戦力である王都騎士団だ。

王都騎士団は国家の武威を象徴するものであって、その長たる騎士団長閣下が辞任することまで計画の内だったとすれば、最初から、「王国として」一歩も退かずに大鉈を振るうつもりだったというわけだ。

国家の存続を賭けた「断固たる措置」ともなれば、「悪評」という返り血を浴びることも織り込み済みなのだろう。

「ドネルク叔父様も、王都周辺の“融和派”と“中立派”を、結構、無理筋の理由を付けて制圧されたそうですわ」

「・・・“保守派”の重鎮3人の首と引き換えで、反発を抑える計画なんだね」

騎士団長閣下も、付き合いの良い人なんだね。

難局に非難を浴びる道を自ら共に進んでくれるのだから、ハインズ様をはじめとした大人たちの信頼が篤いのも納得だよ。

ミリア叔母様の背中に目を遣るけど、叔母様は何も言わずに背中を向けたままだ。

いつもなら、何らかの補足か説明を入れてくる叔母様が沈黙を守っているということは、聞こえていないフリをしているのでは無く、この話はテレサに与えられたミッションなのかな?

朝、テレサが王様に呼び出されていたし、“何かを任された”と思っておいた方が良さそうだね。

「お父様も止める言葉が無かったそうです」

「3人も抜けて大丈夫なの?」

王国を守る最大勢力の衰退は、王様にとって痛手のはず。

危急とまでは行かなくても、国家の存亡を脅かされている事態なら、尚のことだ。

「大丈夫・・・、では、無いのでしょうね」

案の定、テレサは首を振る。

だろうね。

「・・・どうするの?」

「騎士団は方面隊の隊長の誰かを繰り上げれば何とかなるそうです。フレイア卿に代わる特務魔法術師はバルトロイ叔父様が有力候補なのですって。魔法術師団の団長は、アカデミーから誰かを招聘する形を取るみたいですわね」

ふむ・・・。

「・・・じゃあ、問題は―――、私たち?」

「だ、そうです」

「子供だから?」

ルナリアも状況を把握できてるね。

私たちから向けられる視線にテレサが頷く。

「ハロルド卿やフレイア卿が居なくなるわけでも無いのに、都合よく誤解して野心を強くする者が現れるだろう、だそうですわ」

「・・・問題って言われても、年齢はどうしようも無いしなあ」

半ば予想通りの方向性ではある。

予想通りでは有るけど、私たちにとっての問題は、私たちが、どう立ち回るべきかだ。

「そこで、お二人に、お父様からお願いが有るそうです」

「お願い? わたしたちに?」

ルナリアは首を傾げるけど、私はピンと来た。

「・・・ああ。演武、かな?」

ハインズ様たちの読み通りだったな。

アレイオス叔父様が拝謁を先延ばしにしていたから、私たちと接点が多いテレサを通じて話を持ってきた、と見るのが正しいのかも。

拝謁していたら、そのときに“お願い”という名目の王命が出ていたのだろうね。

「そういうことです。王都の民の前でウォーレス家の次代をお披露目して欲しいと」

「・・・見届けた者の数が多ければ、勝手に 尾鰭(おひれ) が付いて噂が広まる、ってことか」

お母様たちの凱旋と同じだ。

一般の王国民に「見せる」ことで情報拡散効果を利用して抑止力に繋げる。

まさしく、国内外に向けた 示威行動(デモンストレーション) であり 宣伝戦(プロパガンダ) だ。

きっと、王様は、国内向けにお母様たち3人が退く必要性を認めつつも、国外向けの抑止力の低下に対する懸念が大きいのだろう。

王様が”恒星”を“白焔”に代わる抑止力に据えたいのであれば、それは、私が全力を見せることをご所望なのだと受け取った。

良いよ。やってやる。

日本の理屈で言えば、不祥事を起こした政治家が、よくやる手口で良いだろう。

議員辞職した政治家が選挙で再選すれば”禊ぎが済んだ”とするのと同じだ。

そのロジックで、私の中でも折り合いをつけられる。

お母様たちが公職から身を引いたことで”禊ぎが済んだ”のなら、大義名分は整ったと言える。

私たちは、全力で「王国はぜんぜん弱っていないぞ」と示して、王様の懸念を吹き飛ばせば良いのだ。

お母様たちの気持ちも苦しみも、無駄にさせたりしない。

絶対に、だ。