作品タイトル不明
王都へ ⑬
その後も、王妃様との楽しいお話は日が暮れてくるまで続いた。
公爵家のご令嬢だった王妃様とお母様は10歳ぐらいの頃から面識が有って、ちょくちょくお母様が遊びに来て話し相手になっていたらしい。
お二人は遠縁の親戚になるけど家の爵位が大きく違う。
普通は会わせて貰えない格差だけど、ピーシス家という特殊な家の次期当主で、10歳でアカデミーへ招聘されるほどの才女だったお母様の進撃を止められる者はおらず、窮屈な生活に辟易していた王妃様の良き友人だったそうだ。
叔母のセリーナ様と教師を務めたお婆様との縁もあって、お二人の関係は途切れることもなく、それぞれの立場が変わった後も友人であり続けているんだって。
「本当は、社交の場でも、フレイアには私の傍に居て欲しいのですけれどね」
社交界にお母様が・・・。
あれ? 私の首が傾ぐ。
「・・・うーん。・・・あのお母様だからなあ」
「あの、というと?」
おかしなところで首を傾げた私に、王妃様の首も傾ぐ。
「・・・お母様がドレスで着飾って、口元を手で隠して『オホホ~』なんて笑っている姿が、どうにも想像できないな、と」
「ブフッ。―――、そ、それは想像が難しいわね」
王妃様が噴き出した。
だよね? 私の想像力不足では無いと思う。
「・・・ミリア叔母様だと容易に想像できるのですけど、お母様だと気に入らない貴族をブン殴って蹴り飛ばす姿しか思い描けません」
「たっ、確かに、くっくっくっく」
王妃様も簡単に想像できたのだろう。
私も、こっちなら簡単に想像できる。
社交の場では武器を携帯できないだろうから、肉体言語での会話になるのだろう。
いくら、お母様でも、いきなり魔法攻撃はしないはず。
しないよね?
「・・・なぜでしょう? お母様とミリア叔母様は姉妹なのに、不思議ですね」
「あっはっはっは」
王妃様はお腹を抱えて呼吸困難になるほど笑っている。
ちょっと笑いすぎでは?
お母様と王妃様の間で、この話が出たら、お母様に、しごかれそうだな。
エゼリアさんたちでも、へばるぐらいの、しごきだからなあ。
でも、笑うのは健康に良いって聞くし、王妃様が健康になるなら貴い犠牲だろうか。
「・・・ルナリアも笑ってるけど、ルナリアもお母様側だからね?」
「フィオレもよね?」
「・・・ああ、確かに」
私もお母様側だな。
自分が『オホホ~』と、やっている姿なんて想像できないや。
ルナリアで、ギリギリ、イケる? と、考えかけたけど、田舎連呼で地団駄を踏むのだから、『オホホ~』なんて、やっぱりルナリアもムリだろう。
社交の場というものは、要するに“飲みニケーション”で、開催される時間帯によって“茶会”と“夜会”に分類される。
違いは、アルコールの有無。
昼間っから酔っ払っては仕事に差し障るので、”夜会”は大抵、日が暮れてから催される。
風紀的な貞操観と倫理観の問題で、女性の場合は、大半は“茶会”が情報交換と交渉の場になって、“夜会”へ参加する人は情報交換や交渉だけでなく、”大人の出会い”の場だったりもするらしい。
そんな意味で、既婚で旦那様の居る女性は、あまり“夜会”には出席しない。
もちろん、お酒好きの女性も居るし、格式の高い“夜会”も催されるけれど、悪事は格式が低い方の“夜会”で練られることが多くて、それ専門の潜入工作員的な役目を担う貴族女性も居るらしい。
情報や利益をエサに社交の場をコントロールして政治にまで大きな影響を及ぼすのが、王妃様やミリア叔母様。
王妃様が出席されるのは主に“茶会”で、たまに、格式の高い“夜会”へ出席されることも有る、と。
狙われたのは、この「格式の高い“夜会”」だったそうだ。
王妃様に近付こうとする不埒者からガードする意味でも、普段はミリア叔母様が同席されるのだけど、その日は緊急の”仕事”で遅刻したのだそうだ。
王妃様に毒を盛った実行犯のメイドさんは他殺体になって発見されて、背後関係は不明なまま。
命を狙われている状況は今も変わっていない可能性が有るし、そういった意味でも、武力だけでなく治癒魔法にも優れるお母様に、傍に居て欲しいのだろうね。
王妃様の気持ちは分かる。
気持ちは分かるけど―――
「・・・それでも、お母様がケバケバしいお化粧をして『オホホ~』とやっている姿が想像できない」
「ちょっ、ちょっと待、って。フレイアがケバ―――、くっくっくっく」
またお腹を抱えて笑っている。
ツボに入ったら笑いが止まらないタイプか。
笑ってるということは、王妃様も想像できないと思ってるよね?
もしくは、ゴテゴテに着飾って『オホホ~』の具体的な姿をリアルに想像してしまったか。
よく知る相手だからこそ、現実と想像の乖離が仮装大会的な面白さに思えてウケているのかも。
どんな姿を想像したのか具体的に訊きたいけど、 畏(おそ) れ多くて聞けないな。
というか、聞いてしまうと、お母様に私が本格的に 〆(シメ) られそうだし。
王妃様のお夕食の時間になって、私たちは、お 暇(いとま) することになった。
王妃様も残念がったし、テレサもルナリアも私も残念だったけど、まだ、王妃様はベッドを長く離れて食事を取れるほどには回復していないらしい。
毒ってことは、内臓をヤラレているんだよね?
王妃様のお食事がどんなものかは具体的に知らないけど、流動食とまでは行かなくても消化の良いメニューで在ろう事は想像に難くない。
消化の良いメニューって何が有ったっけな?
病人食は味気ないのが普通だろうし、食の楽しみが無いと、元気が出なくて治るものも治らないと思うんだ。
お粥? お米を売ってるのを見た記憶が無いな。
うどん? うどんの消化が良いってことは、小麦粉はオッケーなわけだ。
チーズも消化は良いんだっけか。
白身魚も消化が良かったはずだし、卵も良かったよね。
小麦粉にチーズに卵?
材料名だけ聞くとお菓子でも作りそうだけど、グラタンはどうだろう?
骨でスープを取れば、洋食なら美味しく作れそう?
うどんは麺を作るのは簡単だけど、味付けが、こっちの世界では、どんな材料が手に入るものなのかを知らないんだよね。
レティアの市場でも、出汁に類するような食材を見つけて居ないんだよ。
料理の味付けは、食材から出る旨味に塩で調整を加えるのが基本っぽいから、骨スープ以外に出汁の概念が有るのかどうかも不明だなあ。
昆布も鰹節も煮干しの類いも売っているのを見たことが無いんだよ。
魚を遠火で焼いて作る出汁の”焼き干し”には、挑戦する前にレティアへ回収して貰ったから挑戦していないし、下流の川で獲れる魚が美味しいかどうかも分からない。
下流域に棲む川魚って泥臭いのが多いから、出汁にしても泥臭さは残りそう。
海が無い王国では、川魚の他に出汁を取れる材料が無さそうだし、醤油も見た記憶が無いから、日本の一般的な出汁の再現は難しそうだよね。
なお、椎茸みたいにキノコで取れる出汁もあるけど、キノコは地球でも見分けが難しかったし、異世界キノコなんて怖くて手が出せない。
うどんって、材料が小麦粉と塩と水だけなんだよね。
練って練って練りまくってグルテンがどうのこうので寝かして打つだけだから、時間は掛かるけど意外と簡単に作れるんだよ。
レティアの町で口にしたメニューは洋風一色だったから、王国の風土に合いそうなのはパスタの方かな。
パスタも小麦粉が主原料だよね。
手打ちパスタの材料は、小麦粉と塩と卵とオリーブオイル、だっけ?
オリーブオイルが無くても植物油だったら、たぶん代用できるはず。
小麦粉にバターと塩と牛乳を足せばホワイトソースは作れる。
グラタンって、こっちの世界で、まだ食べたことが無いけど、地球から召喚魔法で拉致られてきた人って、日本人だけじゃなかったはず。
欧米の人が拉致られてきていれば、レシピも伝わっていそうなものだけど・・・、迂闊に聞けないな。
うろ覚えだけど、作れることは作れそうなんだよね。
問題は、どうやって王妃様の食事メニューにねじ込むか、だよ。
レティアの市場で見掛けたメニューは、食事の屋台は焼き物かパンとスープ一辺倒だった。
スープに“すいとん”っぽい具が入っているのを見た記憶はあるから、うどんに近い、あるいはパスタに近いレシピが存在しているのは間違いないはずなんだけど、どこまで普及しているのかが分からない。
一般的に普及しているメニューじゃないなら、私の身バレに繋がる恐れが有るから言い出せない。
そもそも、レティアの町に回収されて以降、たまに森で焼肉をする以外で料理をさせて貰っていない。
戦時体勢の緊急時でも無い限り、貴族が自分で料理をすることは無いそうだ。
領主館のキッチンには調理師さんを雇っていて、厳格に食材管理をしているから、勝手に食材を使わせて貰えないし、キッチンへの出入りも出来ない。
普段から料理を嗜んでいなくて戦場でまともな野戦食を作れるの? って、思わなくも無いけど、輜重部隊の中に、ちゃんと調理師さんが居るのが普通らしい。
地球でも、兵士の専業化が軍事力の増強に果たした割合は大きいって聞いたし、料理を調理師さんに任せるのは、間違っては居ないのだろう。
調理師さんが居ないときのための携行食なのだろうし。
私は、こっちの世界の料理に関する知識が、全くというほど足りていないな。
ルナリアは、こう見えてもお嬢様だから、お菓子以外の買い食いをしているのも見たことが無いし、料理の話なんて聞いても知らないだろう。
テレサもルナリアもピーシーズも、お肉に塩を振って焚き火で焼くだけでも大喜びで食べてるしね。
貴族のお嬢様がお菓子の買い食いは良いのか? などという無粋なツッコミは無しだ。
お嬢様でも空腹には勝てないんだよ。
やっぱり、お母様が帰ってこないことには、相談も出来ないな。
現状の王妃様の食事がどんなものかも、お母様だったら知ってそうだし。
王妃様の食事メニューへの介入も、お母様の権威と知識的名声を隠れ蓑にしないと拙そうだしなあ。
身バレして、あちこちから追い回されるなんて御免だよ。
王妃様には申し訳ないけど、お母様が戻って相談するまでお預けにさせて貰おう。